第32話.その頃のジーク4

 


 身を切るほどに冷たい風が吹く中。


 聖空騎士団は飛竜に跨がり、凍える北の山脈へと向かう道中にあった。

 飛竜は底なしの体力を持つが、すぐにやる気をなくすため、定期的に休憩を取って休めてやり、魔石を与えてやらねばならない。それよりも、乗り手である人間のほうがよっぽど体力がないので、飛竜というより人間のための休憩と言ったほうが正しいのだが。


 分厚い外套に、目と耳以外を覆う布。

 手綱を握る手は手袋に包まれているが、それでも数十分と空の上を飛んでいればあっという間に身が凍えそうになる。

 これが冬の行軍ともなると、比べものにならないほど冷えるので、幾分かましではあるのだが……。


「そろそろ休憩するぞ!」


 ジークは合図と共に、手綱でスノウを軽く叩く。

 グオオ、とスノウが鳴く。ジークの声では全団員に届かないため、スノウの声に反応した飛竜たちが、手綱を握る人間たちに合図の内容を身振りで伝えるようになっている。だいたいの休憩場所は事前に達しを出しているため、団員たちは理解しているのだが、気絶しかけている者が居る場合もあるのだ。


 夕空の中。スノウは風を斜めに裂きながら、地上へと降り立つ。

 民家も畑もない寒々しい荒野の一角だ。飛竜は図体が大きいため、こういった開けた場所でないと着陸が難しい。それが十五体も居れば、尚更だ。残りの団員は、シャルロッテの護衛の任を現在も続けている。


 軽々と着地してみせたスノウの喉元を、ジークは撫でてやる。

 グルグル、とスノウが喉の奥を鳴らした。

 人間用には天幕を張るが、飛竜に適したサイズのものはないので、彼らはそれぞれ荒野に寝そべって寝る。飛竜の食事が終わったあと、ようやく人間たちの食事の時間がやって来る。


 といっても夕食には身体を温めるのに簡単なスープを作るのと、保存食であるナッツとチーズで済ませる。

 味気ない食事だが、慣れたものだ。各自、背嚢に入れてきた保存食を無表情で味わっている。飛竜を使えば移動時間は大幅に短縮できるため、明日の朝には目的とする北の山脈に到着するだろう。


 ジークが手頃な岩に座ってナッツを咀嚼していると、頭上に影が差した。


「ここ、いい?」


 断る理由もないので頷く。

 後ろに腰かけたのはアルフォンスだった。


「……やっぱりさ、おかしいよね」

「なんの話だ?」


 前置きもなく、アルフォンスは何かの話を始める。

 その声は火を囲んで食事をとる他の団員たちに聞こえないよう、潜められている。


「最初からおかしいと思ってたんだよ。ジーク、一目惚れとかするタイプじゃないのに、急にセシリーちゃんに夢中になったよね」

「…………」

「自分なりに調べてみたんだ。家の力も使って、セシリーちゃんのこと」

「…………」

「飛竜を手なずける不思議な言葉を使ってたから、ヒントはあったんだよね。というか、ジークも気づいてるんじゃない?」

「…………」

「彼女の瞳の色。動物に懐かれやすい体質。導かれる答えはひとつだよね」

「…………」

「……えっと、ジーク。聞いてる? オレの話、聞こえてますかね?」

「…………」

「ご、ごめん。一回でいいから返事してもらえない? おーい、オレの声、聞こえてるー?」

「聞こえてるが」

「じゃあなんで無視する!?」


 耐えかねたように立ち上がるアルフォンス。


「副団長! うるさいです! 飛竜が興奮しますよ!」

「っさいなぁシリル!」


 シリルに注意されたアルフォンスが、怒鳴りつつも大人しく座る。

 すっかり苛立った様子だが、ジークはアルフォンスの言葉を聞いた上でしっかりと無視していた。


(そうだ。アルフォンスから聞くべきことはない)


 赤々とあたりを照らす焚き火を見据え、ジークは毅然と言い放つ。


「先日、シャルロッテ殿下に訊かれたんだ。いつからセシリーのことが好きなのかと」

「王女殿下がそんなことを?……って、なんでジーク、殿下と恋バナの話なんてしてんの? あんなに嫌われてたのに」


 アルフォンスはやや焦った様子だ。


「最近は少し話せるようになったんだ。セシリーのことを愛する下半身なら怖くないんだと」

「相変わらず意味分からないね。……あの子、顔はめちゃくちゃ可愛いけど」


 うんざりしたような顔で呟くアルフォンスは、どこか寂しげでもある。

 ジークは頷き、容赦なく事実を指摘した。


「アルフォンスの下半身は特に気持ちが悪いと言っていたからな」

「その言い方、本当に語弊があるけどねぇ! ほんとにあの子、分かってて言ってんのかなぁ!?」

「副団長! うるさすぎます!」

「っ、分かったって、この眼鏡!」


 アルフォンスがぶん投げたナッツがシリルの眼鏡に当たる。


「あ! 何するんですか!」


 パリィン、と音を立てて眼鏡は粉々に砕け散ったが、シリルは肩を竦めながら予備の眼鏡を背嚢から取り出している。


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ団員たちの声を聞きながら、ジークは夜空を見上げる。

 この空を、あの少女も見ているだろうか。どうか見ていてほしいと、そんな風に思った。


(どこか、不安そうだったな)


 出発の前日、ジークはセシリーの邸宅まで会いに行った。

 風邪を引いていたというから、そのせいで弱気だったのか。しかしそれだけではない何かにセシリーが怯えているように、ジークには思えた。


 その正体は未だ分からないままで、もやもやしている。

 だが、無事に戻った暁には、セシリーは何かジークに伝えたいことがあるという。

 それを聞くためならば、必ず無傷で戻るのだとジークは決意していた。


「いつから俺が、セシリーのことを好きなのか」


 ぼそりと、ジークは呟く。

 アルフォンスに何か言われるまでもなく、ずっとずっと、考えていたこと。


「戻ったら、ちゃんと伝えてやらないとな」


 北の山脈を間近にして、夜は更けていく。



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