プロローグ
異世界への旅立ち
丁度、日付が変わったと同時に俺、小林拓也は目を開ける。カモフラージュとして着ていたパジャマから黒のTシャツとジーンズ、お気に入りのパーカーに着替え、部屋の隅に置いてたボストンバッグを肩にかける。このバッグには数日分の着替えやスマホ用のソーラー充電器、手押し発電機、携帯食料、各種サバイバル用品が詰め込まれている。あの人は向こうの世界でもこちらの物が流通していると言っていたが、念の為持っていった方が良いだろう。
俺は音を立てないよう、気をつけながら部屋を出る。家の中は真っ暗。壁に手を添えながら、ゆっくりと階段を一段一段降りる。一階に降りると、リビングのテーブルにあらかじめ用意していた手紙を置いた。流石に突然いなくなるのは、家族に心配をかける。だから、俺がこれからどこに向かうか、旅立つのか一応知らせておく。まあ、頭の固い父さんの事だから、大激怒するだろうけど。母さんはどうだろう? 結構大らかな人だから応援してくれるかもしれない。
玄関から出た後、俺は家に向き合った。木造の二階建ての家で、決して豪邸とは言えない。だが、十七年間家族と過ごした大事な家だ。俺はこの家を今日去っていく。感傷に浸り目の端に涙が貯まるが、慌てて拭った。
「決めたんだろ、俺。向こうで大活躍するって」
僅かに残った未練を断ち切るように、自分の頬を強く叩く。そして、生まれ育った我が家に一礼。ゆっくり顔を上げ、目的地へと向かった。
目的地は自宅から徒歩で三十分ほどで着いた。
「ここだな」
目の前にあるのは、廃校となった小学校。数年前に少子化の煽りを受け、町の中心にあったもう一つの小学校と統廃合したのだ。
さて、どこから入ろうか。校門は閉まっているだろうし。
「拓也くん、拓也くん」
「あ、ノイさん」
校門の向こう側から手招きをする人影。俺が校門に近づくと、ノイさんは校門の鉄門を開けてくれた。
「やあ、拓也くん。来てくれたんだね。良かった」
ノイさんは人の良さそうな笑みを浮かべる。肩まで届く金髪、高い鼻、切長の眼と男の俺から見てもかなりのイケメンだ。
「今夜は良い夜だ。こっちの白銀の月はいつ見ても美しい。しかも満月。まさに旅立つには相応しい日だね」
ノイさんは満月を見上げ髪をかき上げる。月光を反射する金髪の間から、細長く尖った耳が姿を現した。明らかに人間とは異なる耳。それもそのはずだ。彼は人間ではないのだから。
「あのー、ノイさん」
「ん、何だい?」
「その服、何だけど……」
「ああ、これかい?」
ノイさんはデカデカと達筆で、変質者と書かれた白いTシャツを誇らしげに見せる。
「良いでしょ。あちらの服だと目立つからと、今日、こっちの服屋にいったんだ。そしたら、この服装を見つけてね。文字は読めないが、この文字の勢い、きっと何か素晴らしい意味が込められているに違いない」
「あー、なるほど」
「どうだい、素敵だろ?」
「ええ、まあ。ただ……」
「ただ? なんだい?」
「その服はね、こっちの世界でも結構目立つよ」
「え! 本当に!」
「だから、別の服の方が良いよ。無地の地味なやつ」
「なるほど、参考になったよ。僕はこっちのファッションに疎くてね。でも、そっか。この服、僕は格好良いと思うんだけどな。動きやすいし」
「家で着ればいいよ。寝巻きとか」
「うん、そうしよう」
ノイさんはとても気に入っているようだし、文字の意味までは教えないでおこう。世の中、知らないことの方が幸せってこともある。
「で、ノイさん、俺はこれからどうすれば良いの?」
「ああ、そうだね、ごめんごめん」
ノイさんは誤魔化すように頭を掻く。
「向こうにあるドーム状の建物、あそこの中で待っててくれるかな」
ノイさんが指差したのは体育館。
「あと数名来る予定でね。もう少しだけ待っていてくれ。拓也君以外の人もあそこでいるから。喧嘩とかしないようにね」
「俺、そんな喧嘩早くないよ」
「ははは、そうだね。失礼。ああ、あと一つ聞いて良いかな?」
「何?」
ノエさんは笑みを消し、真顔になる。
「……誰にも見られていないかい?」
「大丈夫。誰にもバレちゃいないよ。警察にもね」
ノエさんは胸を撫で下ろし、再び笑みを浮かべる。
「なら良かった」
「じゃ、俺は中で待つから」
体育館に入ると(土足のまま)、数個のランタンで館内は照らされており、中は薄暗かった。眼を凝らして暗闇を見ると、ノイさんの言う通り先客が二十人程いた。年齢層は比較的若い。俺と同じ十代の子供もいれば、二十代と思われる大人もいる。
歩き疲れたし、座って待つか。
俺はみんなから少し離れた壁際に座った。ここに来る途中で買ったお茶のペットボトルを開け、喉に流し込んだ。
「ねえ、ねえ。小林君だよね?」
一人の少女が声をかけてくる。
「あれ、緒方さん?」
月光に照らされた女の子の顔には見覚えがあった。彼女の名前は緒方真由美。俺の高校のクラスメイトだ。美人で性格も良いことから、かなりモテモテの女の子だ。
「緒方さんも?」
「うん」
