魔女の隠れ家

青蓮

世界は残酷だと、誰かが言った

私の半生

三十年しか生きていないが、波瀾万丈はらんばんじょうの半生だったと思う。


幼稚園に入った頃、私は同い年の子や歳が近い子との接し方が分からなかった。

幼い時から大人に囲まれていたせいで、子供らしくない子供だったのだ。

人は排他的な生き物である。

合わない、違う、変わっていると思えば受け入れにくい。

私もそうだ。

子供は良くも悪くも素直なので、容赦がない。

私はすぐに孤立し、次いでイジメじみた遊びに巻き込まれた。

父は私に、いや、趣味と仕事以外に関心がなく、私を護ってくれたのは母と母方の伯母だけだった。

私が両親の不仲に気付いたのも、父を父と思わなくなったのも、この頃だ。


小学、本格的なイジメが始まった。

私は六年生の知的障害者に目を付けられ、右手に怪我を負わされた。

軽傷だったが、痛かったし、怖かったし、何より障害者がした事だから仕方ないと言わんばかりの周りの態度がショックだった。

私は自分のからに閉じこもるようになり、そのまま進学した。

卒業式の日、背中に羽が生えたような気分で校門を通った事を今でも覚えている。


中学、私は数人の不良に目を付けられ、度々酷いイジメを受けた。

私物を壊され、暴言と暴力におびえる日々の中、私は人間不信になり、あっと言う間に不登校まで転げ落ち、とうとう成績も人間関係もガタガタのまま進学した。


それでも短大まで卒業し、だからこそ今がある。

普通の成績を得たのも、普通の人間関係を築いたのも、普通の学校生活を送ったのも、高校に入ってからだ。


私は紆余曲折の末に就職、辞職、認知症の伯母と脳出血の後遺症で半身不随になった母の在宅介護を経験したが、何より悩んだのは父の虐待だった。

父は頑固、短気、身勝手、暴力的、気分屋という言葉が服を着たような人で、母も伯母も私も距離を置いていた。

母が脳出血を起こしてから更に不安定になり、いつの間にか伯母に手を上げるようになった。

当時は曖昧あいまいだったが、伯母は重度の認知症であり、三~四十分前の事も忘れてしまう。

父にとっては理想のサンドバッグだっただろう。


私が一人で見舞った日、母は悲しそうな顔で姉ちゃんを施設に入れぇと呟いた。

幸い近くの有料老人ホームに滑り込めたが、そこが劣悪だったせいか、不意討ちのように入れたせいか、伯母は半年もしない内に入院せざるを得なくなり、これが母と父の間に如何いかんともし難い亀裂を入れた。

消えていく記憶と闘い続けた伯母、苦労ばかりの人生だとも可哀想な人だとも思うが、それを決めるのは私ではないので黙っている。


私は父が許せなかったし、これからも許すつもりはないが、父以上に自分が許せない。

父の顔色を伺ってばかりだったのも見ざる、聞かざる、言わざるを通したのも私だ。

私の実家は古い信者寺で、檀家だんかはいないが、町内では有名である。

こんな事がおおやけになったら、何を言われるか分からない。

祖父先代住職伯母当代住職と母が千辛万苦を重ねて築いた物を壊したくなかった。

その結果がこれでは泣くに泣けない。

私の決断は誰も幸せにしなかった。


私が父と縁を切る準備を始めた頃、母は呆気なく逝った。

三度目の脳出血、その後遺症と肺炎に苦しんだ末の死だった。

骨と皮だけになった体を丸め、目をカッと開き、助けを求めるように大きく口を開けた姿が今も忘れられない。

看護師によると、発見した時には心臓が止まっていたらしい。

最期の時、独りぼっちの母は何を考え、何を見たのか?

答えのない問いは私の心の中に影を落とした。


家族葬を行い、遺骨を母の実家の墓に入れ、私は生まれて初めて過労で倒れた。

疲れていた。

安堵、悲哀、虚無………、何とも言えない感情を抱えた年、私は思わぬ大金を手にした。

宝くじに当選したのだ。


約一年後、私は父と縁を切り、当選金をドカッと注ぎ込んだ新居に引っ越す。

一階の一部はカフェになっており、客の好みや体調に合わせて調合したハーブティーと手作りのスイーツや軽食を提供する。

近くにライバルがいないせいか、母の介護をしながら取った資格が活きたのか、看板猫の集客力か、そこそこ繁盛してくれた。

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