桃原に花の咲く頃(八)
「わたくしは王淑こうそ…――」
「――お嬢さん」
途端に、
そう言われてしまい、明璇はいったん言葉を飲み込んだ。隣の徐云を見ると、「ごめん、最初に言っておけばよかったね」という表情を向けている。
(――そう。このお店のことは知っていたのね……。それならそれで、そんなめんどくさい決まりごとがあるってしっかり伝えなさいよ、ほんとに
思わず喉元まで言葉が上がってきたが、それは何とか
「では俺から始めよう」
そんな彼女を見かねたか、正面を向き背筋を改めた洪大慶が口を開いた。
「俺は
「兵馬の術?」
興味を覚えた何捷が訊くと、大慶は立ち上がって自らの衣服を示した。
「これだ」
「……胡服、ですか?」
思案顔となった何捷に代わり徐云がそう合いの手を入れるように訊くと、大慶は大きく頷いた。
「胡服は騎射に向いている。騎射に
「しかし、騎射で兵車の突撃を止められますか?」
今度は何捷が素直な疑問を口にした。それは兵法に
それに応じようとする大慶は、控え目とはいえない咳払いを聴いて続く言葉を引っ込めた。
明璇だった。
卓を挟んだ向かいの席で、ようやく男どもの言葉が止んだのを見て取り、明璇は澄ました
「わたくしのことは〝
そのはっきりとした物言いに大慶は苦笑気味となって南宮唐を向く。南宮唐も目を見張って明璇を見ていた。
明璇は先ほどの大慶の口上を一つ一つ思い起こすような表情で続ける。
「……桃原に育ちました。他の邑は知りません。
学問は〝好き〟です。女の身であることが残念でなりません。〝女は内にあるもの〟という考え方に
それから……、
わたくしの望みは、父の不遇を――」
「――〝
その言を、徐云の控えめながら鋭い声が遮った。
悪くない周囲の反応に気をよくして、どうやら要らぬことまで口にするところだった。
明璇は言葉を飲み込み、ほんの少し考えてから言い改めた。
「望みは……家族全員が家に戻ってくることです」
そう言って傍らの徐云に目線を遣ったときの明璇と、それを聞て目を伏せる徐云……ふたりの
卓の上に言葉が切れたそのとき、
「おまっとさぁん」
料理を運んできた小娘の黄色い声がした。ひとりひとりの前に、
「まぁ、難しいことと
そういって南宮唐は自分の器の蓋を開けてみせた。湯気とともに旨そうな匂いが広がった。
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