2.憧れの先輩

「亮さん、起きて下さい」


 いつもの耳障りな目覚ましの音の代わりに、澄んだ女性の声が優しく俺を起こす。


 目を開けると美しいレイーシャの顔があった。夢じゃなかったんだな。


 上体を起こして布団をどけると、俺のズボンの一部が元気よく盛り上がっていた。


 レイーシャはその部分を見つめ手で触れ確認をした。


「これから処理しますか?」


「仕事に行かないといけないから時間ないよ……」


「承知しました。手早く処理します」


 カポッとおもむろにくわえ込むと、艶のある髪を揺らす。


 レイーシャの超絶技巧に、俺は5分も耐える事は出来なかった。




 すっきりした俺は夢心地のまま、のそのそと準備を始める。 


 昨日買っておいたコンビニ弁当を冷蔵庫から出してレンジで温める。


「コンビニ弁当が駄目だというわけではありませんが、亮さんにはより美味しいものを食べていただきたいので、今後は私が食事を用意します」


「料理とかできるの?」


「可能です。なにかリクエストがあればどうぞ」

 

 今は頭がぼーっとしているので「考えておくよ」と答えた。




 準備を終えた俺は、レイーシャに見送られて会社へ向かう。


 会社に着くと蓮本さんを発見したので近づいて元気よく挨拶をした。


 蓮本さんは美人で仕事ができるし、面倒見が良く仕事を教えるのもうまい。俺が入社して一年彼女に仕事を教わったが、惚れるまでにはさほど時間は掛からなかった。


 どうにかして距離を縮めたいとは思ってはいるが、なかなかうまくいかないんだよね。


 本物を前にして、昨夜の出来事を思い出してしまった。罪悪感が半端ない。


「どうかした? 何か後ろめたいことでもある?」


「なんでもありません!」


 後ろめたいことはあるので、思わず声が大きめになってしまった。


「そう、ならいいけど」


「ところで荒川君、金曜日の会社の飲み会、行くよね?」


「はい、行きます」


 昨夜、レイーシャが言っていたことを思い出す。その飲み会で酔った蓮本さんを送って行くことになり、蓮本さんのマンションに上がったところで、俺は送り狼になってしまったらしい。


 だが、今の俺は溜まった物を吐き出しているおかげで落ち着いている。飲み会も難無く切り抜けられるだろう。


「荒川君、どうしたのぼーっとして? さあ今日も頑張ろ」


 俺に微笑む蓮本さん。可愛すぎて辛い。朝から俺の心臓はオーバーワーク気味だ。


 早く家に帰ってレイーシャにすっきりしてもらいたい。


 頑張って仕事を早く終わらすぞ。




 * * *




「終わったー」


 時計を見ると定時5分前だ。今日は残業なしで帰れそうだな。いそいそと帰り支度をしていると、蓮本さんが俺に近づいてきた。


「今日の荒川君、凄く頑張ってたね。彼女とデートの約束でもあるのかな?」


「彼女なんていませんよ! 腹減ったから早く帰ってなんか食べたいだけですよ」


「自炊してるの?」


「いえ、コンビニでなんか買って帰りますけど」


「なら、私がゴハン作りに行ってあげようか?」


「え? いえ、いいです」


「遠慮しないの。後輩の体調管理も先輩の役目の一つなんだからね」


 なんでまた今日に限ってそんなことを言ってくるんだよ? いつも食事に誘ってもいい笑顔でさらりと断るくせに。


 どうやって断ろうか思案していると、俺のスマホにメールの着信だ。蓮本さんに「ちょっとすいません」と断りを入れメールを確認する。


「レイーシャです。スマホに盗聴アプリを仕込んでおいたので状況は把握しています。蓮本さんを部屋に招いて下さい。距離を縮めるチャンスです。私は外出しておくのでご安心を」


 ナニコレ、ちょっと怖い。でもさすがは未来の最上位機種、すげぇ。ここは素直にレイーシャの指示に従うことにした。


「じゃあ、お願いします」


 俺が頭を下げると蓮本さんは「うん、分かればよろしい」と微笑んだ。




 * * *




 買い物をして俺の部屋まで二人並んで歩いている。


「荒川君、なんか変わった事でもあった?」


 ギクリとして蓮本さんの方に視線を向ける。


「なんか、今日の荒川君、いつもと雰囲気が違うから……。なんか余裕がある感じ? 男として一皮むけたっていうか……。彼女と上手くいったのかな?」


「な、ななななんかの勘違いじゃないですかねー?」


「動揺してるー。図星なの?」 


「違いますよ! さっきも言ったけど、俺に彼女なんていないですって!」


「ふーん、そうなんだー」


 部屋に来たロボットに蓮本さんと同じ姿にさせて、エッチな事をしたなんてバレたら、ドン引きされるに違いない。


 冷や汗を垂らしながら蓮本さんと話しつつ歩いていると、俺の住んでいるワンルームマンションが見えてきた。


 ドアを開けて中に入る。中は俺の部屋じゃないみたいに綺麗にかたずいていた。


「へー綺麗にしてるねー。荒川君って、意外と綺麗好きなんだね」


 あの美女型ロボットが掃除してくれたんだろうな。未来の技術ってすごい。


「さあ、ゴハン作るね」


「あ、手伝います」


 蓮本さんはジャケットを脱いで、ブラウスのボタンを一つ外した。胸元の肌の見える部分が増えるので、普段の俺なら胸元を凝視していただろう。だが今の俺は溜まった物を吐き出しているので落ち着いている。蓮本さんから視線を外した。


