第八話

 小屋に到着した明善は緊張した面持ちで、小屋の取手に手をかける。扉が少し揺れ、金属が軋む音が鳴った。

「おい! 誰かいるのか? いるなら出てきなさい!」

 扉越しに威圧感の込めた声で呼びかけるが、返答はなし。

 大人しく従う気はないのか?

 明善は警戒しながらゆっくりと扉を開け、小屋の中を確認。古屋の中央には一人の人間が倒れていた。ゆったりとしたローブのような服を着ており、顔は唾の長い帽子で隠れている。その不審者は明善が小屋に入ってきたにも関わらず、ピクリとも動かない。

「おい! おい、大丈夫か!」

 明善が不審者の肩を掴み強く揺さぶる。何度が揺さぶると「……うーん……」と唸り声を上げた。

 よかった。生きてる。

 一瞬、死んでいるのかと焦ったが、どうやら単に寝ていただけらしい。その不審者は顔の上にあった帽子を邪魔そうに手でどかし、半身を起こす。性別は男で、年齢はかなり若く見える。アジア系に近い顔立ちであるが、鼻は高く眼と髪の色は共に銀色。明らかにこの世界とは異なる容姿だ。男は童顔の眼の端に溜まった涙を拭き、大きく欠伸。まだ寝ぼけているようで、ぼーっと明善の顔を凝視していた。

 よくも呑気に寝れたものだなと半ば呆れつつも、明善は事情聴取を開始。

「君、君、ここで何をしているの?」

「えっと、誰れすか?」

 呂律の回らない男に明善は警察手帳を提示。

「俺はこの世界の警察」

「けいさつ?」

「不法行為を取り締まる職業だよ」

「不法行為? 治安維持隊のことですか?」

「あー、そう。君の世界でいう、その治安維持隊みたいなもん」

 男は眠気が吹っ飛んだようで、顔を青ざめた。起きたら、治安維持を担う人間が目の前にいたのだ。無理もないだろう。

「そ、そのような人が僕に何のようですか?」

「不審者、君がここにいるってね、この小屋の持ち主から相談があったんだよ。勝手に入っちゃダメだよ」

「え、ダメなんですか? 僕の世界では一部の建物以外は自然や田畑には自由に……」

「君の世界ではそうかもしれないけど、こっちの世界は違う。他人が所有している田畑に勝手に入るのは、軽犯罪法違反」

「えー」

「とにかく、外に出て」

 明善は半ば強引に男の腕を掴み引っ張り出した。男が逃亡する恐れもあるので、腕は掴んだまま。

「とりあえず、君のことを教えて。君、異世界から来たの? ヴェスタっていう世界?」

「はい。そうです」

「名前は? 君の名前」

「エリト・マ・ユグオン、です」

「通行書は?」

「え?」

「世界間通行許可書!」

 世界間通行許可書とは読んで字の如く、世界間を行き来するための許可書だ。異世界に行く場合、まずは自分の世界の行政機関に申請し、申請が異締連に届く。異締連が申請した人物について確認し、問題ない場合にはそこから更に行き先の世界に申請が行く。その世界も許可を出して、初めて世界間の渡航ができるのだ。

 エリトと名乗る男はバツが悪そうに俯きながら、ボソボソと喋る。

「えっと、持ってないです」

「持ってないの? じゃあ、現時刻十四時十二分、異世界不法渡航で現行犯逮捕ね」

 明善は手錠を取り出し、エリトの手にかけた。エリトは自分の腕で銀色に光る手錠を見て、目を丸くする。

「え? 手錠? そこまでするのですか? 僕の世界では傷害などの凶悪犯罪のみ……」

「こっちの世界ではこうするの。まずは車に乗って」

 エリトを覆面パトカーに乗せた後、事の成り行きを見守っていた大家の奥さんと畑の持ち主である女性に説明。

「不審者は捕まえました。小屋についてなんですけど、誰にも入れず今の状態を保存していただけますか? 後で中に鑑識を入れるかもしれないので」

「わ、わかりました」

「お願いしますね。ご迷惑をかけて申し訳ないです」

 頼み事を終えた明善は車に戻り、聴取を再開。

「それでエリト君だっけ、なんでこの世界に来たの? 目的は?」

「目的ですか? それは……」

 気恥ずかしそうに顔を赤らめ、エリトは口籠る。

「言わなきゃダメですか?」

「当たり前だよ」

「えー、でもなあ。なんていうか……その……」

「……わかった。俺が代わりに言うよ。このアパート、建物に君の意中の相手がいるんでしょ? 彼女が目的でしょ?」

「え、なんで知っているんですか?」

「その女性から毎日プレゼントが送られてくるって、警察に相談があったの」

「贈り物はちゃんと届いていたんですね。良かったぁ。何の反応もないからどうしたのかなって、心配になってました。それでどうでした? なんて言ってました?」

 エリトはワクワクしながら、巻田の反応について聞いてきた。期待するように眼を輝かせる彼に、明善はまたもや呆れる。

「……あのね、相談って言ったでしょ。困ってたんだよ、彼女。誰かもわからない人間から、毎日手紙とプレゼントが来るって」

「え? 困ってた?」

「そう。君は自分の世界の風習に従ったかもしれない。だけど、こっちの世界ではダメなの。君の行為はストーカー行為って言って、女性から嫌がられるの」

「そ、そうなんですか?」

「残念ながら」

「そ、そんなー」

 肩を落とし目に涙を溜めるエリト。明善は「まあまあ」と肩を慰めるように軽く叩いた。

「気落ちしているとこ、悪いけどさ。こっちの質問はまだいくつかあるんだよ。答えてくれる? そうだな、まずは君がこの世界に来た経緯を」

「経緯ですか?」

「そ。最初から」

「……わかりました」

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