第一章 神霊の森

第6話 日の当たる外へ

「キース。でぐちはどっち?」


 後ろをついてくる浮遊する球体に向かって尋ねる。

 なんと呼んでいいのかわからないと言ったところ、好きに呼べと言われたので適当に付けた名前が「キース」だ。


『こっちだ』


 倉庫で結局服は見つからなかった。布生地がいくらかあったので、それを体に巻き付けているだけだ。背中には時空の鞄が背負われていて、その中にはいくつか野営で使えそうな道具を詰めてきている。

 あとは道具の燃料となる魔石が大量に保存されていたので、鞄をひっくり返して流し入れてきた。何個入ったかはわからない。

 古代文明時代の道具ではあるが、キースというアドバイザーがいるおかげでどういう道具かは知ることができたので問題はない。

 もう少し倉庫を物色していたかったが、自分の体力が尽きるまで倉庫にいるわけにもいかない。必要最低限、幼児でも持ちだせる道具だけを詰めて倉庫を後にした。


 もうどこを歩いているのかわからなくなったころ、またもキースはある扉の前で静止した。倉庫と同じようなスイッチがあったので開けると、そこは三メートル四方の狭い部屋だった。真ん中に円形の台が設置してあり、円の周囲が微妙に光を放っている。奥の壁際にも装置が置いてあり、たくさんの入力するボタンと何かを映し出しているガラスの四角い部分があった。


『向こうのコンソールで行き先を入力して実行すれば、登録してある場所へ転移できるようになっている』


「てんい!?」


 あー、うん。古代遺跡だもんね。しかも稼働してる遺跡となれば、こういう装置もあってしかるべきなのかもしれない。


『登録してある場所はそれほど多くないが、餓死せずにすむ場所となれば森だろうか』


「もり……」


 確かに荒野や砂漠に出るよりはマシだろうけど、森は森で危険な気がする。


『今現在はどうなっているか不明ではあるが、少なくとも五千年前は神霊の森と言われていた場所が登録されている』


「きいたこともない名前だな」


『さもありなん』


 キースが肩をすくめる様子を幻視した気がしたが、きっと気のせいだろう。いちいちコイツの言うことに腹を立てていたら体力が持たない。

 ひとまずキースの言うコンソールの前へと近づいてみるが。


「……どうやって操作していいのかわからないぞ」


 転移を実行させる以前の問題だった。ボタンひとつひとつに文字らしき記号が書いてあるが読めない。かろうじてわかるのは、上下左右の矢印の記号が入ったボタンだろうか。


『まったく……、世話の焼ける観察対象だな』


 ため息も聞こえてきそうな口調でそう宣うと、球状だったキースから一本の管が伸びてきて、部屋にある装置と繋がった。


『行き先は神霊の森でいいか?』


「そんな便利なことができるんならさいしょからそうしてよ」


『それは無理な相談だ。私の役目はあくまで観察なのだから』


 面倒だけどキースにはキースの行動理念があるらしい。どうしてもそれは覆すことはできなさそうだ。


「むぅ……。他にどこにいけるか知らないけど、一番マシなせんたくしが森なんでしょ?」


『そうなる。他は砂漠と海底だ』


「森いったくだね……」


 誰が何と言おうと森しかない。砂漠は五千年もあれば森になるかもしれないが、どうせなら最初から森と確定しているところのほうがいいに決まっている。

 もちろんその逆の可能性もあるわけだが、いちいち可能性を挙げていてはキリがないのも確かだ。


『では行き先を神霊の森に設定する……。転移シーケンス起動。3、2、1、転移術式展開。オールクリア。実行』


 キースの言葉が終わらないうちに、部屋の中央にある転移装置の光が強くなっていく。実行という言葉と同時に一瞬強く発光し、中央の台の上が陽炎のようにゆらゆらと揺れるようになった。


『起動完了だ。転移装置に乗るといい』


「う、うん……」


 体に巻き付けた布をぎゅっと握り締めると、意を決して台の上に足を掛ける。もう片方の足も台の上に乗せ、中央へと踏み出した時に視界が揺れた。一瞬の酩酊のあと、気が付けば周囲が真っ暗になっていた。


『転移は成功したようだな』


 その一瞬後微かに明かりが灯ったかと思うとキースの声も聞こえてきた。発光するキースの明かりだけが頼りだ。


「これが……、てんい……」


『ふむ……。ここの施設は生きてはいないようだな。魔力を自力で補えれば、元居た施設に転移はできるだろうが……』


 球状の光る面をあちこちに向けながらキースが独り言ちる。

 なんだかんだ言いながらこの観察者は独り言も多い。観察するだけが仕事だと思ってたけど違うのだろうか。謎は尽きないが便利なので何も言うまい。

 目が慣れてくると岩壁に囲まれたボロボロな部屋ということがわかった。

 部屋から続く一本道を注意深く進んで行き、階段を上っていく。次第に森の香りが濃くなっていき、木漏れ日が差し込んでくる。獣や虫の鳴き声も大きくなってきた気がする。

 やがて見えてきた岩の隙間から外に出れば、そこは確かに森の中だった。


 振り返れば苔むした岩山の隙間から出てきたようだ。視線を正面に戻せば、鬱蒼と茂った森が奥まで続いているのが見える。どうやら木漏れ日が差し込んでくるエリアはこの岩山周辺だけのようだ。


「うわぁ……」


 だがしかし、その奥を見て森に来たことを後悔する。

 植物で覆われて地面が見えない不安定な足元に、木々の根元はデコボコとしていて歩きづらそうだ。今いる場所が木漏れ日で明るいせいか、昼間だというのに森の奥は真っ暗に見える。手前の木は数メートルと低いが、少し奥へ進めば十メートルを超える木々が葉を茂らせて太陽光を遮っているのだ。


「はぁ……、とりあえず疲れたからきゅうけいしよう……」


『軟弱な』


 座り込んだ私にキースから即座に突っ込みが入ったのは言うまでもない。

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