第11話 日常と終わりの予感
村瀬が担当を外れるという話を聞いてから3日後。
ディンは東京某所「ディンアストレフないし魔物に関するご意見センター」に来ていた。
子供たちが学校に行っている間に顔を出そうと思っての事だった。
2月の終わりの空気は冷たく、皆コートや防寒具を身に着けてどこかへ向かう。
そんな中、ディンはというとパーカーに長ズボン。
勿論中に着こんでいるわけだが、傍から見るととても寒そうな格好をしている。
そのせい、ではなく通りかかる者皆ディンをを見ると顔をしかめる。
今やディンの存在は世界単位で知られている、その中心にいる日本人が知らないということはほとんどあり得ない。
皆、何か見たくないものを見るような目線を投げかける。
そんな大衆を気にも留めず、ディンは建物の中へと入っていく。
受け付けの女性に挨拶をするとエレベーターに乗り、迷いなく5階へと向かった。
「おう、ディンじゃないか!よく来たな!」
5階で降り一番奥の社長室に行くと、岩原が笑顔で迎えてくれる。
中肉中背な体格に短く刈り込んだ頭髪、きちっとしたワイシャツに高そうなスーツを着込んでいる。
「岩さんいつもご苦労様、今時間ある?」
「おうおう、時間ならいつでも空けるぞ!」
というと岩原は内線電話を使って秘書に電話をかける。
「由美さん、ディンが来たから少し席を空けるよ!何かあったら携帯の方にかけてきてくれ!」
「はは、由美さん怒るんじゃない?」
週に一回ディンと岩原は会い、どこかで昼食を食べる。
秘書である岩原由美は社長の妻であり、そのことを許していた、が。
いつもいつも長話をしてしまう為、たまに怒る。
「いやいや、今日はあまり遅くならないように気を付けよう。前回はこっぴどく怒られたからね。」
バツが悪そうに笑う岩原。
家でもいつも尻に敷かれているというが、会社でもそれは変わらないらしい。
「そうなるといいね、由美さん怒ると怖いから。」
からかうように笑うディン、早く行ってこようと井藁派を誘い出し街へ繰り出した。
「んで、ここ1週間どう?」
会社のあるビルから少し離れたところにあるカフェ、落ち着いた雰囲気でゆっくりするには最適の場所だ。
そして何より店主がディンを悪く思っていない、それはディンにとって一番大切な所だ。
なにせ、店主や店員の目線は一番気になるところからだ。
「んー、いつも通りだな。1日100件は謂れのない文句の電話、それも1回に30分とか取られるからみんな気が参ってるって言ってるよ。」
「そっか、そしたらまた差し入れ持ってかないとな。」
眉間に皺を寄せ許せないという岩原と、苦々し気に笑うディン。
まあ大体そんな感じだろうという顔だ。
「あと、いつものおばあちゃんから、頑張りなさいっていう電話もあったぞ。」
「あー、フミ子さんね。あの人ほんとにいい人だよねぇ。」
何回かセンターにも訪れに来た事がある人物だ。
フミ子が住んでいるのが宮城、センターが東京だというのだから、その行動力には脱帽だ。
「ほんとにな、60過ぎてるのに元気だしなぁ。」
一度センターに来た時、ちょうど苦情を入れに来ていた男に説教をし参らせたというのはセンター内での武勇伝だ。
「私の事おばあちゃんと思ってもいいのよ、なんてどう生きたらあんなに優しくなれるのかねぇ。」
注文していた珈琲にミルクと砂糖を入れながらディンは笑う。
決して優しさを押し付けない、しかし自分の信念を曲げない。
理想の母とはこういう人の事を言うんだろうなとディンは思っている。
敬愛すべき、尊敬すべき大人だとも。
「だな、あとあの子もまた電話くれたぞ。」
「あの子?ああ、将也君の事か。」
珈琲を一口啜り、思い当たる人物の名をあげる。
将也は現在中学1年の男の子で、2か月ほど前にディンに助けられたことがありそれ以来定期的に電話を入れてくる。
さすがにディン個人の電話番号を教えるわけにはいかない為、センターに電話をかけてくるらしい。
「そうそう、応援してますってさ。あと、今度部活で試合に出してもらえることになったらしいぞ。」
「おー、そりゃおめでたい。」
ふふと笑みを浮かべるディン。
自分に懐いてくれている子だ、何かできるようになったと聞いて嬉しくないわけがない。
「今度電話が来たらそっちに連絡入れるよ。」
ディンの笑顔を見て自分も笑う岩原。
人が嬉しそうだと自分も嬉しくなってくる、そんな至極単純明快な男だ。
「おう、頼んだ。」
「と、ところで話は変わるんだけどさ。」
急に話を変えようとする岩原。
いつも感情が顔に出てくる岩原にしては珍しく、真面目な顔だ。
むしろ今は真面目な心境、というのが正しいだろうか。
「お、構わないけどどしたの?」
ディンも真面目な表情になる。
心なしか、2人を包む空気が張り詰める。
「そろそろ話してくれないか?本当の目的ってやつ。」
遡る事4か月前。
ディンの目的を聞いた岩原は、1つ引っかかっている言葉があった。
それは本当の目的、という言葉だ。
ディンは何気なく話したつもりだったのだが、どうやら岩原にとっては違ったらしい。
「ん?ああ、あの時の。」
少し考えるように黙り、思い出してそれを口にした瞬間。
ディンは爆笑し始めた。
「なんで笑うんだよ、こっちは真剣に聞いてるんだぞ!?」
「だって、その事ずっと考えてたと思うと、つい笑いが!」
腹を抱えて笑うディンと、意表を突かれたという風な岩原。
ディンは基本真面目な話をしているときには笑わない為、不意を突かれて驚いているようであり、少し怒っているようでもあり。