緒方さんは俺の横に座った。髪から石鹸の匂いがし、思わずドギマギしてしまった。
彼女はそんな俺の気も知らず、人懐っこい笑みを浮かべ、顔を近づける。
「いやー、知っている人がいて良かったよ。自分で向こうに行くって決心しても、やっぱり不安でさ」
「お、俺もだよ。緒方さんがいてくれて、少し安心したよ」
「ホントに? えへへ。嬉しい」
ああ、本当に可愛いな、ちくしょ! どうりでモテるわけだ。
「はい、皆さん、注目してください」
俺が緒方さんにデレデレしてると、ノイさんが手を叩き、俺たちに呼びかける。
「皆様、本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。呼びかけに答えてくださったこと、私ノイエンを始め一同改めてお礼を申し上げます」
ノイさんと彼の仲間であるローブを被った人達が俺達に頭を下げる。
「では、最後にもう一度、皆様に説明しますね。我々はこの世界とは違う世界、異世界ノーブスから来ました。我々の世界は五年ほど前に魔王と戦い、辛くも勝利しました。ですが、人口は大幅に減り、町や農地は荒れ果てたままです。また、魔王の残党の襲撃があります。我々の世界は未だ滅亡の危機に瀕しているのです。そこで我々は考えました。異世界の住人に助けを求めようと。異世界から来た人間は魔法の力を授かります。ノーブスで生まれた人間ならば、魔法は誰でも使えます。ですが、異世界人はその比ではありません。皆様はきっと素晴らしい力を手に入れるでしょう。その力で我々を助けてほしいのです」
そう、俺は、俺達はこれから異世界に行くのだ。
二ヶ月ほど前、ネットサーフィンをしていた俺はとある掲示板を見つけた。その掲示板では異世界の救世主を募集していた。最初俺は信じちゃいなかった。単なる暇つぶしとして、おふざけ半分で質問などをしていた。そして、少しして掲示板の主人から直接会って話をしたいと言われたのだ。俺は思春期特有の怖いもの見たさで承諾。待ち合わせのカラオケ屋であったのがノイさんだった。彼から魔法を見せてもらって、それで彼が異世界から来たと確証した。
ノイさんは自分達の世界に来て、世界を救ってほしいと言った。望むものは可能な限りあげるし、高待遇で迎えると。
俺はその提案に心を揺さぶられた。母親や学校からは毎日勉強しろと言われうんざりしていたし、平凡な俺の将来は高が知れている。
少し悩み、俺は異世界に行くことを決めた。異世界で救世主として活躍することを。
「では皆様、覚悟は宜しいですね? これからここにゲートを開きます」
ノイさんは最終確認をとった後、床に描かれた魔法陣に手を翳し、何か呪文のようなものを唱える。おそらくあちらの世界の言葉で、俺には全く聞き取れなかった。
ノイさんが呪文を唱え終わると、魔法陣から長方形の光の壁のようなものが現れる。
「皆さん、ゲートは無事開きました。共に向こうの世界に行きましょう」
ノイさんの言葉に皆が歓声を上げて応える。隣の緒方さんも恥ずかしながら、片手を上げ声を上げていた。
「あ、あの小林君」
「ん? 何?」
「あのゲート、くぐるの怖いから。手を繋いでもらっていい?」
「え!? 手を!?」
「うん、ダメかな?」
不安そうに見つめてくる緒方さん。俺は首を強く振り全力否定。
「ダメじゃないよ。俺でよければ!」
「ふふ、ありがとう」
俺はぎこちなく緒方さんの手を握る。フニフニとした柔らかい手だった。女の子特有の柔らかい感触に、俺は思わず顔を赤らめる。緒方さんの表情は俯いて髪で見えないが、耳が燃えんばかりに真っ赤になっていた。
「じゃ、じゃあ、緒方さん、いこっか」
「うん」
俺は緒方さんと一緒にゲートに向かう。
さあ、ここからだ。俺の新しい冒険に満ちた人生が始まるんだ。
これからの素晴らしい異世界ライフに胸を震わせていると、突如体育館の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは防具に身を固めた警官達。体育館の中が、彼らのサーチライトに照らせる。
「全員、動くな! その場に留まれ!」
鋭い怒号に俺は身をすくませた。繋いでいる手から緒方さんの恐怖が震えとして伝わってくる。
他の人も同じだ。戸惑いと恐怖ばかりだ。
ただ、ノエさんと彼の仲間はどこか諦めたような表情。
警官達の中から一人、歩み出る。
年齢は二十代半ばから後半。太めの眉と意志の強そうさ切長の目。精悍な顔立ちをした男性だ。黒い無地のポロシャツにくたびれたジーンズと、場違いなラフな格好。彼は胸ポケットから警察手帳を取り出して、俺達に見せた。
「異世界犯罪対策課です。皆さんを異世界不法渡航未遂罪で逮捕します」
その言葉を聞いた緒方さんは泣きながら膝から崩れ落ちた。俺も手を繋いだまま、思わず尻餅をついた。
俺達の異世界冒険ライフは、異世界の地を踏むことなく終わってしまった。
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