6.あんなサラリーマン居りますかねえ
轟音と共に射出される巨大な刀。ギガントアーム・スズカゼ武器形態。
その柄へ、一郎は手を伸ばす。掴む。
掌中へ返る固い感触。気付けば一郎の身体は、先の戦闘で見た青色の巨体となっている。己の意志で、己の身体をギガントアーム制御用の形態へと置き換えたのだ。
更に一郎には分かる。己の中に二筋、自分の物ではない魔力のラインが走っている事が。
片方のラインの名はミスカ・フォーセル。一郎が巨大化する折、便乗して一体化して来た二人目のパイロット。
ミスカは一郎の腕を渡る。スズカゼの柄へアクセスし、己で設定したパスワードを入力。堰き止められていたシステムが解放され、一郎はスズカゼの変形機構を掌握。同時にもう片方のラインが繋がる相手、即ち三人目のパイロットことティルジット・ディナード四世へ呼びかける。
「準備は良いかい、ジットくん!」
「大丈夫です! 重力制御魔法がコクピットを守ってますので!」
「分かった! じゃあ行くぞ――」
一つ、咳払いをした後。
一郎は、昨日のうちに決めていた呪文を、変形を己の意識下に置くためのキーワードを叫んだ。
「――モード変換!」
一郎の声を皮切りに、三方へと分離するスズカゼ。刀身の上半分、下半分、鍔から下の三部位へ分かれたパーツ群は、青く巨大な一郎を中心として衛星のように浮遊回転。変形開始。
この時丁度左前方に居たグラウカがアサルトライフルの掃射を浴びせたが、スズカゼにも一郎にも届かない。パーツ群から放たれる魔力の一部が、半球状の防御フィールドを作って変形を守っているのだ。これにより、スズカゼの変形はつつがなく進行する。
まず刀身の上部分。刃というには相当に肉厚だった鋼が展開し、形を変え、現れるのは巨大な上半身。
次いで刀身の下半分。刃というには相当に肉厚だった鋼が展開し、形を変え、現れるのは巨大な上半身。
最後に鍔から下の部位。柄部分が縦二つに分かれ、形を変え、現れるのは巨大な頭部とバックパック。
かくて形を変えた三つのパーツは、再び一つになるべく寄り集まる。その集合点には、巨大な青い巨人がおり。余剰魔力による強烈な閃光が周囲を焼く只中、パーツ群は巨人を鎧うべく合体を開始する。
まず青い巨人の腰から下に、スズカゼの巨大な下半身が重なる。一体化。魔力が通い、脚部スラスターから光が噴出。
次に青い巨人の腰から上に、スズカゼの巨大な上半身が重なる。一体化。魔力が通い、五指が拳を握りしめる。
最後に青い巨人の頭部に、スズカゼの巨大な頭部が重なる。一体化。甲冑でいう面頬に当たるマスクが遮蔽し、額のアンテナが展開。赤いツインアイがぎらと光る。こうした一連の変形合体は、光が収まるまでの数秒間に完了している。
光が晴れると同時、響くは大地を踏みしめる巨大な振動。ばさばさと逃げていく野鳥には目もくれず、グラウカは周囲の僚機へ信号を送る。
そうする合間にも、鎧武者に似たシルエットを持つ青色の機械巨人――ギガントアーム・スズカゼは、膝立ち状態からゆるりと立ち上がり。
「ギガントアーム・スズカゼ! 戦闘モード、移行完了!」
朗々と叫ぶその声は、間違いなく加藤一郎のものであった。
◆ ◆ ◆
「……ん?」
そうして、一郎は発見する。
古びた六畳間の一角。壁にかかっている場違いに巨大なモニタ。
その前へ座布団を敷いて座っている自分自身に。
「……えっ?」
「いやーもー長かったーめんどくさかったなー」
声の方向へ振り向けば、ちゃぶ台の向こうに見知った顔が一人。ティルジット・ディナード四世が、軍服の襟を緩めながらあぐらをかいていた。
「え。えっ?」
「気を散らすな加藤。来るぞ」
今度は真横から声。見やれば、そこにはいつの間にか同じく座布団に座るミスカ・フォーセルの姿。折り目正しく正座する彼は、どういう訳かゲーム機のコントローラーのようなものを持っている。
そして一郎も気付く。自分も同じコントローラーを持っている事に。
「何これ!? どういう事!?」
全く訳が分からない一郎だったが、ゲーム機という事で反射的に反射的にモニタを見る。映っていたのはゲームの画面、ではなく森の中に立つ敵機、グラウカの姿。
「これは」
その意味を認識した瞬間。
一郎は、吸い込まれた。
意識が。
画面へ。
比喩でなく。
「これは!?」
拳を握る一郎。鋼の腕が、スズカゼの五指が、それに応える。
今度こそ、先の戦闘と同じだ。一郎の意識はギガントアーム・スズカゼの躯体と、完全同調状態にあった。
そして、だからこそ分かる事が二つ。
一つはセンサー。この場を目指して近づいて来る熱と魔力の反応。即ち敵グラウカの部隊。スズカゼは今これに相対している。
もう一つはシステム内部。スズカゼの魔法ストレージ内に作られた、ごく狭い仮想空間。一郎は先程この場所に居たのだ。
いや、厳密には今もそこに居る。機体内部の仮想空間なのだから、意識の置き場が変わっただけなのだ。
だからミスカとジットがこの仮想空間に居たのは、何もおかしい所は――。
「――いや! やっぱおかしいって!」
