第5話.地獄の質問タイム
昼食の席は、意外にも滞りなく進行していた。
スウェルが仕事の話を振り、ジークはつつがなく答える。セシリーはむしゃむしゃと羊肉のパイを頬張りながら、ときどき「まぁ」とか「そう」とか「へぇほぉふぅんはぁん」とか適当な相槌をするだけで、あまり会話には入らなかったので、もはやセシリーはただの聴衆であって、スウェルとジークのお見合い会のようだったが。
ぽんぽこ狸ことスウェルによれば、ジークは女子にも容赦なく暴言を吐く男だというが、今のところそういった兆しは見えない。
(さすがに、弁えてるのかしら)
商家の出身であるというジーク。貴族の家でなりふり構わぬ真似をするほど粗暴ではないのだろう。
しかし裏を返せば、こんな昼餐会などでは彼の本性はまったく見えない、ということなのだが。
スウェルがセシリーの肩を肩でつっついてくる。うんざりしてしまうセシリーである。
「セシリー聞いた? ジーク殿、白い飛竜に乗ってるんだってー。それって実質、白馬じゃない?」
(どこがよ)
「飛竜っていうか、もう、ギリ白馬じゃな~い!?」
きゃぴきゃぴしながら騒ぐスウェルに、セシリーは冷たい目を向ける。
若くして聖空騎士団の騎士団長を務めるというジーク。疎いセシリーもかの騎士団の名前は知っている。
聖空騎士団は飛竜の乗り手集団である。飛竜とは古代の魔法生物の一種で、まだ世界が魔法に溢れていた時代でさえも、強力な攻撃力によって空を制したと伝えられる生き物だ。
いかなる外敵にも領空を侵させず、空の守護者として国土を守り続ける聖空騎士団の歴史は長く、彼らは堅固にして華麗なる王の翼として羽ばたき続けた。
現在は他国との戦争はなく、彼らは主に魔獣討伐の任を負っているというが、そこでも縦横無尽の活躍をしているという。
飛竜は数少なく、飼育も困難な生き物なので、現役聖空騎士団の人数はたった二十人ほどしか居ないそうだが、それを率いるジークはまさに王国を代表する武人、精鋭中の精鋭といえるだろう。
甘い果実水を一口飲んで、セシリーは溜め息のような声を出す。
「お父様。飛竜と馬はぜんぜん違うわ」
「えーっ、一緒だもーん!」
頬を膨らませてかわいこぶられても困る。これを可愛いと言って愛でるのはグレタくらいだ。
「飛竜は馬よりもずっと気性が荒い生き物よ。そして彼らは生まれる前から聴覚が優れているの。卵が孵る前から声をかけて一緒に長い時間を過ごして、生まれてからはつきっきりで餌を与え、厩舎の掃除をして世話をする。そうすることで飛竜はその人物をようやく認めて、背に乗せるようになるのよ」
「そうなの!? うちの娘、超物知りー!」
――というのは、どこで知ったかというと、物語の中で得た知識である。
空を駆ける飛竜に憧れを抱く国民は多い。本や芝居や人形劇でも題材になることはけっこうある。
ただし、なぜか飛竜乗りはだいたい物語の終盤で振られて、飛竜に跨がりいずこかに去って行く。それを見送ることもなく元気にちゅっちゅするヒロインとヒーロー……というのが、三角関係物の鉄板の図式である。
そこで何やら視線を感じたセシリーは、びくりとした。
「…………」
じっと、セシリーを食い入るように見つめる褐色の瞳。
ジークがこちらを瞬きもせず注視している。居心地の悪くなるほどきつい視線だが、しかし気が強いセシリーは自分から目を逸らしたりはしない。
(何よ。メンチ切ってるわけ?)
こちらからもガンを飛ばして対抗する。一歩も譲らないセシリーである。
じり、じりり、と火花を散らす二人。何か良からぬものを感じ取ったのか、スウェルが慌てて割り込む。
「じゃ、じゃあここからは質問ターイム! 僕がいろいろな質問をしていくから、二人ともちゃんと答えてね。お互いを少しずつ知っていこう! それじゃあ、行くよ!」
後ろに控えていた侍従が、小脇に抱えていたプラカードをさっと掲げる。
陽気な森の動物たちが「何かな何かな?」と騒ぐイラストつき。吹出しの中にはスウェルの文字で質問内容が書かれていた。
スウェルとて、何も娘を不幸にしたいわけではない。それどころか大切な一人娘であるセシリーに、幸せになってほしいと思っている。そんな彼なりに昼食会を盛り上げようと設けたのが、この質問タイムであった。
「では、質問です! 二人は最近、嬉しかったことはありますか?」
小芝居に付き合わなければ父が泣き喚くと知っているセシリーは、真剣に考える。
(嬉しかったこと……)
悲しかったことなら「現状」なのだが、その真逆というと。
「ええと、そうね……育てている薬草が小振りな花をつけていて、嬉しかったわ」
「えー、薬草育ててるんだ! すごーい!」
わりと無難な答えを選んだところ、IQ2のスウェルが大騒ぎをしている。
「じゃあじゃあジーク殿は?」
「――魔獣を三体同時に仕留めたこと」
食堂の空気が凍りつく。
「あれは快感でした。頑健な飛竜の牙が魔獣の身体を、綿か何かのように刺し貫いていくんですよ。困ったのは視界が大量の血しぶきで覆われたことですね。飛竜乗りは目が命ですから、慌てて拭いました」
椅子から落っこちそうになるスウェルの身体を、侍従が手を出して支える。
スウェルは青い顔をしつつ、プラカードを捲らせた。
「えっと、に、日課とか教えてくれるかな」
「……薬草畑の世話と、友達に手紙を書いたりとか、読書、とか……」
「主には走り込みや筋力トレーニングですが。ああ、あとは売られた喧嘩を買うのにも忙しいですね。飛竜が居ない間ならばと殴りかかってくる相手が多く……少し血を見せてやれば、すぐに逃げていきますが」
ハッ、と吐き捨てるように、獰猛に笑うジーク。
メイドたちが震え上がり、中には立ったまま気絶する女も居る中。
臆病なスウェルもまた、卒倒しそうになりながらどうにか口を動かしている。
しかしちょびひげがぷるぷると震えており、彼が怯えているのは明らかだった。
「そ、それじゃ、あとは若い二人に任せて……」
「俺は結構です。午後は仕事に戻らなくてはなりませんから」
「そ、そっかぁ。それじゃ仕方ないよね。ジーク殿、忙しいもんね」
取り成すようにスウェルが笑うが、ジークは素っ気なく立ち上がる。
去って行く後ろ姿を見送りつつ、セシリーは思った。
こんな男と結婚だなんて、
(――――うん、ぜったい無理!)
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