第42話 エドナの思い

 エドナは生まれた時点で既に騎士としての能力を身に付けた兄がいた。

それでも、その優秀な兄と『騎士の座』を争って勝ち取れとそう母親に言われて育ってきた。


強いて言えば、人付き合いが苦手な事以外騎士としての欠点が見当たらない兄。


当の本人は『妹の方が騎士に向いている』と周囲に漏らしている事もあったが

それを聞いた妹はその度に激昂した。

 

 ――兄様は、優しすぎるのよ――


遠征に旅立つ前に、確かエドナはそう告げていた。


あれは、これから起こす事件に何も気づかなかった兄に対する呆れか

自身の行く先を何の疑問も抱かずに人に説明する能天気さを心配してか


当時は何とも思わなかったが、今になってパズルのピースが埋まるように

思い当たる事が増えていく。


「兄様の評価が落ちれば相対的に私の騎士としての評価は上がる。


……それが私自身に対する評価でないとしても

それでも私は騎士にならなくちゃいけなかった」


自身の子供が騎士となり、いずれ領主を継ぐ事となれば

自身の影響力は強大な物になる


それを第二王妃は願ったのだろう。


そして、それをまだ幼かったエドナに課した。


『騎士』になることだけを望まれた子


『騎士』以外何一つも手に掴み取る事を望まれなかった子


母の愛情を望んでも、返って来るのは――騎士になれば――と言う言葉のみ。


「エドナの思いにもう少し早く気付いてあげる事が出来れば

この未来は訪れなかったかも知れない…… ただ、それは仮定の話だ。


実際、第二王妃の思いもエドナの心情も……私には推し量ることすら出来ないのだから」


領主は自嘲するように口を開いた。


「アイン。お前はどうしたい?


……今回の件で、騎士にはお前を選ぶ以外領民は納得しないだろう。

それに加えて第二王妃やエドナ、その騎士たちを裁く事を望むだろう」


望まれるは断罪、けれども……。


「実のところ私には、決断が下せなくてな」


どうするべきか、今後を考えるのも『騎士の役目』とでも言うつもりなのか

領主が言葉を紡ぐと同時に


「斬首でも追放でも何でもすればいいのよ」


凛と張り詰めた声が響いた。


振り向くとそこにはまだ幼さの残る金髪の少女が一人。


「エドナ……」


「君は自分がそうなりたいと望むのかな」


言葉を紡げないアインの代わりに領主は娘にそう問いかけた。


眉間に皺を寄せ、唇を固く結んだエドナは


そのまま、静かに縦に首を振っていた。

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