第6話 下弦の月 温かい空気
放課後部活が終わり、土まみれになったユニフォームから制服に着替えて正門に向かった。
まだ夏菜さんは来てないみたいだ。
「ごめ〜ん。おそくなって」
ちょうど駐輪場から自転車を取りに行っていたようだ。
「今来たとこだから平気だよ」
僕は少し息を切らしている夏菜さんに言った。
「よ〜しそれじゃ行くぞ〜」
咲真は何故か張り切って先頭を行く。
僕と夏菜さんも自転車に跨がり、咲真の後ろをついていく。
「夏菜さんいるんだからペース考えろよ」
一人で突っ走ってしまいそうな咲真を落ち着かせるように声をかけた。
「わ〜ってるって」
咲真が先頭のまま、少しゆっくりめに僕の家まで走っていった。
「ついた〜」
僕の家の前に着いた。
「こっからすぐ行く?」
咲真は自転車を降りて僕に聞いてきた。
「いつもはもう少ししてから行くけど、今日は夏菜さんもいるしすぐ行こうか」
僕は夏菜さんの方を見て言った。
女の子を遅い時間まで連れまわすのは、あまり良くないだろう。
スマホの時計は6時30分を表示している。
空を見上げてもまだ月は見えない。
いつもは家で少し休んでから行くから、もう少し月が上に出ている。
「よし、じゃあ冬夜、先頭よろしく」
咲真に言われ、僕は先頭に行き病院までの道を走る。
二人を連れて行ったらどんな反応をするだろうか。
少し楽しみになってきた。
そういえば連絡返ってこないけど、まぁいいやと気にしなかった。
坂の下についた頃、少しだけ月が見え始めてきた。
僕たちは病院の受付に入った。
「あれ?冬夜くん。そちらの二人は?」
いつもの看護師さんに聞かれた。
「この二人は僕のクラスメイトです。陽菜ちゃんの友達になってくれるって」
僕が二人を紹介すると看護師さんは嬉しそうな顔をして
「あら!そうなの?陽菜ちゃんも喜ぶわ」
看護師さんは三人分の入館証をくれた。
「ありがとうございます」
僕たちは会釈して中に入っていった。
僕は迷いなく屋上へ向かう。
「あれ?病室じゃないの?」
夏菜さんは不思議そうな顔をする。
「うん。毎回屋上で会うことになってるから、病室には行かないんだ」
重い扉を開けて寒い屋上へと出る。
そこに人影は無かった。
「あれ?いないのか?」
咲真が僕の後ろから、顔を覗かせて屋上を見て言う。
「あぁ、いないみたいだ……おかしいな」
僕は一通り屋上を見回した。
空から降り注ぐ月の光だけが屋上にある。
「ちょっとまってようよ。私、ここからの夜景が綺麗だって聞いたことあるから」
夏菜さんはそう言って、屋上の縁に歩いていった。
「じゃあ俺も〜」
咲真も夏菜さんの後ろについて行った。
僕は半月になりかけの月を見上げる。
満月の光より少し弱いが、冬の乾燥した空気はその光を地上まで降り注がせる。
それから少し経った頃、再び扉が開く。
「冬夜くん!もう来てるって……あれ?」
彼女は僕を見たあと、咲真と夏菜さんの方も見て首を傾げた。
「えっと……そちらは?」
ぽかんとした顔をしている彼女の方に二人が近づく。
「はじめまして、私は天沢夏菜。冬夜くんのクラスメイトです」
夏菜さんはお辞儀をして、丁寧な口調で自己紹介をした。
「同じく冬夜の友達の秋風咲真です。よろしく!」
咲真は相変わらず自分のペースというかなんというか。
「冬夜くん、えっと……これは……」
彼女は驚いて固まってしまった。
「二人に陽菜ちゃんの話をしたんだ。そしたら二人とも友達になりたいって」
僕が状況の説明をすると、彼女は目を見開いて首を縦に振った。
「あ〜そういうことか!嬉しい!夏菜ちゃんに咲真くん!来てくれてありがと!」
彼女は二人の手を取って、喜びを表現した。
「まさか友だちが増えるなんて思っても見なかったからほんとに嬉しいな〜」
彼女は弾けるような笑顔を作る。
「え〜みんなで何する?恋バナ?恋バナ?」
楽しそうにはしゃぐ彼女は見ていて飽きない。
だが咲真たちは思っていたテンションと違って、少し動揺していた。
「陽菜ちゃん。ちょっと落ち着こうか……二人が引いちゃってる」
僕がなだめると
「あ、ごめんね。嬉しすぎてテンションアガッちゃって」
と反省した子犬のようにシュンとした。
「ふふっ面白い子だね陽菜ちゃんって」
夏菜さんは笑っていった。
今気付いたがこの二人が並ぶと凄くいい絵になる。
僕が二人のことをじっと見ていると、夏菜さんがその視線に気づいた。
「冬夜くん?」
僕の方を見ながら首を少し傾げる。
「あ〜!冬夜くん、夏菜ちゃんに見惚れてたな〜。このこの〜」
彼女がニヤニヤしながら、指で僕のことを突付いてくる。
「ち、ちが……くはないけどその……夏菜さんだけじゃなくて、二人が並ぶと凄くいいなって思ってただけだよ」
僕が本当のことを言うと、二人は少し恥ずかしそうに照れていた。
「え……ちょ……そんなストレートに言われると照れるな、ね……ねぇ」
彼女は夏菜さんに視線を送る。
夏菜さんはうんうんとすごい勢いで首を縦に振った。
「冬夜、なにたらしこんでんだよ」
咲真は少し呆れ気味で僕に言った。
「たらしこむってそんなつもりは無いんだけど」
僕は本当のことを口にしただけだから、別に深い意味は無かった。
「冬夜くん……ちょっと……」
彼女は僕の名前を呼んで手招きをした。
「ん?なに?」
僕は彼女の近くによった。
彼女は顔を寄せて、咲真と夏菜ちゃんに背を向けた。
「ねぇ、冬夜くんって夏菜ちゃんのこと好きなの?」
ヒソヒソ声で聞いてきた。
「なんでそうなるの……夏菜さんはそういうのじゃないよ」
僕は恋バナの方に話を持っていこうとする彼女の言葉を否定した。
「え〜違うの?夏菜ちゃんかわいいからてっきりそうかと思ったのに」
肩を落とす彼女を見て僕は
「残念だけど陽菜ちゃんが期待するようなことは無いよ」
とさらに念を押した。
「お〜い二人とも、何こそこそ話してるんだよ」
咲真が声をかけてきた。
「ほら!行こう」
僕は彼女の手を引いて二人のもとに戻る。
僕が握った彼女の左手はやっぱり冷たい。
だけど冬の屋上にあるはずのこの空間は温かかった。
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