九日目:「団扇」『ペーパーファンは終わりを告げる』

「わーいうちわだうちわだ」

 俺は部屋でぴょんぴょんと跳ね回る。

 買い出しで駅の近くを通ったらうちわをもらったのだ。

 『圧倒的価格980円!』と書いてある。

 何が980円なのかはわからない。商品名が書いてないからだ。

「うちわだうちわ」

 うちわを手に持って、ばたばたとあおぐ。生ぬるい部屋の空気がかき混ぜられる。

 いい加減空調をつけるか。

 そう思い、うちわを持ったままリモコンのボタンを押した。

 生ぬるい風が吹き出し始める。

 暑い。

 最近猛暑日が続いており、今日もとんでもなく暑い。

 温暖化が進行してしまったのだろうか。この国は亜熱帯になろうとしている。

『圧倒的価格980円。それを払えば安心が手に入る』

 ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 安心とは何だろう。980円は何に使われるのだろう。

 ……そんなことを気にしてはいけない。妄想について思考を巡らせても不幸なことになるだけだ。

 しかし、980円で安心が買えるなんて随分安い。買い切りではなくサブスクなのだろうとは思うが。

 980円。

 俺は財布を覗く。

 1000円札が一枚入っている。

 なるほど、お釣りが必要だ。

 しかしこれはただの妄想である。ここで1000円払ったとして、安心が手に入るわけがない。

 安心とは何だろうか。

 俺は何を不安に思っているのだろうか。

 不安。

 それは俺の全てだ。

 何もかもが不安で仕方がない。

 減っていく預金も、悪くなる病気も、全てが不安だ。

 だからこんな妄想をしてしまう。

 安心が980円で買えるなどという妄想を。

 俺は1000円札をうちわの上に置いた。

「安心をください」

 1000円札は消え失せる。

 次の瞬間、うちわには10円玉が二枚載っていた。

 なるほど。

 俺は20円を財布にしまう。

 さっきまではしゃいでいたせいか、眠くなってきた。

 少し寝るか。

 そう思って、布団に潜り込む。

 おやすみ、おやすみ。

 

 目覚めると、世界が滅んでいた。

 なるほど。

 俺はそう思って、再び目を閉じた。

 

 その後俺が目覚めたのかどうかは世界が滅んでしまった後の話なので、わからない。

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