第11話 食料の確保
さっそく霊樹の実を採ろうとしたけど、もちろん私は背が届きそうにない。
霊樹の木の太さは直径でも三メートルくらいはありそうだ。その枝ぶりも太く遠くまで伸びている。六芒星のような形の葉っぱは私の顔より大きい。
一番下に実っているものでも遥か頭上にある。スノウが立ち上がっても届かないんじゃなかろうか。母虎のシュネーなら届きそうだけど。
ちらりと親子を振り返ると、案内は終わったとばかりに実そのものには興味がなさそうだ。霊樹に向き直って幹に手を掛けるが、もちろん木登りなんてできそうにない。
「ぬうぅぅ。実がつながってるじくにキースが体当たりしたら落ちてくるかな」
『なぜ私がそんなことをしないといけないのだ』
「あたしに餓死されるとこまるんだろ」
『あくまで最終手段だ。石でも投げて落とせばいい』
何があっても手伝ってはくれないらしい。口だけは出してくるけどいつも一言多い。
「ふん。そんなこと言ってどうせ、体当たりで実をおとせるほど勢いつけたそくど出せないだけでしょ」
『そうだな。私はただの観察者だからな。装甲もそこまで厚くないのだよ』
私の嫌味には全く取り合うことなくそんな言葉が返ってきた。
口調からは思ってもいないことを喋っているようにしか聞こえない。
「ぐうぅぅ」
悔しくなって歯を食いしばりながらも、キースの言葉通りに実行するしかなさそうだ。地面に落ちている石を拾い上げて、一番低いところにある実に向かって投げる。投げる。投げる。
「……当たらない」
『実には当てるんじゃないぞ』
「わかってるよ!」
石が飛んでいった方向にはスノウが回り込んでいて、楽しそうに前足で飛んできた石を打ち返している。
そして十投目にしてそれは起った。
実の根元に見事命中し、神の声が聞こえてきたのだ。
<投擲術スキルを取得しました>
「えっ?」
石の投擲先付近にいたスノウが、石がぶつかった実を見上げてしょんぼりしている。
自分の手のひらと石が当たった実を見比べるが、特に変わったところはない。
『威力不足だな』
キースの言う通り、実は落ちてこなかった。確かに命中はしたはずだが、かすかに実を揺らしただけで落とすような威力がなかったのだ。
「えぇ……」
息を切らしながら大きく肩を落とす。所詮幼児が投げる小さい石だ。直径15センチ以上の実を支える軸がそんなもので実を手放すわけもない。
がっかりしていると、またも視界が上方へと持ち上げられる。後ろに首を回せば、シュネーが襟をつかんで持ち上げていた。そのまま霊樹へと歩いていくと、実まで手が届くほどの距離まで近づいた。
「近い」
ここまでお膳立てされれば自分で収穫するしかない。背負っていた鞄を前に持ってきて口を開くと、両手を伸ばして霊樹の実をがっちりと掴む。くるくると捻って軸をねじ切ると、果実を鞄へと仕舞った。十個ほど回収したあとで地面に下ろしてもらうと、母虎のシュネーを見上げてお礼を言う。
「ありがとう」
照れくさそうにそっぽを向くシュネーであるが、それを見たスノウが私に向かって突撃してじゃれついてきた。
「あはは、スノウもありがとな」
首周りをわしゃわしゃもふってあげると気持ちよさそうにしている。
「じゃあ帰ろうか」
こうして私たちは霊樹の果実を手に入れ、小川の近くへと帰ってきた。
ちなみに帰りはスノウの背中に乗せてもらったことをここに記しておく。
収穫した果実を半分ほど食べてお腹いっぱいになり、睡魔に負けてお昼過ぎに起きたときである。
シュネーが大きい鹿を仕留めて戻ってきた。二メートルくらいのサイズだ。獲物を地面に横たえると、スノウが嬉しそうに駆け寄ってかぶりついている。
「やっぱり虎って肉食だよね」
食事の様子を少し離れたところから観察する。あんまり近づくと血の匂いと内臓の見た目で吐きそうになったのだ。
『少なくとも霊樹の実は食べないな』
しばらく親子の食事風景を眺めていると、シュネーが残り少なくなった鹿を咥えて目の前まで持ってきた。
「えっ?」
よくわからなくて首を傾げていると、前足で私の方まで押してくる。
「もしかして食べろってこと?」
スノウは満足そうにして地面に寝転がっている。どうやらお腹いっぱいらしい。
『
「あー、うん……」
『いい機会だ。倉庫から持ってきた道具の使い方も教えてやろうじゃないか』
渋る私に向かって、キースが面白そうな口調で言葉にする。
言ってることはわかるけど、ちょっと今は肉を食べたい気分じゃない。だけどこのままでいいとも思っていない。キースの言うように早く動けるようにはなりたいのだ。
「わかったよ」
渋々と言った様子を滲ませながら、倉庫から持ち出した道具を鞄から取り出していく。魔道コンロとフライパンだ。
『そこの窪みに魔石をセットすれば使えるようになる。つまみを回せば火が付くようになっていて、強火、中火、弱火と調整ができる。元の位置に戻せば火が消える』
「へぇ、まきに火を付けなくていいのはべんりだね」
こうして生まれて初めての料理が始まった。
食欲はなかったが、ちょっと面白そうと思ったのはキースには秘密だ。
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