12.回想

 状況を把握できていない美玲は、呆けて突っ立ているので手を引いてベッドに座らせた。


 朱莉は美玲の姿のままで静かに語り出したので、黙って聞くことにした。




 * * *

 



 私は亮の事が好きだった。


 私の言葉に一喜一憂し、ころころと表情を変えるのが面白く可愛く感じていた。でも、自分から好きだと言うのは違うと思っていた。


 亮が好きだと言ってきたら、付き合うのも考えてあげようと、一段高い所にいるつもりでいた。 


 あの飲み会の日、酔いつぶれた私を部屋まで送ってくれた亮を誘惑した。


 はじめは戸惑っていたけど、結局は私の誘惑に負けて亮は私を抱いた。私は酩酊状態で薄れる意識の中で亮と結ばれたことが嬉しかった。


 翌日、気が付いたら何故か病院のベッドの上だった。二日酔いで痛む頭を手で押さえながら、傍らにいた一維の説明を聞いた。


 私が気を失った後に、訪ねてきた一維が鍵の掛かっていない玄関のドアを開けて入ってきて、私が亮に襲われていると思って通報という。


 一維は私が亮に乱暴されたと勘違いをしていた。当然私は襲われたんじゃないと言ったけど、亮は酔って意識が無い私を抱いたと自供したのだと一維から聞いた。


 一維は亮を意地でも有罪にしたかったようで、あることないこと警察に吹き込んだみたいだった。私も事情聴取を受けたが、はい、いいえで答える質問ばかりだった。今思えば亮を有罪にするように誘導されたと思う。


 気が付いた時には実刑判決が下り、亮は服役することになった。5年の服役期間を終え、私が会いに行くと申し訳なさそうにただ謝るばかりで全く話にならなかった。


 最低限の生活をすることすら苦しいほど経済的に困窮していたと言ったのも嘘。実際には再就職して真面目に仕事をしており、数年後には結婚して子供もできていた。私は亮の家族の仲睦まじい様子を遠巻きに一度だけ見た。


 なんで亮の隣にいるのが私じゃないんだろうって思った。


 あの時もっとしっかり本当の事を言えば良かった、私が一言でも亮の事が好きだと言っていれば、こんなことにならなかったのではないかと心底後悔した。


 取り返しがつかない状態になって初めて、私は亮の事が大好きだったことに気が付いた。

 

 心の真ん中に穴が開いたまま、気が付いたら40年もの歳月が流れていた。


 そんなある日、過去に物体を送るタイムマシンが開発されたとのニュースを目にした。


 そのニュースに興味が湧いた私は、詳しく調べることにした。タイムマシンを開発した研究所の発表によると、実験の計測データから、正確に時刻と場所を指定して過去に物を送れたのだという。


 あの日の前に過去の自分に手紙を送ることが出来るかもしれないと考えた私は、いてもたってもいられなくなり詳しく説明を聞きにその研究所へ行った。


 対応してくれた研究者によると、生物は送れない事と、過去に物を送ることは確実に出来る事を説明された。


 でも、実際には物を送った時点で未来は分岐し、現在はなにも変わらないとの事だった。それでも今とは異なる、私と亮が共に幸せに過ごしている世界があるならそれで構わないと思った。


 その説明を聞いて自宅に帰ってから私は考えた。未来からの手紙が届いたとして、過去の私が信じるだろうか?


 もっと確実に私の想いを伝える方法は無いものかと考え、何気なくネットショップを見ていたら、高度なAⅠを搭載した人型ロボットの中古品が目に留まった。最高峰の機種で新品なら5億円はする超高級機だ。何らかのトラブルによって事故商品として300万円で売られていた。これならと思い私はそれを買った。


 届いた美女型ロボット、レイーシャは美しくはた目からは完全に一人の人間だった。


 初期設定をして起動したレイーシャに、私の想いと願いを話した。タイムマシンで過去に行き、過去の私に変にこじれてしまう前に、きちんと亮に好きだと言うように助言して欲しいと。


