【コミック2巻発売】恋する魔女はエリート騎士に惚れ薬を飲ませてしまいました ~偽りから始まるわたしの溺愛生活~【書籍2巻発売中】

榛名丼

第1話.夢が壊れた日

 


 セシリー・ランプスは、ドラマチックなおとぎ話が大好きだ。


 継母だとか継姉だとか、意地悪な老婆だとか、海やら森に住む陰険な魔女だとか……どんな邪魔者がちょっかいかけてこようと、最後には可愛らしく健気なヒロインが、イケメンの王子さまと幸せになる物語が大好きだ。


 だからセシリー自身、毎夜のようにお星さまに祈りを捧げている。

 特に流れ星が流れた日なんかは、胸の中で歌うように唱えることにしている。


「いつか白馬に乗った王子さまが迎えに来てくれますように! いつか白馬に乗った王子さまっ! は・く・ば・の・王子さまぁああっっ!」


 実際は興奮しすぎて声に出ているのだが本人は気づいていない。

 屋敷の数少ない使用人たちに不気味そうに窓から見上げられていても、まったく気がつかない。


 そんなある日のことだ。

 十歳になったセシリーがうっとりと、いつものように(架空の)王子さまとの幸せな結婚生活について思いを馳せていると……突然部屋に入ってきた母が、キッパリと言い放ったのだ。




「セシリー、愛のある結婚なんてこの世には存在しないわ!」




 ――ピシャアアアンッッ! と雷に打たれたような衝撃が、幼いセシリーの身体を貫いた。


 というか本日まさに天気は大荒れだ。

 窓の外では稲妻が光り、雷鳴が轟いている。吹き荒れる大雨は地上を抉り、叩きつけるような勢いだった。


 雷雨の音に掻き消されないように、セシリーは大きな声を出して美しい母――グレタに訊ねた。


「そ、そうなの!? お母さま!」

「ええ、そうよ!」

「でもお母さまはお父さまにとっても愛されているじゃない!」


 それは事実だった。父と母の夫婦仲の良さはこのあたりでは知らない者は居ないくらいだ。

 娘の目から見ても二人は仲睦まじく、今でも新婚カップルのように所構わずイチャイチャしている。

 毎日そんな二人をドキドキしながら間近で見つめるセシリーは、自分と(架空の)王子さまの姿をよくそこに重ねていたものだ。セシリーは二人の姿から、夫婦というよりも、あるべき恋人同士の姿を学んできたのである。


 それなのに、と身体を震わせるセシリーにグレタは鋭く言う。


「それは、わたくしがあの人に惚れ薬を使ったからよ!」

「ほ、惚れ薬……!?」


 初めて聞く単語なのに、妙に胸をざわつかせる響きにセシリーは動揺する。


「何それー!?」

「惚れ薬というのはね。本人の意志に関係なく、を見てもらうための――相手の心を手に入れるための魔法のお薬なのよ」


 そう説明するグレタの赤い瞳は、ギラギラと輝いている。

 その中に何度も稲妻が光る。セシリーは恐怖のあまり、ガタガタと身体を震わせた。


 なぜだろう。物語に登場するあくどい魔女の姿に、今の母が重なって見える。

 涙のにじむ瞳を、セシリーは一生懸命に拭ってみせるのだけれど、ますますグレタは怪しげに見えるばかりでセシリーは怯えてしまう。


「若き日の旦那様は、別の女の尻を追いかけていてね――どうしても彼に振り向いてほしくて、わたくしはその禁断の薬を使ったの」

「そ、そんな……」

「するとアラ不思議。その日から彼は彼女じゃなく、わたくしだけにメロメロになったの。そうして気がつけばセシリーが生まれていたってわけなのよ……」


 セシリーはショックのあまり白目をむいた。

 もっとロマンティックで、ドラマチックで、運命の恋をして――紆余曲折の末に両親は結ばれて、コウノトリが可愛いセシリーを運んできたのだと思っていたのに。


(それなのに……心を手に入れるお薬を使ったから、お父さまはお母さまのことが好きになったの……!?)


 唐突に明かされた衝撃の事実を前に、気がおかしくなりそうだった。

 しかし気絶寸前のセシリーの頬をそっと撫で、グレタはフゥと色っぽく溜め息を吐いてみせた。子持ちの母とは思えないほど美しく若々しいグレタは、ずっとセシリーの憧れだった――。


「セシリーはわたくしの娘だからそれなりに可愛いけど、可愛いだけで愛されるほど恋愛というのは甘くはないの……」

「!!」


 セシリーの両の瞳にじわじわと涙が浮かぶ。

 そんなセシリーを慰めるように、震える両肩にポンとグレタが手を置いた。


「でも大丈夫よ! 惚れ薬さえ使えば、あなただってどんな殿方からも溺愛されるわ!!」

「…………」

「ウフフ、あなたにだけは特別に薬のレシピも教えてあげるわね。大切な娘だもの、遠慮はいらないわよ」

「……らない」

「え? なに?」

「いらない、そんな薬っ!」


 バシンッ! と音が出るほど強く、セシリーはグレタの手を撥ねつけた。


「痛いっ! 何するの、この白魚の手を叩くだなんて! 神をも畏れぬ所業ねっ!」

「ごめんなさい!」


 グレタの怒りの形相がすごい迫力だったので、思わずセシリーは謝った。



「で、でも――私はそんなのなくたって、私だけを愛してくれるたったひとりの王子さまを見つけるんだから!!」



 そうして、ポカンとしているグレタを置いて部屋を飛び出した。


 ……といっても嵐の中なので、どこへ家出できるはずもなく。


 最終的にセシリーは仲良しのメイドの部屋を訪ね、彼女に頼み込んでしばらくそこに置いてもらった。

 そして直後に熱を出ししばらく寝込んだ。


 ウンウンと唸り続けるセシリーの耳元で、何度か母らしき声が「ごめんねぇ」「冗談のつもりだったのよぉ」「でもレシピは書いておくからねぇ」とゴニョゴニョ何か言っていたが……悪夢にうなされるセシリーの耳には、ほとんど届かなかった。



 それが、セシリー・ランプスの――夢見がちな理想の恋愛像に、ヒビが入った日だった。



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