 二人並んで調理をしていると、俺の住んでいるワンルームマンションのキッチンは狭いので時折蓮本さんの腕や肩が触れる。


 意識しているのは俺だけだろうか。蓮本さんは手際良く食事の用意を進めていた。


 料理を作り終え、ご飯が炊けたところで、二人でテーブルに向き合って談笑しながら食事をする。思いのほか話は盛り上がるが、内心では早く帰ってくれないかな、と考えていた。早くレイーシャとあれこれしたいからな。


 見込みのない高嶺の花より、俺の自由になる美女型ロボットの方がいいと思うのは俺がヘタレだからだろうけど。


 ふと、会話が途切れ二人ともが沈黙する。すると、蓮本さんが小悪魔的な笑みを浮かべつつ言う。


「今日は泊って行こうかな?」


 ドキッとするが、蓮本さんは今までも誘うようなことを言っておいて、俺が食いついたところをバッサリ斬っているのを思い出した。 


「冗談ですよね? からかわないで下さいよ」


「やっぱり今日の荒川君、いつもと雰囲気違うね? もうこんな時間だしそろそろ帰ろうかな」


「あ、車で送って行きます」


「よろしく」


 二人で部屋を出て、駐車場に行き俺の車に乗り込む。


 20分ほど車を走らせると、蓮本さんが住んでいるマンションに着いた。


「荒川君、やっぱりなんか変わった事があるんじゃない?」


「いぃ、いえ、何も無いですよ」


「なんか困ったことがあったら、いつでも相談に乗ってあげるからね」


 そう言って俺の肩をポンと叩いた。


 その後、車から降りた蓮本さんは軽く手を振った後マンションに入って行った。




 * * *




 自宅に戻るとレイーシャが部屋に戻っていた。


「亮さんの対応は良かったと思います。性的欲求不満を解消しておいて正解でしたね。男性は下半身に血が集中していると、下心丸出しになる上に、何も見えなくなりますから」


「未来の俺に感謝だな」


「では、今後の説明をします。亮さんの世話をする為には近くにいた方がいいのですが、同居となると来客時に困りますので隣に部屋を借りました」


「借りたって、家賃はどうするんだよ?」


「現在より45年分の為替、株価、その他の金融商品の動きを全て記録しているので経済的に問題はありません。今日だけで1000万円の利益を得ました。また戸籍も上手く取得しました」


「うそ……」


「嘘ではありません。それと私は琴田朱莉ことだあかりと名乗ります。亮さんにベタ惚れの幼馴染の朱莉、という設定にします」


「幼馴染?」


「そうです。情報収集の結果、この時代では幼馴染は負けフラグという格言があると知りました」


「偏った情報源だな……」


「ともかく、憧れの蓮本さんをその気にさせる為の、恋のライバルです。今後は私の事は朱莉と親し気に呼び捨てて下さい」


「恋のライバルと言っても、蓮本さんは俺の事なんてただの後輩くらいにしか思ってないって」


「確かに今はまだ自分の事を好きな後輩としか見ていないでしょう。ですが、自分に好意を寄せているはずの人が他の異性と親しくしていると気になるものです」


「へー、そんなもんかねぇ……。ちょっと待て、俺はまだ蓮本さんに告白とかしてないぞ。なんで俺が蓮本さんの事を好きだって、蓮本さんが知っているんだよ?」


「態度でバレバレです」


「そう……なのか?」


「なんてこった、これからどんな顔して蓮本さんに接すればいいんだ?」


「今まで通りで問題ありません。蓮本さんはほぼ気にしていないので」


「それはそれでなんか傷つくな」


「これから頑張って蓮本さんにアピールすればいいんですよ。そのお手伝いをするために私がここにいます」


 



 その後、蓮本さんを攻略するにあたって必要な事を念入りに打ち合わせをした。


「さて、話もまとまったので、今日も性欲の処理をしておきましょう」


「それはぜひお願いしたいけど、もっとなんか言い方あるだろ?」


 するとレイーシャは、スイッチが切り替わったように雰囲気が変わり、上目遣いで甘えた声を出す。


「亮君、エッチしようよ♡」


「お、おう」


「朱莉って呼んでよー♡」


 可愛すぎる目の前の”女の子”に俺の理性のタガは容易に外れてしまう。


「朱莉ー!」


 俺が朱莉に飛び付くと、朱莉は俺を抱きしめて「亮君、大好きだよ♡」と言ってくれた。この美女型ロボットは男が喜ぶツボを熟知しているんだろうな……。


 なんかもう、蓮本さんとかいらないかも……。そんなことを考えながら、今夜も夢中になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る