 それでもまだ不安があった私は、未来の私がレイーシャを送ったことを過去の私は信用するのか? と相談した。


 すると、レイーシャは過去の私の目の前で全く同じ姿に変身すれば、少なくとも未来から来たロボットだとは信用するだろうと提案したので、私はその提案に乗ることにした。


 私の身体のあらゆるデータをとって、さらに残っている自分の若かりし日の画像と動画を可能な限りレイーシャに記録させた。それによって、レイーシャは若い頃の私と全く同じ姿に変身できるようになった。


 タイムマシンを使用して過去に送る段取りも整えた。多額の費用が掛かったが、亮を手に入れられなかった悲しみを誤魔化す為に仕事に打ち込んでいたおかげで、お金だけはあったからその点は問題なかった。


 タイムマシンの順番待ちで、ひと月ほどレイーシャと共に生活した。レイーシャは私の思い出話をいつも真剣な表情で聞いてくれた。 


 レイーシャの人間味のある反応に「レイーシャは本当に人みたいだね」と言ったことがある。するとレイーシャは「私がどんなに人のように見えたとしても、演算器の中で伝達される電気信号の計算結果で動作しているにすぎません。人の行動を模しただけなのです」と答えた。


「人だって脳の神経細胞を伝達する電気信号で考え判断しているんだもの。その部分だけを見ればAIも脳も変わらないんじゃない?」と言ったら微笑んでいたのがとても印象的だった。


 タイムマシンでレイーシャを過去に送る前日、レイーシャと一緒に街を歩いていた。


 そこへ突然、暴走車が歩道に突っ込んできて巻き込まれてしまった。


 体中が痛くて、どこから出ているか分からないけど大量に出血していた。ああ、私の人生もここまでか……。そうだ、どうせ死ぬなら試したいことがあったんだ。


 傍らで救命行動をしているレイーシャにお願いをした。


「レイーシャ、あなたの機能で私の脳をスキャンして。頭の中の全ての神経細胞を一つ残らず。そして、あなたのナノマシンで再現して……」


 レイーシャの「承知しました」という声が薄れゆく意識の中で聞こえた。これで後悔するだけの日々も、もう終わりね……。



 ところが――。



 私は目が覚めた。あの怪我はどう見ても致命傷だった。でも生きてる……?、


 パチパチとまばたきしながら両手を見ると、白く滑らかな肌。視界もクリアで良く見える。苦痛は全くない、それどころかとてもいい気分だ。


「美玲さん、目が覚めましたか?」


 レイーシャの声が頭の中で聞こえる。


「美玲さんの脳を私のナノマシンで完璧に再現し、私のコアユニットに統合しました」


 まさか本当にこんなことが……。周りを見ると私の部屋に戻って来ていた。立ち上がって姿見の前に行き、自分の姿を確認すると、美しいレイーシャの姿が映っている。


「美玲さんの姿になることもできます」


 レイーシャが頭の中でそう言うと、若い頃の私の姿になった。私は嬉しさのあまり気が狂いそうだった。


「身体の操作を私と交代することもできます。試しますか?」


「ええ、お願い」


 パッと視界が変わって私はフカフカな椅子に座っている。目の前のモニターには先程まで見ていた光景が映っている。レイーシャが身体を動かしているときはこのVR空間で待機か。


 レイーシャと会話もできるし、交代してと言えばすぐに代わってくれた。


 この奇跡のような出来事に、私は過去の私に会いに行くのではなく、過去の亮に会いに行くように計画を変更した。理由は単純、この姿で亮を抱き締めたかったから。過去に行ったらどうするかレイーシャと綿密に打ち合わせをした。


 そして翌日、研究所まで行ってタイムマシンの装置に入り転送が開始されると、あっさりと成功してしまった。


 目の前には驚きのあまりポカンとして棒立ちになっている亮がいた。事前にレイーシャに身体を操作してもらっていて良かった。でなければ亮を見た瞬間に泣き崩れていたはずだから。


 レイーシャはいくつかのやり取りを亮とした後、頃合いを見て私に変身し、身体の操作を代わってくれた。亮は私を夢中になって抱いてくれた。この身体は都合のいいことに痛みは全く感じないくせに、肌の触れる感触や匂い、それに快感までも生身と変わらず感じることが出来る。何十年ぶりの亮の体温は、……最高だった。




 そのあとは……、亮も知っての通りだよね。亮とこの時間軸の蓮本美玲が仲良くなるように手伝ったんだ。

 

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