団長就任式の思い出 (後編)

 記録映像は、魔法師団のパフォーマンス、フェリクス団長のバッジ授与の場面と続いて、フェリクスの独唱の場面を映し出した。


「あははは、あんなに練習したのに、結局、君は軍歌を歌えなかったんだよなあ」


 ミランはけらけらと笑いだした。

 そう、就任式のとき、結局「軍歌・エルドゥ王国と共に」は歌えなかった。パフォーマンスに使っていた魔物が、突如暴れ出し、それをおさめなければならなくなったからだ。

 フェリシア……フェリクス・ブライトナーは、その魔物に捕らえられ、絶体絶命に陥ってしまった。

 魔法スクリーンに、魔物の糸にぐるぐる巻きにされ、空中で翻弄されるフェリクス・ブライトナーが映し出される。


「あちゃー、フェリシアが捕まったの、完全にユリアン兄貴のせいじゃないか。兄貴が捕まればよかったのに」


 このとき離席していて、詳しい様子を知らないミランは、興味津々だ。


「王族席にいるはずのユリアン殿下が魔物の前に突然現れるから、驚きましたよ。よかった、観客の声に紛れて私とユリアン殿下の会話は聞こえないですね」


 フェリシアとユリアンは貴族学校の元同級なので、あのときはついうっかり砕けた口調になってしまった。

 ――蝶型魔物がホール内を旋回し、リステアードや魔法師団の団員が手を出せず困っている様子が映った。

 攻撃魔法を放とうにも、なかなか狙いが定まらない。

 リステアードが団員たちに向かって、何か言っている。

 大げさな身振り手振りで団員たちを説得している様子だ。

 団員たちはこのとき、浮遊魔法を使って、みんなでフェリクス団長を助けに行こうとしたらしい。就任式後、団長室でフェリシアは団員たちにそう聞かされた。

 しかし、リステアードが「フェリクス団長を信じるんだ。彼なら、新・魔法師団団長として、自ら切り抜けるはずだ」とか何とか言って、制止したという。

 その話を聞いたとき、フェリシアはあのキザ王太子をぶん殴りたいと思った。

 こっちは死にかけていたというのに、あの王太子、パフォーマンスの成功を優先しやがった。


 ――あのときは、本当にもうダメだと思った。

 蝶型魔物に捕らえられてしまっただけでなく、魔力まで吸い取られて、反撃を封じられた。

 抵抗したけれど、無駄だった。

 自分の力ではどうにもならないと思って、無意識に、助けを心の中で呼んだ。


 たすけて。ミラン殿下。


 呼んだのは、ミランの名前――


 そして、呼んだら本当にミランが助けに来たのだ。


「ふふっ。あのとき、絶体絶命のさなか、さっそうと登場した僕に、君はとても感激しただろうね?」


 ミランが気取って言った。


「さっそう? 私の記憶ではミラン殿下は後先考えず魔物に飛びかかって、そのまま落下してましたが」


 ミランが意地の悪い言い方をするので、フェリシアは反撃した。

 それでもミランは怯まない。


「それは結果だ。僕が登場したとき、君は僕をヒーローだと思ったはずだ」


「ずいぶん自信があるんですね」


「危険を顧みず、魔物に臆することなく剣を振りかざし飛び込む王子……。絵になるじゃないか」


 ミランは在りし日の自分に酔い、饒舌だ。やっぱり、酔っぱらっているな、とフェリシアは思った。


 魔法スクリーンは、魔物から逃れ、抱き合う形で、地面に落下するフェリクスとミランを映し出していた。完璧なアングルだ。どこから撮っていたんだろう。

 そのあと、フェリクスがなけなしの魔力をかき集めて、攻撃魔法を魔物に放ち、倒れる。それをミランが受け止める姿が映し出されていた。ここからは、フェリシアの記憶にない部分だ。


「あれ? ミラン殿下、私の顔何度も叩いてますね」


 ミランは気を失ったフェリクスに対し、何かを叫びながら顔を雑にぺしぺし叩いていた。


「いや、君が気絶したから、しっかりしろ、という意味で活を入れたんだ。君は起きなかったけど。仕方ないだろう? あのときはまだ君を男だと思っていたんだから。多少、扱いが雑になるのはしょうがない」


「まあそれはそうですね」


 フェリシアは微笑した。ほんの一年ちょっと前の出来事……。本当、色々あったなあ。


 そんなふうに思っていると、突然視界がぐるんとまわった。気がつくと、フェリシアはミランにベッドに押し倒されていた。すぐに唇を塞がれる。酒の味がした。


「もう、雑になんか、扱わないけどね」


 射貫くようなミランの視線にフェリシアはドキリとした。いつもは可愛い系第三王子のくせに。

 可愛い顔を封印したミランが再びフェリシアにキスをしようと、フェリシアに覆いかぶさった姿勢て、顔を近づけた。

 だが、ミランの顔はフェリシアの顔を逸れ、フェリシアの胸の中に沈んだ。


「ミラン殿下……?」


「うう……気持ち悪い……」


「殿下、お酒飲みすぎですよ。あんまり飲めないのに」


「ごめん」


「いいですよ。飲ませてしまった私も悪かったから」


 フェリシアはミランの背を撫でながらゆっくり起き上がると、ベッドにミランを寝かせたまま、水を用意した。


「今日は私の部屋に泊って行って下さい。そんなふらふらじゃ、自分の部屋に戻れないでしょう」


「でも君のベッドを取っちゃうよ」


「一緒に寝るから大丈夫」


 フェリシアは魔法スクリーンを消し、団長室の酒やお菓子を手早く片付けると、ミランの隣にそっと横になった。

 ミランは寝息を立てて、すでに眠っていた。


「おやすみなさい、ミラン殿下」


 フェリシアはミランにそっとキスをすると、自らも目を閉じた。


 就任式の、夢を見た。

 魔物に捕らえられ、絶体絶命のフェリクス。

 さっそうとあらわれるミラン。


 嬉しかったよ。たとえ、そのときは私のことを男だと思っていたとしても。私のために、魔物に立ち向かってくれて。

 私のヒーローだったよ。ミラン殿下。

 あのとき、とっくに私は貴方のことを好きになってた。


 フェリシアは、愛しい恋人を優しく抱きしめながら、眠りについた。




 団長就任式の思い出    終わり。

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