第36話.明かされていく

 


「惚れ薬の効果なんて、とっくに切れてるわよ?」


(…………ンッ?)


 何か聞き捨てならないことを、言われたような。

 セシリーはグレタを見つめたまま、微動だにせずにいた。その間もグレタは歌うように軽やかに唇を動かせている。


「そんな何年も効くようなものじゃないわよぉ。ダーリンに使った惚れ薬なんて、必死に作って七日間くらいしか保たなかったわ」

「……な、七日間?」


(どういうこと?)


 グレタの言うことが本当だとすると、セシリーの作った惚れ薬の効果は、すでに切れているのではないだろうか。なんせセシリーがジークに薬を無理やり飲ませてから、二十日近い日が経っているのだから。


 セシリーは思わず、グレタの後ろできょとんとしているジークに視線を移す。

 目が合うと、ジークは軽く微笑み、首を傾げてみせた。何か言いたいことがあるのか、と優しく問うように。


(うわーッ! 好き!)


 頭の中が一気にピンク色に染まる前に、セシリーはグレタへとどうにか視線を戻した。

 やはり惚れ薬の効果は出ているようだ。そうとしか思えない。グレタはぽんっと拍手を打つと。


「あー! 思い出した、確か宴会に出かける前にレシピをあげたのよね。セシリー、やっぱり惚れ薬作ったんでしょ!」


(ギックーッ)


 セシリーは全身を震わせる。


「惚れ薬?」

「惚れ薬ってなんのことだ?」


 団員たちは何事かと顔を見合わせてざわめいている。彼らの困惑などどこ吹く風で、グレタは嬉しげに何度も頷いている。


「そうよねぇ。必要よねぇ。やっぱりわたくしの娘よねぇ、そりゃあ作っちゃうわよねぇ」

「ちょちょちょっと! やめてママ!」


 シャルロッテから離れたセシリーは、慌ててグレタを羽交い締めにしようとするが、無駄に力の強いグレタに逆に背後を取られてしまう。


「で、惚れ薬を飲ませた相手って誰なの? ママに教えてよ、してみたかったの、娘と恋バナ!」

「イダダダダ!」

「セシリー!」


 手首を容赦なく捻られてセシリーが悲鳴を上げると、ジークが近づいてきた。


「や、やめてくださいお義母さん! セシリーが痛がってます!」

「そう言われてもぉ……って、お義母さん?」


 グレタが動きを止める。

 ようやく解放されたセシリーはジークに抱き留められる。うう、と泣きながらセシリーはジークに縋りついてしまった。


「ふええ、ジークぅ。怖かったよぉ」

「もう大丈夫だセシリー。俺が守るから」

「ふええぇ……」


 シクシクと人目も気にせず泣き出すセシリーを、情熱的に抱きしめるジーク。

 そんな二人を、どこか不思議そうな顔でグレタはまじまじと見つめている。アルフォンスが助け船を出した。


「グレタさん、説明したじゃないですか。ジークはセシリーちゃんの婚約者なんですよ」

「それは聞いたけど……二人って良い仲なの? 本当に?」

「見ての通りですよ」

「しゅきぃ、ジークゥ。せしりーの頭なでなでして慰めてぇ」

「たとえ今日世界が終わるとしても、撫で続けてやる」

「……んん~?」


 グレタは目を細めて、じぃーっとセシリーとジークを睨みつける。

 あまりにも視線の圧が強すぎて、ふえふえしていたセシリーも無視できなくなってきた。というか、ちょっとだけ我に返って照れてきていた。


 セシリーは七年前ももちろんのこと、今の今まで、ずっと白馬の王子様に憧れを抱いてきたのだ。

 そんなセシリーが選んだ相手がジークというのが、グレタには意外なのかもしれない。


「……何よお母様。何か言いたいことあるの?」

「セシリー。あなた惚れ薬を作ったのよね?」


 口にきゅっとチャックをするセシリーの唇を、グレタがつねる。


「いひゃーい! ドメスティックバイオレンス!」

「ねぇセシリー。惚れ薬は誰に飲ませたの?」


 再びだんまりを決め込もうとするセシリーに、グレタが指を伸ばしたときである。

 さっと躱したジークが、セシリーを抱きしめたままグレタを睨んだ。



「やめてくださいお義母さん。セシリーの唇は、俺に塞がれるためにあるんです」



 無論、そんなことはない。


「そうだもん! せしりーのお口、ジークのために作ったもん!」


 が、言われた本人がキュンキュンときめいているので無問題である!


「それでね? ジークのお口は、せしりーとちゅっちゅするためにあるの」

「その通りだ。セシリーは頭が良いな」

「お利口なせしりーのお口、奪って♡」

「ちょっと待って二人とも!」


 あまりにも割り込みにくい雰囲気に、どうにか割り込むアルフォンス。

 ドキドキソワソワして見守っていたシャルロッテががっかりしているのには気がつかず、アルフォンスは身振り手振りを交えて話す。


「そもそもオレたちは、北の山脈で偶然グレタさんに会って、こうして連れ帰ってきたわけだけど……グレタさん、言いましたよね。あなたは鑑定魔法が使えるって」

「もちろん。わたくしは魔女の末裔だもの。失われた古代の魔法もちょちょいのちょいよ」


 ふふん、と大きな胸を反らすグレタ。


「セシリーちゃん、オレはずっと疑ってたんだ。君が魔女の力で、ジークの心を操ってるんじゃないかって」

「え!」


 バレバレすぎて驚くセシリー。


「で、オレはグレタさんにお願いした。鑑定魔法で、ジークが使われている魔法を暴いてほしいって」

「ええ、聞いた気がするわね。昨夜はお酒に酔っ払っていてあんまりちゃんと覚えてないけど……」


 酔うと記憶をなくすのは、夫であるスウェルと同じらしい。


「それでどうなんですかグレタさん。ジークはやはり惚れ薬を飲まされているんですか?」

「だからわたくしも、それが訊きたいのよ」

「どういうことです?」


 溜め息を吐いたグレタが、ジークの胸元を指差す。

 恐怖のあまり、セシリーはジークにしがみつくことしかできない。


(とうとう惚れ薬のことが、ジークに知られちゃう……!)


 こんな形ではなく、二人きりで伝えて謝罪するつもりだったのに。その前に他から指摘されたとあっては、ますます心証が悪くなるではないか。

 グレタが何を言うつもりなのか。セシリーは怯えに怯えた。


「だってジークくん、惚れ薬なんて飲んでないじゃない」


 だから当初、グレタがなんて言ったか理解できなかった。



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