第59話 お茶会の準備

 朝。魔術の訓練を行う校舎裏でフェリクスが待っていると、シャルロットがやってきた。弱々しい足取り、それでもここに来たという事実にフェリクスは驚愕する。

「こうやって待ってた俺が言うのもなんだけどよ、無理するなよ」

「全然平気よ」

 起きてからも泣いたのだろう。赤く腫れた目元でそう言っても説得力は無い。

「平気じゃねぇから言ってんだけどな」

「いいのよ。私がやると言ったらやるのよ」

 頑なに譲らないシャルロット。フェリクスの表情に厳しさが混じる。

「それでも駄目だ。精神的な乱れが魔術の暴発を起こすんだよ。怪我したくなきゃ、今日は大人しく休んでろ」

「で、でもっ」

「なんでそんなに焦るかは分かるけどよ、これだけは認めらんねぇ」

 暫しにらみ合う両者。先に視線を逸らしたのは、シャルロットの方だった。

「······ねえ」

「何だよ」

「昨日のことなんだけど」

 そのまま話題を変えるシャルロット。しかしその声は震えていた。

「······」

「なにがあったか、聞かないのね?」

「聞いて欲しいのかよ。俺でよければいくらでも話し相手になってやるぞ?」

「そういう訳じゃないのよ。ただ、いつもの私らしくなかったと思うから」

 公爵家という規格外な家庭の問題は、誰かに相談してどうにかなるものでもない。伝えられた側が困ってしまうだけなのだ。しかしそれは、少女が一人で背負い込むには余りにも大きすぎる。だからこうして、遠回しに聞いて欲しいと言っている。

 フェリクスはそれを感じ取って言葉を選んだ。

「遠慮すんなよ。俺はお前の味方だからな」

「で、でもっ」

 シャルロットがなにかを言おうとして言葉に詰まるが、フェリクスが穏やかな表情で先を促すと、やがてポツリポツリと本音が漏れ始めた―――


「なるほどな」

 シャルロットの話を聞き終えたフェリクスが、難しい顔をして天を仰いだ。

「ほらっ。結局言うだけ無駄なんじゃない」

「まあ、エドモンド公爵をどうこうは出来ないからな。だけど、全くの無駄でもないぞ」

「え?」

「茶会、俺も出れるんだろ?なら任せろ。お前に危害を加えようとする奴がいれば、そいつが王様だろうと俺がブッ飛ばしてやるからよ」

「はぁ!?」

 突然の逆賊宣言に度肝を抜かれるシャルロット。

「ほんと悪いけど、公爵についてはどうしようもない。それは認めるけどな。けど、茶会は違う。お前の隣には世界最強の魔術師がいるんだから、心配なんていらねぇんだよ」

「なによそれ。どんだけ自信家なのよ」

「なんだよ。俺が不安か?」

 時に、表情は口より雄弁にものを語る。フェリクスの不敵な笑みを見て、シャルロットは思わず笑みを浮かべてしまった。

「不安じゃないわよ」

 ―――笑みを浮かべて、誤魔化してしまった。本当はもう一つだけ聞きたいことがあったのだ。あのあと、どうやって私を屋敷に連れて帰ったのかと。

 だが、シャルロットはそれを口にはしなかった。人の裏を読む能力に長けた少女は、それを問うことでフェリクスとの関係に亀裂が入るかもしれないと思ったのだ。

 一歩、確実に互いの距離は縮まったはずなのに、まだ遠い。


⚪️


 あれだけのことがありながらも二人は日常に戻っていった。方や用務員として、方や学院の生徒として。あの夜の出来事には触れることなく、また以前の距離感で接する日々。

 エリナの父親しか知らないのだ。彼ら二人が元通りになってしまえば周囲の者らが異変を感じることはなく、穏やかな日常が過ぎていく。


 そしてやってきた、約束の茶会当日。

「なぁ、本当にやるのかよ?俺は適当でいいって」

「駄目よ。仮にも社交の場で私の隣に立つのよ。あんたにもまともな格好をしてもらうわ」

「うわぁ······もうやだ。おうち帰りたい」

 情けない顔でぼやくフェリクスの目の前には、グラディウス公爵家の屋敷があった。今回の訪問は、シャルロットが手続きをした正式なそれである。

 何故ここに来たのか?それは単純な話で、フェリクスの家に侯爵家の格式に見合う衣装が無かったからだ。今日はお茶会当日。これから衣装を仕立てるにも間に合わないため、仕方なくグラディウス公爵家から借りるという形に落ち着いたのである。

「今晩のお茶会に向けて、この人に合う衣装を見繕ってあげなさい」

「かしこまりました」

 公爵令嬢として、慣れた様子で執事に命ずるシャルロット。その命令直後、複数のメイドや執事がフェリクスの周囲を囲った。流石は公爵家といったところか。その立ち振舞いからはそれなりの強さが匂い立つ。ただの使用人でも武術の心得があるらしい。

「ではこちらへいらして下さい」

「待てって!服くらい自分で着れるだろ!?俺は一人でも選べるから、ちょ、お前らっ」

 貴族の使用人に世話をされる、それすなわち自分では何もさせてもらえないということ。大の大人、それも男が着替えさせてもらうなど屈辱でしかない。フェリクスは必死で抵抗するが、

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 自称世界最強、数の暴力の前に敗れたり。


「へぇ。流石は公爵家だな」

 押し込められた衣装部屋で、フェリクスはクローゼットの中を見て呟いた。

 ブランド物があるのは当たり前で、それ以上―――例えば繊維の織り方に特色がある辺境の衣装や、国を跨いだ遥か遠くから仕入れた布で作られた衣装まで、何から何まで揃えられている。

 貴族とはかくあれかし。目の前の衣装の数々は、まさにその体現と言える。

「まず寸法をとらせていただきます」

「あーはいはい。もう勝手にしてくれ」

 諦めた顔で執事の方へ歩いていくフェリクス。そこからは怒涛の時間であった。髪の毛を整え、無精髭を剃り、洗顔をし、無数の服を着ては脱ぎ、見比べ、それから香水を使用し―――あっという間の一時間。ようやく解放された時、フェリクスはぐったりとした様子で鏡の前に立っていた。

「はぁ。またこんな格好をすることになるとは」

 今回、フェリクスはアメリアを暴漢から救った者として茶会に参加する。故に貴公子ではなく、力を連想させる騎士らしい衣服をチョイスしている。

 その服装とは正反対にそれを着る人間がだらしないのだが―――何とも憎たらしいことに、フェリクスは格好良く決まっていた。

 鍛えている体はしなやかに引き締まっており、元の顔立ちも悪くはないのだ。不健康そうな面を化粧で誤魔化せば、立派な騎士に様変わり。その変貌ぶりには、化粧を施したメイドも化粧道具を落としてしまった程である。

「準備は終わったわね」

 部屋の扉が開き、聞き慣れた声がする。フェリクスがのそのそと振り返ると。

「えっ」

 シャルロットが固まった。

「え?えっ!?えぇっ!!」

「んだよ」

 面倒臭そうにフェリクスが問うと、シャルロットは僅かに顔を赤らめた。

「い、それは、そのっ。······うるさいわね!何でも無いわよ!!」

 叫び、手元に魔力回路を組み上げるシャルロット。慌てて立ち上がったフェリクスが逃走を開始して―――


 何とも噛み合わぬまま、二人はストライアー侯爵家に向かった。

―――――――――

はーい!今日のpv数が10000を突破しました!カクヨムに投稿を始めて、初の10000越えですねぇ!やったぁ!

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