第45話 花を手向ける

「追放、ということは存命しているのか?」


それまで静かにブレイクの過去を聞いていたナーダが口を挟んだ。


「……あぁ。

俺が騎士を継ぐに当たって最初に課せられた使命が

『第二王妃とその娘の処遇の決定と処罰の決行』だった」


「死人を出しておいて

よく、領民がそれで納得したものだな」


目を細め、睨みつけるようにナーダが冷たく言い放つ。


「……納得、はしていないかも知れない。

俺と全く同じ思想のやつはいないから……みんな、思うところはあるだろうな」


「……実際、追放が決定した時も民衆から反対意見は出ていた。

『自分達を守る騎士が死に、民を欺いた人がノコノコと生きているなんておかしい』

そういう意見は多数あったけれど、騎士総長がまとめてくれていたからね」


ヴァールハイトは穏やかに紡いだ。

けれども、その表情はどこか寂しげで苦痛を堪えている様にも感じられた。


「どうあれ俺は、この領土を守る為に判断を下した。

民衆がそれに従うかどうかは彼らの自由だ。


……悲しみを断つのは『断罪』では無いのだ。」


「この花畑と墓跡は……せめてもの手向け

……いや、俺の自己満足かもしれないな」


ブレイクは口を閉ざし、静かに足元に視線を向ける。

一面に咲く小さな花はフリルを重ねたように波打つ花びらをしていた。

赤、白、黄色と様々な色が咲き誇る小さな花畑。


「悪いが話はここまでだ。もうじき日も暮れる。

街外れは冷え込みやすいからな、早々に街に戻ることをお勧めしておく」


そう言い放ちブレイクは足早に去って行った。


「まだ、話が途中だと思うんだけど」


不満げにリューゲは口を尖らせてヴァールハイトに詰め寄っていて

ナーダはロバールと話し込んでいる。


そんな光景をぼんやりと眺めていると強い風が通り抜けた。


冷たさと少しの潮の匂い

その中で、ほんの少しだけ甘い匂いがした。


 それが足元に咲く花々の香りである事は容易に理解できた。

この花はブレイクが用意して、育てたのだろうか。


主張はしない、けれどもそこに存在する事を知らせる甘い香り。


ここに眠る人達を忘れない

安息を願う為に用意したのだろうか。


様々な色で咲き誇る花は自然の上に生きている。

   

だが唯一ある墓跡の前には一輪だけ添えられた同種の花があった。


その花だけはその色は青く澄んでいた。


ただ一輪のその花が酷く気になって見ていると


「おや、青い種類とは珍しいですね」


ボノスがそう声をかけてきた。


「ボノスはこの花を知っているの?」


「ムーンダスト、と呼ばれる品種ですね。

自然界ではありえませんが、人が手を加える事で完成した花です

……これを弔いに並べるとは……」


「…………。」

 

言葉の続きを待ってみるが、一向に紡がれる様子はなく

ボノスの顔を覗き込んでみると


「……いえ。もうじき本当に冷え込み始めますから、一旦街へ戻りましょう」


そう笑顔で交わされてしまった。


こういう時のボノスは

これ以上なんと問いかけても言葉を紡ぐ事はない。


私は諦めて、騎士たちと花畑を後にした。

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