第10話 城塞都市オールシー 2

 1日目


 二人は訓練と意気込んでいたが、生憎雨が降ってそれどころでは無くなった。かと言って、この時代雨具などは珍しく、大抵の人は濡れ鼠になるしか無かった。PVC製の雨合羽も目立たない色合いの物を作っていたが、街中で使うと雨を弾くので明らかに目立ってしまう。仕方が無いので、宿に籠りながら出来る事を各々考える事にした。


 突如俊充が、


「良い事思いついた。宏、手を付けたウイスキーのシラス12年かキョウ21年を1ショットくれないかな?」


「何?貴重なウイスキーで午前中から酒盛りか!?」


「違うよ。スキルでウイスキーの複製が出来るか試してみたいんだ。」


「そんな事出来るのか?」


「スキルの分析、合成を使えば可能だと思う。このまま無暗に減らしてしまうよりも1ショット使ってでも試す価値はあるよ。宏も協力してくれる?」


「ああ。俺は何をすればいいんだ?」


「まず、クリスタルガラスでシラスとキョウの瓶と蓋を複製してよ。こちらで分析が完了次第、原材料を合成、混合するから、出来た物を瓶詰めして欲しいんだ。」


「ガラスの在庫はあるから、瓶はすぐ作るよ。そうだな。合成コルクの材料も手持ちであるからコルク栓の瓶を使ったキョウ21年のコピーに挑もう。瓶の見栄えも良いしな。」


「決まりだね。少しでも揮発成分を漏らしたくないから、アイテムボックス間転送で1ショット頂戴。」


「ああ、今送ったよ。俺はキョウ21年の瓶の3次元形状をスキャンして早速瓶作りに励むとするよ。」


 二人は早速行動を開始した。


 午前が過ぎ、昼食は弁当で済ませつつ、俊充は難しい課題に挑戦する。一方で宏は既に瓶を作り終えていた。テーブルの上には側面の24面体カットが美しいキョウ特有の瓶が鎮座していた。クリスタルガラスを使い高精度で製造している為、輝きもひとしおで本物以上だ。


「僕のほうはまだまだかかりそうだから、宏は自由にしていてよ。」


「そうするよ。」


 宏は空き瓶を回収してから取り留めのない思索に耽るのだった。


 時間は過ぎて17時頃。


「やっと終わったよ。早く瓶詰めして!」


 と急かしてくる。


「分かった。直ぐにやる。」


 アイテムボックス内に転送された合成ウイスキーの量は凡そ2L。1本分瓶詰めし、テーブルに置く。


「まずは味見だ。」


 モルトグラスを4個取り出し、それぞれ1ショット30mlずつ注ぐ。次いで、本物を半ショット15mlずつ注ぐ。コップも2つ用意し、チェイサーの水も準備した。


「「では、パチモンのパチキョウ21の完成を祝して乾杯!」」


 まず本物から。体調の良い時であればいつ飲んでも旨い。水で一旦口の中をリセットしてからパチキョウ21を口に含む。


「これも旨い!俺の舌じゃ違いが判らん。素晴らしい!」


「僕も違いが分からないよ。有機成分から微量ミネラルまで分析で検出したコピー出来る範囲の物質は全て網羅してあるよ。ミネラルは手持ちの在庫からだけどね。まさに化学が織りなす芸術だね。」


 二人はテーブルにあるウイスキーを全て飲み干し、夕食を食べに行った後、再びパチキョウ21で夜更けまで酒盛りするのであった。事実上飲量制限が無くなったと言って良いのだから。




 2日目


「あ、頭が痛い。」


「同上。」


 昨日は調子に乗って飲み過ぎたので、二日酔いだ。頭痛が俺らを苛む。かと言って、解毒魔法もしくはポーションで回復するのは邪道である。緊急時を除いて報いは受けるべきだと思う。それが酒飲みのポリシーだと俺は思う。


 折角今日は晴れたのに、午前中は行動したくない。部屋で適度に水を飲みながらぼーっと過ごす。


 昼食をとって、午後。二日酔いからある程度回復してきたので、街を散策する事にした。


「何だか街が物々しいな。」


 丁度宿から近い西門に目が行く。


「西門を出た辺りに騎士団や兵士が集結し、輜重隊も慌ただしく準備を進めている。」


「これって例のゴブリン騒ぎの件だよね。」


「そうだな。まさしく討伐隊だ。ゴブリンの駆除が上手く行く事を願うよ。」


 そう言いつつ、広場の露店でオレンジやラズベリー等のドライフルーツを見かけたので購入しておく。次いで商業ギルドへ向かった。


 コンシェルジュにレイチェル嬢への案内を頼む。今日は3番カウンターだ。


「ヒロ様ですね。本日のご用件をお伺いします。」


「今日はガラス製品を売りに来た。」


「それでしたら個室にご案内いたしますので、そのままいらして下さい。」


 個室へと案内される。


 今回はターポートで卸した物と同じものを手すきの時間で作ったので、5セット用意してある。中身を見せたら、同じように品質の高さに驚かれた。


 内陸部では贅沢品の価格が高くなりがちなので、グラス4個1セット4金貨80銀貨で計24金貨。そこから税金2割を引かれて残りは19金貨20銀貨となった。取引成立である。残念ながら箱代分はサービスして貰えなかった。


 その日は広場の露店を冷やかしつつ、宿に戻り一日を終えた。




 3日目


 今日は快晴だったので、馬車を出し東門から出て草原地帯で行ける所まで行き、徒歩で林の中へ入り込んだ。野生動物を相手にした近接格闘の訓練の為である。


 早速警戒魔法を全方位に展開する。500m位に反応がある。気配遮断を用い、慎重に近づくと、2m以上はあるヒグマが餌を求めて彷徨っているようである。


 気配遮断を解き、無属性魔法の身体強化を施してから姿を見せる。ヒグマは飢えているのかこちらに襲い掛かってきた。身体強化のお陰か動きがゆっくりと見える。すれ違うように回避しつつ、急所に剣を突き入れる。ヒグマはそのまま息絶えた。


