好きになるなんてありえない~男装魔法師団団長と年下第三王子の惚れ薬作り~

ふさふさしっぽ

本編

第1話 団長室に突然王子がやって来た

 まあまあの大きさの国、エルドゥ王国。

 国と、国民のことを考えるよき王政のもと、平和が続いていた。

 国の中心には王族や貴族が住まう、王宮がある。

 その王宮の一角に設けられている「魔法師団団長室」で、綺麗な顔立ちをした青年が一人、朝の身支度を整えていた。


 魔力が特別高い、選ばれし者たちで構成され、いざとなれば国のために命をかけて戦う王直属の部隊「魔法師団」。

 王宮の花形職であり、国民たちからの人気も高い。誰もがうらやむ立場であるはずの青年団長。

 が……、

 今年から魔法師団の団長となったの心は複雑だった。腰まである長い金髪を一つに束ね終えると、大きなため息をつく。


「今日も何もやることがない……」


 先述したとおり、この国は平和だった。

 身分制度はあるものの、奴隷制はなく、国民の暮らしはおおむね安定している。何か事件があっても、魔法師団がわざわざ出て行くようなものではなかった。

 国だけでなく、世界的にも平和なので、他国との戦争もない。

 よって、魔法師団の出番はない。

 ……いや、平和はいいことだ、と彼は思い直す。平和は大事だ。

 それに、やることがまったくないわけではない。

 朝はいつか来る(永遠に来ないような気もするが)戦いに備えて魔法の訓練、昼は貴族婦人たちのランチのお相手、午後は王宮が発行する女性向け月刊誌に載せるための写真撮影とインタビュー。

 ……国を守る戦士としての活動より、国の女性たちを喜ばせる、アイドル的な活動の方が多かった。


 私が想像してた職場と色々違った。

 今年から団長になったけれど、多分これからもこんな感じで行くんだろう。


 そんなふうに思って、彼は本日二度目のため息をつくのだった。

 そして思い直した。

 ため息ついたところで何かが変わるわけではない。平和はいいことだし、これでお給料が貰えるなら、それでいいではないか。

 私は私の求められることをただ、やればいいのだ。うん、そういうもんだよ、人生って。そうだそうだ。

 基本的に合理主義者である彼は、まだ二十歳だというのに、人生を悟り、気持ちを切り替えた。


 人生悟ったところで、そろそろ朝の訓練に行くか、と彼が部屋のドアを振り返ったとき、突如、ドアがこちら側にばあんと、開いた。

 ノックもせずに失礼な、と思ったが、彼はドアを開けた人物を見て、反射的に背筋を伸ばした。


「ミ、ミラン王子殿下!?」


 ドアを無作法に開けたのはこの国の第三王子、ミランだった。

 なんで団長室こんなところにミラン王子が?

 疑問に思うも、やや小柄で歳より幼く見える顔つきや、少し癖のあるライトブラウンの髪は、ミラン王子そのものだった。

 先月十八歳になったばかりの第三王子は、王城で盛大に成人の儀を行い、婚約者を正式に発表した……はずだ、と彼は最近の記憶をたどる。

 当のミランは、素早い動きでドアを閉めると、迷いなき動きで、つかつかと室内に入ってきた。そして、


「君だけか」


 と彼に向かって、一言問うた。

 間近で聞くミランの声は、見た目と同様、少し子供っぽかった。


「えっ?」


 思わず聞き返す。


「ここに今いるのは、君だけか? それなら、今すぐこの部屋に鍵を掛けろ」


「はい。私だけですが、一体どうしたんですか、殿下」


「重大な話があるんだ、とにかく部屋に鍵を掛けろ!」


「は、はい」


 年下とはいえ、王族であるミランの緊迫した雰囲気に逆らえず、彼は急いで部屋に鍵を掛けた。


「ノックもせずに、いきなり押しかけてすまなかった。君が、今年から魔法師団団長になったフェリクス殿だな。突然だが、君に折り入って頼みがある」


 まだ少年の面影を残したミランは芝居がかった口調と動作で、懐から何かを出そうとした。部下の前で、なんとか一人前の王族ぶろうとしているその姿に彼は失笑しかけたが「重大な話」の手前、なんとかこらえた。


「いかにも、私が今年から魔法師団団長を務めさせていただいている、フェリクス・ブライトナーです。私などの顔を殿下がご存じとは、光栄です」


 フェリクスは一部の隙もない引き締めた顔で、自己紹介した。

 本当は微笑んだ方がいいのかもしれないが、フェリクスはそういうのがどうも苦手だった。


「ああ。君は王宮が発行する月刊誌で『新・魔法師団団長』として大きく取り上げられていたからな。本当に、写真どおりの美男子で、女性のように綺麗だ」


 ミランのその言葉を、フェリクスは「はは……」と曖昧な乾いた笑いでさっと流す。

 そんな彼の目の前で、ミランはもたもたしながらやっと「何か」を取り出した。

 それは、古い書物だった。

 本自体はさほど分厚くないが、表紙にはかすれた文字で、こう書かれていた。


「惚れ薬の作り方?」


 フェリクスが思わず声に出すと、ミランは本をずいっとフェリクスに差し出し、こう言った。


「フェリクス殿、君に、これを作ってもらいたい!」


 フェリクスは思いもよらない王子の「頼み」に、一時茫然とした。だがすぐに我に返り、


「私にこの本に書いてある惚れ薬を作れ、ということですか? 惚れ薬を?」


 古びた本を受け取りながら、相対するミランに問うた。


「ちょ、ちょっとフェリクス殿! 声が大きいって! もっと部屋の奥に行こう。外に聞こえたら大変だ」


 ミランは大股でフェリクスに近づくと、問答無用でフェリクスを奥の壁に追い詰めた。「壁ドン」みたいな体勢になっているが、明らかにミランの方が小柄でフェリクスを見上げる形になっており、あまり様になっていない。

 声が大きいのはどっちだ、と思いながら、フェリクスは心の中で本日三回目のため息をついた。まさか、これが重大な話? 朝っぱらから嫌な予感でいっぱいだった。


 ミランは何かを決心したような顔つきで、こう言った。

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