第3話 生きた古代遺跡
気が付くと視界が揺れていた。
腹部は激痛を訴えており、意識を失う前と状況にさほど変わりがないことに気づかされる。
どうやら私は何かに引きずられているようだ。後ろ向きになっているため、後方へ続く血の跡がぼやける視界の中に見える。
それにしても地下のはずなのに明るいな……。
「くっ……」
なんとか首をひねって後ろを向くと、金属質の人間が自分の服の襟をつかんでいることがわかった。
『気ガ付きマしたカ』
「ッ!?」
まさか話しかけられるとは思わず、体が硬直する。と同時に腹部の激痛が増す。
『687年振りノ被検体デすかラね。大人しくシていてクダさい』
いったいここはどこなんだ……。確か古代遺跡の視察に来ただけのはずだ。探索済みの遺跡じゃなかったのか。しかも687年振り? 古代遺跡は五千年前に滅んだはずじゃなかったのか。生きている遺跡もあると聞いたが……きっとここがそうなんだろう。
「――ぐっ」
被検体とは何のことか尋ねようとしたが、傷のせいかしゃべることもできない。不安にさいなまれながらも、大人しくするしか選択肢はないようだ。
しばらく引きずられているとひとつの部屋へと連れられた。そのまま部屋の中央まで引っ張られると、体を持ち上げられて寝台と思しき場所に寝かせられる。
首を左右に振って周囲を確認すると、細長いパイプ状のものが自分が寝ている寝台から周囲に広がっている。そのパイプは部屋の周囲に設置してある何かの機械というか各種装置にもつながっているようだ。
『でハ、さっソく始めマス』
頭上から聞こえてきた声に振り向くと、そこには金属でできた人型がいた。人間と思ったが気のせいだったようだ。身長は130センチくらいだろうか、白銀色で複雑な造形をしているが、作られた人間とでもいう姿かたちをしている。これが私を引きずっていたヤツの正体か。
「な……、なにを……」
言葉にならない言葉を上げるも、その人型は反応をしてくれる様子もない。ただ自身の任務を遂行するのみだ。
その機械人形は細長い針のようなものを取り出すと、いきなり私の首へと突き刺した。
「ぐぁっ!」
痛みは感じなかったが、針が首の中へと入り込んでくる感触に全身に鳥肌が立ち、冷たい汗が流れてくる。
『スキル因子の注入ヲ開始シます』
よくわからない声が聞こえてくるが、それどころではない。生きた心地がしない感触に、だからといってどうすることもできず、ただ耐えることしかできなかった。
腹部の傷を考えると、このまま放置されれば死ぬしかないのは明らかである。だからといって死にたくはない。
『肉体ノ損傷が激シイため、こレ以上の注入ハ危険でス』
『肉体ノ老いカラくる限界に達しマシた』
『治療ヲ開始しマす』
『肉体の活性化ヲ開始シます』
『肉体ノ最適化を開始しマス』
『肉体の強化を開始シマス』
次々と音声が聞こえてくるが、何を言っているのか理解ができない。
体が悲鳴を上げているような気がするが、そんなことはどうでもいい。とにかく今の状態を脱するべく身じろぎするが、成果は芳しくない。
というよりも、自分が自分でなくなっているような気がする。心もおかしくなって発狂しそうになる。
『精神の安定化ヲ開始しマす』
『精神ノ最適化を開始しマす』
『精神の強化を開始シマス』
『スキル因子の注入ヲ再開シます』
気が付けば気持ちが安定してきた気がする。
しかし相変わらず自分自身が今どうなっているのかさっぱり把握できない。
意識も途切れ途切れになっているし、もはや自分が何をされているのかもわからなくなっていた。
『施術ガ完了しマシた。こレから経過観察に入リマす』
ふとそんな声が聞こえてきたとき、意識がハッキリと覚醒した。
周囲を見回せば、よくわからない装置に囲まれた寝台の上に寝かされたままだ。場所は変わっていないらしい。
あれから何日が経っているんだろうか。時間の感覚がさっぱりわからなくなっている。とはいえ気分は悪くない。
上半身を起こしてみるが、ちゃんと体は動くようだ。
寝台から乗り出して両足を地面に着けると立ち上がる。
「……ん?」
なにやらおかしい。視界が低い。足元に視線を向けると服を着ていなかった。全裸である。視界にチラチラと映る自分の水色の髪は胸元くらいまで伸びている。もっと短かったはずなんだが。
「ええ……、なんなのこれ」
しかも自分の声も変わっている。子どものような甲高い声だ。
「子ども?」
改めて自分の体を見下ろしてみる。
「……生えてにゃい」
股間にあったのはかわいらしいゾウさんであった。生えていたはずの毛もなくなっていてツルツルだ。手も足も小さく細くなっていて、どう考えても自分は子どもになっているとしか思えない。さっきまで寝ていた寝台を振り返るが、身長が半分くらいになったらこんな感じなんだろうか。
『気が付いたようだな。被検体10854番』
「だ、だれ!?」
今までとは違う明瞭な声に誰何の言葉が漏れる。さっきまでいたと思われる金属人形の姿はなく、近くに声を発しそうなものは見当たらない。
『目の前にいる』
「えっ?」
声の通りに視線を真正面に向けると、目の前に直径10センチ程度の金属製の玉が浮かんでいた。表面はつるりとしていて、ところどころが赤青黄色に光っている。
「なにこれ……」
鈍く光っているので金属っぽい質感ではあるが、継ぎ目などは見当たらない。
『私は観察者。被検体10854番の経過を観察するユニットだ』
「かんさつ者……? ユニット?」
聞きなれない言葉が飛び出してくるが、声は確かに目の前の金属球体から聞こえてくる。
『これから被検体10854番に密着して経過を観察することになっている。687年振りの被検体だ。何かがあってはいけないので了承願う』
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