第79話 見習い
代官本人の登場に驚きつつも、ようやくお菓子を飲み込んだ私も挨拶を返す。
「アイリスです。よろしくお願いします」
「男の子と聞いていたが、女の子にしか見えんな」
私の頭からつま先までじっくりと観察したコヴィルから、感心したような呟きが漏れてくる。
その言葉通り今の私の服装は、いつもよりフリルが多い淡い緑色のワンピースだ。偉い人と会うので、手持ちから一番見栄えのする服を選んでいる。胸元まで伸びる長い髪は後頭部で一つに括っているが、あんまりうまく結べていないので、見栄えは半減しているかもしれないけど。
「えへへ」
しかし女の子にしか見えないという言葉にちょっとだけ嬉しくなる。つまり変装がうまくいっているということであり、もちろん他意はないけどね。
そのまま大人しくしているけれどひたすらにじっと見つめられ続けるだけだ。なんとなく居心地が悪くなり始めたころにコヴィルがようやく口を開いた。
「とても四歳には見えない落ち着きっぷりだな。その歳で文字の読み書きもできるとか」
「はい」
首肯していると、ほぅと感心しながらソファの近くで寝そべるスノウたちにもちらりと視線を送っている。
「従魔の二体も強そうだ」
「とっても強いですよ」
トールはまだよくわからないけど、あの森で出会った魔物なのだ。弱いはずもないと思う。
「ふむ。確か両親はいないんだったね」
コヴィルから出てくる質問に順番に答えていく。両親はおらず、無能がゆえに森に捨てられたという設定は今更変えられない。スノウとは終焉の森で出会ってから半年くらい森で生活していて、その後街に到着してからトールと出会ったのだ。
「終焉の森はどんなところだった? 何か珍しいものとかなかったかい?」
珍しいといえばなんだろうな? 生息する魔物は固有のものが多いだろうし、だいたいが珍しいと言えるんだろうけど。
「そういえば言葉を話すオーガとかはいましたね」
「しゃべるオーガだと!?」
答えた瞬間に反応したのは、目の前に座るコヴィルではなく隣のクレイブだった。びっくりして隣を見上げると、他の三人も私を見て驚いている。
「襲われなかったのか!?」
「アイリスちゃん大丈夫だったの!?」
とても心配されてるっぽいけど、私は今現在もこうしてピンピンしてるので元気だ。
「大丈夫でしたよ。というか助けを求められたので」
「は?」
今度はコヴィルから変な声が返ってくる。その反応もわからなくもない。まさか魔物から助けてくれって言われるなんて想像できるはずもない。寿命で弱ったオババ様の話をすると、皆の顔が何とも言えない表情になる。
「そのオーガは友好的なのか……?」
「どうでしょう……。スノウには敵わないと思ったんじゃないでしょうか」
キースの話でもオーガは好戦的ということらしいし、楽観視はしないほうがいいと思う。
「そうか……。ではそのオーガの村があった場所はわかるか?」
ふむ。私自身はなんとなくくらいでしか覚えてないけど、キースならちゃんと覚えてる気はする。
「えーっと、確か……」
ちらりと虚空を見上げるけどキースの姿は見えない。まったく肝心な時に役に立たない奴である。
「谷の入り口から数日くらいの距離だったかなぁ……」
自信なさげに答えるけどかなりあいまいだ。一週間もかかっていないとは思うけど。
「そ、そんなに近いところにオーガの村があるのか!?」
「谷に入って数日なら何度も通ってるぞ……?」
驚くコヴィルだけど、クレイブたちはあんまり信じていない感じがする。谷に入って数日って……、あ、そういうことか。
終焉の森は切り立った急斜面の上にあるため、通常の方法では侵入できない。森から川が流れているが、滝になっているわけでもなく谷のように深くなっていてそこが唯一の入り口なのだ。
「そうじゃなくて、谷から入って登って行った頂上っていうのかな? 谷じゃなくなった場所から数日の距離です」
私の感覚では森の終わりとなる谷は出口だったけど、街の人には入り口みたいだ。
「あぁ、そういうことか。……というかアイリスくんはそんなところから来たんだな」
複雑な表情でクレイブに見つめられるが、事実なので否定もできない。
「よく無事だったね」
「スノウたちが一緒だったので」
コヴィルの感心したような言葉にはそう返しておく。実際にシュネーが縄張りにしていた場所ではほとんど魔物に襲われることもなかった。あの一帯はシュネーたちが弱肉強食の頂点だったんじゃないだろうか。
「クレイブたちは谷を抜けたことがあるんだったな」
「ええ、あるにはありますが……。抜けただけでその先の探索までは無理でしたよ」
「そうか……。オーガの村は気になるから調査をしておきたいところだが……」
コヴィルが嘆息すると、ちらりと私とスノウへと視線を向ける。
「まさか、コヴィルさん? ……アイリスとスノウを連れて、俺たちに調査に行けとか言わないでしょうね?」
「はは、まさか。そんな危険なことに子どもを巻き込めるわけがないだろう」
何かを察知したクレイブが胡乱な目で牽制すると、コヴィルは肩をすくめている。
私としては森に入れるようになればレベルを上げられるだろうし、むしろどんと来てほしいくらいなんだけど。せっかく武器を手に入れたしこっちも試してみたい。
「そんなことでこの才能を潰すわけにはいかん」
『才能』という言葉を聞いて、目の前にいるコヴィルをまっすぐに見上げる。さんざん無能だとか役立たずと言われてきた私であるからして、その言葉には嬉しくなる。
だがしかし、才能があると言ってもそれは様々な因子を注入されたからに過ぎない。私自身が初めから持っていたものではないのだ。そのことを思い出して、高揚しかけた心が自然と落ち着いてくる。なんならマイナスに落ち込んだくらいだ。
「そこでだ、アイリスくん」
言葉を切ってまっすぐに私を見つめると、コヴィルが言葉を続ける。
「私の侍従見習いとして働く気はないかね?」
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