海神さまに溺愛されて幸せな結婚したはずなのに、眠れない。
待鳥園子
第1話『海神の紫電様』
初めて会った時に一目惚れしてしまったからと、そう照れながら言われた。
新婚の私の夫の紫電様は海神の中のお一人、尊い龍の化身だ。
そんな彼から是非にと縁談を頂いた時、私や私の家族は喜びよりも先に、この事態のあまりのありえなさに畏怖を感じ身体が勝手に震えた。
なんでも、私たち家族の住む標高の高い山に住む山神様のところに遊びに来た道中で、歩いていた私のことを一瞬だけ見掛けたらしい。
それから、どうしても忘れられなかったので、必死で身元を調べてくれて未婚と知ったので縁談を山神さまを通じて打診してくれた。
彼からの申し出を聞いて、私は夢じゃないかと半信半疑ながらも、とても嬉しかった。
挨拶に来てくれた紫電さまは美しい龍の化身で、なんと言っても容姿が良い。さらさらとした黒髪と、珍しい紫の瞳。海神としての仕事振りや周囲の評判も良く真面目で、性格も温厚だと言われれば、私には縁談を断る理由なんて何一つ思いつかなかった。
そして、現在。
私は彼の妻になり……当たり前なのだけど、同じ布団で同衾し夜は彼の隣で眠っている。
「雪風……なんだか、疲れているようだ。今日は、ゆっくり寝ておいで」
朝の光の中で起き立ての気だるげな様子を身に纏い紫電さまは私の頭を撫でて、一緒に寝ていた布団から一人立ち上がり去って行ってしまった。紫電さまの仕事場は、ここから遠い。こんな早朝に起きるのも、すべて私のためだ。
彼が気にするように私がなんだか疲れた顔をしているのは、ここのところ良く眠れぬせいだ。
何故かと言うと、是非にと乞われて結婚したはずの夫に初夜から全く手を出されていない。紫電さまは婚礼の日から、一週間近く私をそういう意味で抱いていない。
あれよこれよと言う間に、婚礼の日が決まった。男女の恋愛をしたと言える期間は、とてもとても短かった。
雪女である私の性質上、雪山から離れられない。気温が高いと、どうしても体調を崩してしまうからだ。
だから、紫電さまは私の故郷に近い山の頂上付近に大金を使って、大きな邸を建てた。
そんな理由で彼は、自分が任されている海まで毎朝わざわざ時間を掛けて長距離出勤をして通っている。
そういった流れは、とても私のことを愛していそうに思える。けれど、私と共に布団へと入れば、彼はこてんとすぐに寝入ってしまう。
三日くらいは疲れているのかなと思って、気を使った。もしかしたら、慣れない環境に居る私に気を使ってくれているのかもしれないと前向きに考えられたのは、その辺りまで。
もしかしたら……紫電さまの大事な部分が使えないのかもしれないと思えば、その訳を聞くことは、どうしても躊躇ってしまう。男性にとってとてもデリケートな問題であることは、処女の私にもわかるからだ。
理由は色々と考えられた。けれど、一番最悪な理由を思い付き、私は優しい態度を崩さない彼に、何も言えなくなってしまった。お前のことを本当は愛していないから、抱くつもりがないと言われたら?
私はこういった恋仲と呼べる関係になったのは、紫電さまが初めてだし。穏やかな性格の彼は夫として完璧だ。慣れない妻としての仕事も頑張ったことは的確に褒めてくれるし、労いを欠かさない。彼の家来たちは、尊敬の出来る有能な上司を持ちさぞやりがいを持って働いているだろう。
夜以外には、夫の欠点は全く見当たらない。
訳も聞けないし彼とは離婚をしたくない私が、健やかに眠る彼の隣で夜に眠れずにまんじりとして夜明けを待ってしまうことも……これは、仕方のないことなのだ。
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