第3話 日常

魔王、それは恐怖の象徴です。

 私たち、人類を根絶やしにしようとしてくる悪いヤツだと子どもたちには教えています。

 魔王は私達を長年苦しめてきました。

 教会で行う葬儀の約半分は魔王の軍勢による被害によるものです。


 もし、この世界が誰かの作った物語であるとするならば、正義のヒーローが駆けつけて魔王を倒してくれるでしょう。

 ですがここは現実です、ヒーローなんていません。

 魔王が従える魔物たちの群れを兵士さんが血生臭く戦って、殺す、これが現実です。


 確かに私たちの聖書である「赤日夕書」には魔王とそれと戦う勇者についての記述があります。

 聖書いわく、「人々が滅びに叫びを上げたとき、勇者現る」。

 ですがそれはあくまで記述で、伝説です。

 神職についている私が認めるのもどうかと思いますが、嘘なんです。

 哲学者さんたちはみんな言っています。


「勇者に関する記述は過去に魔王が現れた時に一騎当千の戦士がおり、それが語られているだけだ」

「この世に勇者なんて存在しない」


 正直、私もそうだと思います。

 聖書いわく、神々は勇者を他の世界から連れてくるそうです。 

 私は神様を信じています。

 ですが神がこの世にいるとは思っていません。

 だって神様がいるなら、こんなことにはならないはずだからです。


「だれか、助けてぇぇ!」

「死にたくない、死にたくない!」

「おかーさん、どこにいるのぉぉぉぉ」

 

 今日は連休の二日目だったので多くの市民が街でのんびりしていました。

 のどかで、穏やかで、心がなごむ時間でした。

 ですがそれはいきなり崩れ落ちました。

 魔王の軍勢が襲ってきたのです。

 最初は街の騎士団が対応していましたが、次第に数を増す魔物たちに為すすべはなく、散ってゆきました。


 今、町中が助けを求める声で混沌としています。

 阿鼻叫喚、まさに地獄です。

 もしも神様がいるというのなら、もしも英雄が、勇者様がこの世にいるというのなら、今のこの現状を打開してください。 

 ああ、今、目の前で顔見知りの兵士さんがゴブリンに切られてしまいました。

 おはようと言ったらおはようと返してくれるいい人だったのに、どうして。


「シスター、足を止めている場合ではありませんよ、私たちがこの子たちを守るんです!」


 そう言って私を励ましてくれる騎士様は私の方に振り返りません。

 ​きっと​認めたく無いのだと思います。

 先ほどの兵士さんは確かこの騎士様と仲が良かったと記憶しています。

 とても、お辛いはずなのにこの方は足を止めません。

 どうして、どうして、そう強くあれるのでしょうか。

 私にはわかりません。

 

 今、私は子供たちを抱っこして走っています。

 騎士様が二人おんぶして一人肩車しており、私は一人おんぶして走っています。

 ですがもう走れません。

 足が砕けてしまいそうです。

 ですが私は思い出します。

 私が走るのをやめたら間違いなく私がおんぶしているトーマスが死んでしまいます。

 トーマスはいい子です。

 私が疲れているからと、木の実を取ってきてくれるいい子です。

 彼の命はこんなところで落としていい命ではありません。

 だから走るのです、私。

 騎士様の話によると、騎士様はどうやら先行してきたらしいのですが、もうすぐ騎士様の部隊が到着するようです。

 騎士様の部隊は強いです、負けません。

 だから騎士様の部隊が来るまで私たちは逃げることができたら救えるのです。

 最初は建物にでも隠れようと思いました。

 ​ですが...


「ギャーー」

「グルァァァァ」

 

 魔物たちはそれを許してくれません。

 それどころか一匹、また一匹と数を増す一方です。

 

「きゃ」

 

 疲れ切った足がもつれてしまいました。

 どうしましょう、ついに私は転んでしまいました。 

 …乱暴な手段ではありますが、やるしかありません。

 騎士様はこちらを振り向きます。


「シスター、今助けます」

「ちがいます!うけとってください!」


 私はトーマスくんを抱えて、今もてる最大限の魔力を使い、体を強化します。


「シスター、あきらめないで、まだその手を使うときではありません、あきらめないで!」

「いいえ騎士様、今です、今なんです、私の人生を投げ打ってでも、この子を救わなければならないのです」

「シスター!」

「騎士様、トーマスくんを頼みます」


 私は精一杯の力を使ってトーマスくんを騎士様まで投げ飛ばします。

 そしてトーマスくんは無事騎士様に受け止められました。

 これでいいのです。

 きっと魔物たちは私に気を取られるはずです。

 そしてその隙に騎士様と子供たちは逃げられるはずです。

 私だって、自ら人生を投げ出したいわけではありません。

 ですが、もうお終いです。


 楽しい人生でした。

 お姉ちゃんと一緒に遊んだ日々は楽しかったです。

 院長と同級生と一緒に市場を回ったあの日のことは忘れません。

 私がシスターとしてやってきたあの日のことも、子供たちと初めて一緒に洗濯をしたあの日のことも絶対、絶対忘れません。

 

 それでは神様、さようなら、皆さん、さようなら。

 

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