なぜか、つられて笑っているようでもある。
「あの事ね、あれはただ単に、世界じゃなくて大切な人を守りたいってだけ。そんな裏では世界滅亡とか考えてないから。」
笑いで途切れ途切れになりながらも言い終えるディン。
「なんだぁ、そういう事かよ紛らわしい……。」
実際はかなりホッとした様子の岩原。
ディンに対する世間の風潮や、それに対するディンの想いを考えると、年齢も鑑みてやりかねないと思っていたのだ。
それがないとわかると、ホッとするのも当たり前というべきなのだろう。
そのあと、特にこれといって特筆した話をするわけでもなく談笑するディンと岩原。
結局3時を回ってしまい、あとで由美さんに怒られたのはまた、別のお話だ。
1週間後。
東京都三宅島、雄山山頂。
活火山として知られる山の頂上の火口の淵には、1つの石碑がある。
何度噴火しても、何度溶岩に飲み込まれそうになっても消えずそこに存在し続ける、1つの石碑。
そこには、こう書かれていた。
「世界ヲ護リシ心優シキ竜ノ神デイン此処二眠ル」
と。
ディンは一人三宅島の山頂にやってきた。
魔物のような何かの何かの気配を感じたからだ。
元々活火山ということもあり登る人間もいない、知性ある魔物が住まうには格好の場所というわけだ。
「……、確かに感じるんだけど……。」
しかし魔物はそこに存在はしていなかった。
空から島を見ていたディンは、視認出来ない所にいる可能性を考え、火口付近に降り立った。
「どこにもいないか……。」
火口の中も魔力を使って探知したが、魔物のような気配はあれど姿がない。
もどかしい時間が過ぎていく。
「……、ん?」
火口付近を歩いていると、ディンはあるものを見つける。
それは、何かを祀った石碑のようなものだった。
長い時を経ていた為かボロボロになっている石碑、しかしその付近だけは溶岩が流れた形跡がなかった。
「これは……。」
近寄ってみると、改めておかしいことがわかる。
まさに、溶岩が石碑の周りだけ流れていなかったのだ。
雄山は活火山の中でも常時計測対象になる程活発な火山だ。
今までに幾度となく噴火をしている、それなのに古びた石碑が埋もれていない。
最近動かされたという可能性も考えられるが、しかしそれをやる意味もないだろう。
石碑は確かに長い時間そこに存在した、そう思える。
「これって……、この世界の物、なのか?」
疑問を口にしながら、石碑に書かれた文字を読み始めるディン。
「世界、守りし……、竜の神?」
眉間に皺を寄せながら読んでいくディン。
所々掠れてしまっているが、そこは何とか読めたという感じだ。
「竜の神……?」
最後まで読んで、まるで時が止まったかのように凍り付くディン。
それはなぜか。
「竜の神、デイン……。」
今しがた思いついてしまった事、それは気配の正体。
千年前の守護者にして、世界を魔物の脅威から救ったといわれる者。
ディンの兄であり、叔父にあたる人物。
「なんで……。」
かすかにだが、しかし確かに感じるその気配。
それは信じがたい、信じたくないものだったが、真実として存在している。
「デイン、兄ちゃん……?」
竜神王からの手紙にデインは最後に日本にたどり着いたとは書かれていた。
魔に侵されかけ、そこで封印されたとも書いてあった。
しかし、その真実は。
手紙には書かれていなかったその真実は、ディンを震撼させた。
「なんで……!デインのいる場所から魔物の気配がするんだよ……!」
ディンは気づいた、気づいてしまった。
デインの眠りの真実に、世界を護った者の末路に。
「そんなっ……!」
侵されかけていた所を封印されたという事は、まだ浸食しきっているわけではない。
つまり、光と闇が対立し戦っているものだと思っていた。
しかし、目の前の石碑から感じる気配に、光はない。
魔物と同列の、負の感情の集合体でしかない。
「魔物になる前に封印されて、眠っているんじゃなかったのか……?」
想像していたものとはかけ離れた事実に、戸惑いを隠せない。
混乱したまま、その場に崩れ落ちるディン。
「なんで、なんでデインが……。」
涙が頬を伝う。
それは滝のように流れ、零れ落ちる。
「俺は……。」
言葉が出てこない。
自分がしなければいけないことを、悟ってしまったから。
自分がすべきことは、とても辛い事だとわかってしまったから。
いくら神と言えど、14歳の少年にとって。
その真実は、あまりにも酷だった。
「……。」
涙を流したまま空を見上げる。
綿菓子のような雲をちりばめた、きれいな空。
しかしその空は、ディンの眼には綺麗だとは映らなかった。
涙を流すうつろな眼は、ただただ青い空を映す。
「……。」
涙枯れ果て、空は夕焼けに染まっていく。
ディンは無言で立ち上がると、手を目の前にかざした。
そこから光の奔流が現れ、1つの剣になった。
「……。」
無言のままそれを目の前に掲げ、そして口を開いた。
「俺は戦うよ……、たとえ兄ちゃんが相手でも……。」
そういい終わると剣を石碑の前に突き立て、それは光となって消えた。
「ごめん……。」
そう言い残して、ディンはその場から去った。
薄々気づいていたのだろう、封印が解けかけていることに。
そう遠くない未来、デインと戦わなければならない運命にあることに……。
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