パズルの銅像

烏川 ハル

前編

   

 田舎という単語には、二種類の意味があるという。

 ひとつは都会の対義語であり、もうひとつは生まれ故郷を示す。

 東京のど真ん中で生まれ育った私にとって、後者の意味では「私の田舎は東京です」となるはず。しかし口に出してみると違和感を覚えるのは、前者の使い方と矛盾するからだろう。

 やはり「田舎」とは、のどかな自然に囲まれた場所にこそ相応しい言葉。ならば東京生まれの私にとって、本当に田舎と呼べる土地は存在しないのかもしれない。


 そんな意識があるせいか、昔から私には、緑豊かな田舎町に対する憧れがあり……。ちょっとした休みが出来るたびに、特に目的もなく行き先も決めずに、都会から離れた辺りを旅する習慣になっていた。

 だから今回、山間やまあいにあるこの田舎町を訪れたのも、深い理由はない。ただ適当に車を走らせるうちに町並みが見えてきたので、一休みするつもりで立ち寄ったに過ぎなかった。


 町に入ってすぐの辺りにあったのは、ローカル線の小さな駅舎。都会の駅前広場ほど大きくないが、駅前にはタクシー乗り場や花壇、彫像などが設置されていた。

 小さな観光案内所もあり、ふらりと入ってみる。どうやら有名な詩人を何人も輩出している町であり、記念館も建てられているという。きちんとした旅館もあるようだし、この町で一泊することに決めた。


 すでに午後になっていたが、まだ夕方というほど遅い時間帯ではない。宿に車を停めて、町の中を自分の足で散策し始めた。

 旅館の近辺はそれなりに栄えていたけれど、数分も歩かないうちに建物は途切れて、公園らしきスペースに出くわす。はっきり「公園」と言い切れず「公園らしき」という表現になるのは、遊具や砂場のような子供の遊び場は見当たらなかったからだ。

 ただ小さな銅像がポツンと立っているだけ。私と同年代の中年男性の像であり、その足元にはいびつな形のプレートが嵌め込まれていて、

『明石川祐介氏は、昭和36年の生まれで……』

 という書き出しの説明が刻まれていた。

 観光案内所では「有名な詩人を何人も輩出している町」と言われたのだから、この明石川祐介というのが、その一人なのだろう。あいにく私には文学の素養は皆無であり、聞いたこともない人物だった。

 昭和36年の生まれならば、私よりも遥かに年上になるはず。この銅像は今現在の姿ではなく、作られた当時あるいは詩人として活躍していた最盛期の様子に違いない。


 町中まちなかを通っているのは一本道ではなく、多少の分岐はあったけれど、とりあえずわかりやすいように、一番太い大通りに沿って進んでいく。

 すると、交差点を二つか三つ越えた辺りで、また同じような銅像を目にした。ただし先ほどとは別人であり、体型や髪型から判断すると、今度は若い女性の像らしい。

 実際、プレートの説明も、

『たまこわち氏は新進気鋭の女流詩人であり……』

 となっている。

 たまこわち氏というのも私は知らないが、こんな銅像が作られるくらいだから、この町では有名人に違いない。

 そもそも「たまこわち」は、どこまでが名字でどこからが名前なのか、それすら私にはわからなかった。「たま・こわち」なのか「たまこ・わち」なのか、どちらにせよ女性っぽい名前にするならば、おそらく「たま」あるいは「たまこ」がファーストネームで「こわち」あるいは「わち」がラストネームなのだろう。

 先ほどの明石川祐介の説明プレートは、直線と曲線で囲まれていたが、たまこわち氏の場合はスラリとした四角形。ただし長方形や正方形ではなく、左右非対称の台形だ。何か意味があるようにも思えて、少しだけ気になったのだが……。


 しばらく歩くうちに、また明石川祐介の銅像があった。ポーズは同じだが、説明プレートの形も文章も別物であり、今回の像では、

『「かみのかみ」は明石川祐介氏の代表的な詩集であり……』

 と始まっている。

「かみのかみ」の二つの「かみ」が何を意味しているのか――神なのか髪なのか紙なのか加味なのか――、それも少し引っかかるが、むしろ気になったのは、プレートの形の方。

 直線と曲線で構成されている点は最初のやつと同じだが、ならばピッタリ同じ形かというと、そうでもない。

 私はふと手帳を取り出し、目の前のプレートの形をメモすると同時に、まだ記憶に新しい二つ――たまこわちのプレートと明石川祐介の最初のもの――の形も同じページに記してみる。

「これって、もしかしたら……」

 奇妙な興奮を覚えると同時に、私の口からは、そんな独り言が飛び出すのだった。

   

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