定時で帰りたい魔術学院の無能用務員、実は世界最強

太田栗栖(おおたくりす)

第1話 プロローグ

 遥か昔、魔術は異質な力として恐れられていた。


 大した代償を伴わずに圧倒的な力を行使できるそれは、時の権力者からしたら地位を脅かす存在にしかならなかったからだ。熟練の戦士が一人を殺す間に優れた魔術師は軍隊を消し飛ばす。凄腕の医師が数時間掛けて怪我人の治療をする間に、優れた魔術師は数十人の傷を癒し病魔すら退ける。


 人の理を越えた存在。故に魔術師は人にして人に非ずと言われていた。が、その認識はとある男によって覆される。


 今から二百年程前、後の世に『魔導王』と呼ばれるようになる一人の男が、魔術の体系化に成功したのだ。そして魔導王は、あろうことかその発動プロセスを世界中に広めた。


 それ以前、魔術師は得体の知れない化け物のように扱われていたが、力の仕組みが分かってしまえば話は別だ。権力者はこぞって魔術師の育成を始め、少しずつ魔術は世界に浸透していった。 


 魔術が世界にその存在を刻み込んだのはそれから数年後。マーレア大戦という戦争が起こった時のことだった。


 当時、大陸にはマーレアという小国があった。まだ興ったばかりの国で、その国力は大国はおろか並の小国にも劣るものだったが、マーレアは自国の力だけで幾つもの大国を落としてみせた。


 一体どのような手段を用いたのか。話は簡単だ。ただ単に他の国より魔術の研究が遥かに進んでいただけである。魔術の重要性はマーレアの快進撃を以て証明され、それから各国は魔術研究と魔術師の育成にを力を注ぐようになった。


 そうして始まったのが、二世紀前から現在に至るまで続く、魔術の時代である。


⚪️⚪️


 二世紀前の戦争で魔術の力を知らしめ、それ以来魔術の分野では世界の最先端を走り続けているマーレア王国。もはや大国と称して差し支えない成長を遂げたその国の王都には、世界有数の魔術学院があった。


 ハーレブルク魔術学院。


 未だに全容の知れない魔術という分野は、あらゆる可能性に満ちた神秘の領域。ハーレブルク魔術学院は、その最奥を研究する魔術師を数多く輩出してきた。


 ランプに取って代わった魔術灯、都市間の移動に革新をもたらした魔術鉄道、更には魔術電信などといった現在も社会の一端を担うようなこれらの技術は、学院卒の魔術師の発明である。


 そして、学院がもたらすのはなにも技術的革新だけではない。魔術は何にも勝る人殺しの道具であり、そのための訓練が学院の修学必須科目に指定されている。だから、毎年優秀な兵士も多数輩出されている。


 そんな栄えあるハーレブルク魔術学院には、こんな噂があった。

 ―――曰く、あの学院には化け物が潜んでいる、と。


〇〇


「あーだりぃ。設備壊れすぎじゃね?費用けちってんじゃねーの?」


 ハーレブルク魔術学院の実験室の前で、作業着姿の青年がため息混じりに呟いた。艶のない寝癖でボサボサの黒髪、不健康そうな分厚い隈、死んだ魚のような瞳。不審者っぷりが堂に入っているこの男は、ハーレブルク魔術学院の用務員である。


「つーか、なにが『実験室の扉が壊れたから直しておくように』だよ馬ァー鹿!どうせまた魔術暴発させたんだろ!?ああ後始末が面倒臭ぇ!!」


 青年は黒髪を振り乱して叫ぶ。


 当然だが、魔術を扱う場では備品の損耗が激しい。とはいえ日常的に扉を壊すのは常識外であるし、休みなく働かされる方は堪ったものではないのだ。毎日のようにコキ使われる男の絶叫は、恨みつらみをもって廊下全体に大きく響き渡った。


 ちなみに、現在全てのクラスが授業中である。


「うるさいですよフェリクスさん!」


「アァ!?お前がうるせぇ!」


 フェリクス=バート。ハーレブルク魔術学院の用務員を勤める青年は、自らを咎める声に叫び返しつつ扉の魔術回路を弄くる。


 完全なる授業妨害、おまけに酸素の無駄遣いであるが、魔力回路の修繕技術には目を見張るものがあった。


「あんの馬鹿女が。回路組むのって大変なんだぞマジで。あー、これ修復するより一度壊して組み直した方が早い奴じゃん!ああ面倒臭ぇ!!」


「フェリクスさん!こちらは授業中なんですよ!静かにしてください!!」


 すぐ隣の教室から再び講師の声が響く。フェリクスは耳をほじりながら適当に「へいへい」と言葉を返した。


 すると、今度は不満げな生徒の声が聞こえてくる。


『先生、あの人いつも煩いじゃないですか!』


『授業に集中できません』


『何であんな人を用務員として雇ったんですか?存在価値が分かりません。今すぐ解雇するべきです。僕が父上に掛け合って―――』


 教室から漏れてくる声に、フェリクスはあからさまに顔をしかめた。


 特権階級の子が大半を占める生徒たちの思考は典型的な選民主義に染まっており、彼らからするとフェリクスの存在は認めがたいものらしい。


「煩いのは認めるけどよ、存在価値無しは酷くね?俺がいなかったら設備はどうすんだよ。ぐれるぞマジで」


 そうなったら別の用務員を雇うだけである。本人もそれは分かっているのか、文句を言いながらも手を休ませることは無かった。


 悲しいかな、権力に屈し、惨めに魔力回路を組み上げるこの青年が、本作における主人公である。





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あらすじはタイトルまんまです。

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