第48話 宿へご案内
「ここが俺たちが泊まってる宿だ」
次にフォレストテイルに連れられてきたのは宿である。お金はあるということで、ランク5のベテラン探索者が宿泊しているところと同じ宿へ案内してもらった。
同じく大通りにある、アンファンという街と同じ名前を冠する三階建ての宿だ。
「ただいまー。お客さん連れてきたわよー」
今度はマリンが宿の奥へと声を掛けると、カウンターの向こうから出てきたのは宿の女将さんらしき女性だ。
右側には食堂があり、お昼を過ぎたくらいの時間帯には数人の客しかいないようだ。左側が宿泊客の部屋がある棟だろうか。宿泊棟との境目には奥へ続く通路もある。
「あら、おかえりなさい。ってお客さん?」
パーマのかかったグレーの髪が豊富な、ふくよかな体系の女将さんだ。
「ここなら従魔も泊まれるし、俺たちもいるし大丈夫だろ」
「あらあらあらあら」
入り口から入ってきたスノウを見ると、口元に手を当てて驚いている。
「安宿なんかに泊まらせたら、可愛いアイリスちゃんなんてすぐに攫われそうだしね」
続くマリンの言葉に眉根を寄せる。
「あの、攫われるって……」
「ここなら部屋にちゃんと鍵もかかるし、常連のベテラン探索者もいるし、変な奴は寄り付かないから安心していいぞ」
鍵がかかる部屋を推してくるクレイブに言葉が出なくなる。それくらい当たり前じゃないのかな……。なんとなく怖くなってそれ以上聞けなくなってしまった。
『なんて野蛮な宿なんだ……』
「えっ?」
突然聞こえてきたキースの声に思わず反応する。
「どうした? ……もしかして鍵がついてても安心できなかったりするのか?」
まさかそんなといった表情でクレイブが尋ねてくるけど、そうじゃない。というか他の人にキースの声は聞こえてない?
「いえ、ぜんぜん、大丈夫です」
私の答えにホッと胸をなでおろすクレイブと女将さん。
「えーっと、お客さんってこの子のこと? 保護者はいるのかしら?」
女将さんが首を傾げているけど、残念ながら今の私に保護者はいない。あえて言うならキース、と言えなくもないけどやっぱりなしだね。
「あたし一人です。とりあえず一週間ほど泊まりたいんですけど、部屋は空いてますか?」
「え? えぇ、部屋は空いてるけど……、いいの?」
セリフの後半で女将さんの視線がクレイブたちに向くと、四人から頷きが返ってきてますます戸惑っている。
「うーん、わかったわ。……お嬢ちゃんはお金持ってるかな? なんならクレイブさんからむしり取ってもいいけど」
「おいおい、勘弁してくれよ」
女将さんの冗談にフォレストテイルの他のメンバーから笑いが漏れるが、そこまで世話になるつもりはない。
「一泊おいくらですか?」
「先払いになるけど、一人部屋は一泊六千ゼルよ。従魔は大型だし、三千ゼルになるかしら」
ふむふむ。一日合計九千で、掛ける七日となれば六万三千ゼルだな。
「わかりました」
背中の鞄からお金の入った袋を取り出すと、銀貨を六枚と小銀貨三枚を取り出してカウンターに乗せる。宿のカウンターは低くていいね。鼻から上くらいしか出ていないけど、かろうじて頂が見えるよ。
「えーっと、ちょっと待ってね……。六千足す三千の……、掛ける七だから……。うん、合ってるわね。お嬢ちゃん計算早いわねぇ」
低いカウンターなら私でも問題なく対応できるんだと満足していると、女将さんから感心された。それくらいの計算なら当たり前に簡単だけど……、って私って幼児だったな。
「へぇ」
「アイリスちゃんって何気にすごいわよね」
後ろからもフォレストテイルの感心する声が聞こえてくる。
「あ、じゃあ台帳に名前を書いてもらえるかしら」
「わかりまし……た?」
女将さんに言われるままカウンターの上に乗せられた台帳へと視線を移す。
……が、かろうじて見えるカウンターの頂に乗せられた台帳の頂は見えなかった。
「うふふ。ギリギリ見えないわね」
微笑ましいものを見たような声音で呟くと、テイマーギルドのときと同じくテーブルへと移動すると、ただ無心で台帳に名前を書く。
もちろんそこには得意そうにしていた私の姿などなく、敗北感に打ちひしがれた幼児がいたという。
「よし、じゃあちょっと遅くなったが昼飯にするか」
クレイブが右側の食堂を指差すとみんなでぞろぞろ入っていく。
「ここは奢ってやるから何でも好きなもの頼んでいいぞ」
近くにあった空いている六人席に、フォレストテイルのメンバーが座っていく。同じく食堂へと足を踏み入れると、ちらほらと昼食を食べている人たちから視線が集まった。
そのうちひとつのテーブルの足元に一匹の狼がいたんだけど、スノウが食堂に入った瞬間に尻尾を股の間に挟んで耳をぺたりと倒して伏せていた。
「アイリスちゃん、こっちこっち」
マリンに手招きされていった席は、ティリィとの間だった。椅子によじ登って座ってみたけど、どうにもテーブルの位置が高い。
予想通りというか、首から上しかテーブルの上に出なかった。ちょっとこれじゃご飯が食べられないなぁと思っていると、カウンターから女将さんがクッションを持ってきてくれた。
「これでどうかしら」
「ありがとうございます」
敷いてみるとなんとかいけそうだ。不安定ではあるけど、さっきよりぜんぜんいける。
「ごめんなさいね。あとでちゃんと子ども用の椅子を用意しておくわね」
「あ、いえ、わざわざすみません」
「いいのよ、気にしなくて。ウチの料理は美味しいから、お腹いっぱい食べていってね」
「はい。クレイブさんにおごってもらいます」
「うふふ。じゃあごゆっくりどうぞ」
肩をすくめるクレイブと、優しい女将さんに思わず笑みがこぼれた。
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