「ある意味丁度良い相手だった。念のため身体強化を施したが、近接戦闘も問題無さそうだ。」


 宏の訓練は一先ず終了したので、次は俊充だ。再度警戒魔法で周囲を探る。番だろうか300m付近にもう1つ反応がある。近づくと、先ほどよりもやや小さめで2m位のヒグマが見つかった。俊充が前へ出る。


 こちらも餌に飢えているのか俊充に向かって突進してきた。身体強化を施し、正面から相対する。接触するタイミングを見計らって、直前で攻撃をかわし腹部にメイスで突きを入れる。ヒグマが痛みで動きを止めた所、すかさず頭部に向かってメイスを振り下ろす。ヒグマは頭蓋が陥没して息絶えた。


「僕も近接戦闘は問題無さそうだ。でも油断は禁物だから、お互いどうしてもと言う時以外はやらないようにしよう。」


 そう言って、穴を掘り、2体の熊を埋め埋葬した。実戦訓練のためとは言え動物を直に殺した感触は手に残り、少し暗い気分で街へと戻った。




 4日目~9日目


 今日からは泊りがけで魔法実験を行う予定だ。また馬車で東門を抜け、草原の行ける所まで行き、その後徒歩で岩などが散見される場所へとやってきた。大雑把ではあるが、宏に看板付きの杭を持ってもらって移動して貰うと共に、探知魔法を使って100m毎に看板を刺してもらい、距離の指標とした。結局1000mまで用意した。それから、距離の看板の横に全距離の的を狙えるよう左からずらしながら的を設置した。


「これで準備は完了だね。」


「まるで射撃練習場のようだな。」


「そうだよ。射撃の訓練だよ。」


「どう言う事だ?」


「魔法ってイメージさえしっかりしていれば、基本的な使い方以外にも応用が利く事は分かっているよね。警戒魔法のレーダー化による探知距離延長のように。」


「ああ。」


「だから色々考えた結果、ストーンバレットの石礫を銃弾型に形成し、風魔法を併用して弾丸に回転を加えて弾道を安定させ命中精度を向上させる。ゴブリンの時は与えられた知識通りにしかストーンバレットを使わなかったから、石礫をぶつけただけだけど、弾丸が飛んで行くイメージを確固たるものにし、込める魔力を増やせば行けるんじゃないかと考えているんだ。」


「魔法の力で銃のような物を再現するのか。良いかもしれないな。」


「と言う訳で、早速練習開始だね。」


 土魔法のストーンバレットは、土中やそこらにある石を呼び出し、魔力で射出するものだ。


 まずその石を整った弾丸型に形成する所から始めた。これは割と簡単に出来た。


 次に、風魔法を纏わせ回転を与える事と、弾丸を打ち出す魔力量の調整には苦労しているようだ。風魔法による回転付与はそれなりに上手く出来ているようだが、弾丸のほうは特に魔力量が一定以上大きくなると砕けてしまう。


 弾丸が砕けない程度の魔力で打ち出すと、200m、2cmの木の的に半ば食い込む程度の物だった。


「これで十分なんじゃないか?」


「いや、まだ足りないよ。以前弓の歴史の本で見たことがあるけど、それなりの弓を使い、熟練した射手が放つ矢は300m近く飛ぶようだよ。それより何割かは有効射程も短くなるだろうけど。だから、せめて有効射程400m以上は欲しい。」


「弾丸の材質を変えたらどうだ?鉄だって元は鉄鉱石だし、石の一つと捉えられないか?」


「その手があるかも。石での弾丸形成にも魔力を使うし、予め弾を用意してみるアイディアも良いね。と言う訳で、鋼鉄のインゴットを渡すから銃弾型に形成して50個程作ってくれない?サイズは、φ5.56×全長45mm、φ7.62×全長51mm、最後にφ12.7×全長99mm。円錐部は鋭目に。」


「ああ。いいぞ。でも随分細かい数字だな。何か意味があるのかな?」


「NATO規格の弾丸のサイズだよ。」


 そう言えば、こいつは大の銃器類好きだった。そう思いつつ黙って作る。




 早速作ってもらった弾丸で、条件出しを行う。それなりの時間をかけて条件が出揃って来たようだ。


 φ5.56では有効射程が400m程、φ7,62mmで500m程、φ12.7mmで1000m位以上だった。


 威力はφ7.62mm以上だと過剰な感じがするので、φ5.56mmをメインにする事に決めた。


 気づいた事がある。やたらと的の中心部を射抜いているのだ。命中精度が非常に高い。この疑問を俊充に投げかけると、


「どうやら武器では無いけれど、射撃スキルが適用されているようなんだ。だからこんなに当たるのかもね。もちろんスコープ代わりに遠目の魔法も併用しているよ。」


 と気軽に言う。味方ながら恐ろしい男だ。


「この複合魔法は“スナイプショット”と命名するよ。主に狙撃に使うだろうからね。」


 それから、風魔法と土魔法を組み合わせた、“砂目潰し”、光源魔法の光量を一瞬爆発的に上げて敵の目を眩ます“閃光”、火魔法と水魔法を組み合わせた、霧を生み出す“フォグ”等、非殺傷の小技を編み出してゆくのであった。




 10~11日目


 念の為、馬車の各部機構と、車台、車体等のチェックを解析スキルで行う。今の所、何も問題は生じていない。


 それが終わってから、主に不足している物資を補給し、オールシーから旅立つ準備を進めるのだった。

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