叫び声とは裏腹に、滑らかな駆動で半身になるスズカゼ。直後、胸部装甲直上を弾丸が掠める。グラウカのアサルトライフル射撃だ。
照星は当然の如くスズカゼを追尾。だが第二射が放たれるよりも早く、スズカゼのスラスターが唸りを上げた。
跳躍するスズカゼ。スラスター推力の加味によって高く舞い上がるその軌跡を、グラウカの射撃はなぞる事しか出来ない。
第三射。スズカゼは左に跳躍回避。
第四射。スズカゼは右に跳躍回避。
第五射。スズカゼは、今までより更に高く早く飛び上がる。
このままスラスター方向を調整し、スズカゼは空中で回転。推力調整。落下軌道、及び姿勢の変更。右足を突き出し、完成するは急降下跳び蹴り。
その着弾点には、当然ながら第六射を狙うグラウカの姿があり。
かくて引鉄が引かれるより先に、突き刺さったスズカゼの一撃が敵機を爆散させた。
「ふ、う」
一つ、一郎は呼気を吐く。コントローラを持つ手にそれがかかる。だが同時に足元で火を噴くグラウカだった鉄塊の熱も感じている。
「身体が、二つあるみたいだ」
「実際そうだからな」
「直に慣れるだろう、加藤なら」
「だ、と、良いけど」
頭を振って眩暈を追い払いつつ、一郎は何げなくミスカの方を見た。
そこには。
ミスカ・フォーセルが、二人いた。
「……? ?」
「なんだ、どうした加藤。妙な顔をして」
「なんだ、どうした加藤。妙な顔をして」
「いや、いやいや! どうかしてんのはそっちだろ!? なんでいきなり双子になってんの!?」
「そんな事か。単に精神を分割しただけだぞ」
「ここは仮想空間だからな。この程度の芸当は当然出来る」
「うわー軽く言っちゃってくれるねえサラウンドで。てか何の為にそんな事を?」
「勿論、本当の交渉を始めるためだ」
そう言うと、一郎から見て奥側にいたミスカが立ち上がる。
「交渉? 本当の? そもそも誰と?」
「それはこっちで進めるから気にしなくていい。それより新手が来るぞ」
隣で座り続けているミスカに諭され、一郎はもう一度モニタを見る。再びスズカゼの視点になる。
と同時に気付く。センサー。接近する熱源。
見やる。東の空、森の向こう。背部スラスターを全開にし、近づいて来る複数の敵影。
「ど、どうする!?」
「ウォルタールの被弾可能性と、包囲による行動不利。どちらも受ける訳にはいかない」
「つまり?」
「攻めるぞ。敵が数を揃えるより先に潰して回るんだ」
「なる、ほどっ!」
ミスカの助言に従い、一郎はスズカゼを操作。脚部及び背部のスラスターが爆発。生み出された推力によって鋼の巨人が空を駆ける。
その最中、一郎の後ろのちゃぶ台。着席したもう一人のミスカは、卓越しにもう一人のパイロットと相対する。
「さて。相当に回りくどくなってしまったが、ようやく本音が聞けるという事で宜しいのかな」
「宜しいですとも。あの場所じゃあ、どーしてもディナード四世の肩書きが邪魔でしたからねえ」
にこやかに笑うティルジット・ディナード四世。その最中、一郎は新手のグラウカ二機と相対していた。
「う、お、おっ!」
スラスター推力そのままに、一直線の鉄拳で強襲するスズカゼ。狙うは右のグラウカ。だがその直線上へ、左のグラウカが割って入った。
左グラウカは腕を構える。その上腕には、人間サイズにするならマンホールほどの丸い金属板が装備されている。いわゆる
一郎は怖じない。戦意高揚魔法はこの程度のものに脅威を感じさせない。
故に。
その丸盾を中心として展開された光の大盾を、一郎は見事に殴りつけてしまった。
轟音。
衝撃。
弾かれあい、たたらを踏む両機。
グラウカにダメージは無い。盾で防御したのだから当然だ。
スズカゼにもダメージは無い。不慮の衝撃だったが、この程度でどうなる機体ではない。
むしろダメージがあったのは、感覚を共有するパイロットの方だった。
「痛って、痛ってぇー! でっかくなるのかよ!」
「防御フィールド発生装置という事だ。見た目に騙されるな」
「身に染みて分かったよ、っと!」
サイドステップするスズカゼ。直後、その上半身があった場所を火線が走った。盾グラウカの後ろに居たもう一機のアサルトライフル射撃である。
「厄介な……!」
攻めあぐねる一郎。その背中とモニタ内の戦闘を眺めながら、ジットはすっかり寛いでいた。気付けば彼の服装は最初にあったツナギになっており、ちゃぶ台の上にはオレンジジュースが置かれている。魔法による仮想空間は味をも再現できるのだ。
「はてさて。一息ついたところで、改めて交渉しましょうか」
「その必要はない」
ジットと向かい合うもう一人のミスカ――ミスカBは、自分のコップにオレンジジュースを注ぎながら言った。
「ほう。何故です?」
「僕達がこの卓に着いた……いや。ギガントアーム・スズカゼの出撃に同意した時点で、アナタには分かっている筈だ。僕がアナタの真意に気付いている事に」
「いて、いってえ! ああもうどうすりゃいいんだ!」
「加藤は移動に専念するんだ。攻撃は僕が行う」
ミスカAはコントローラを操作、スズカゼの内蔵装備の起動にかかる。それと並行しながらミスカBはジットへと語る。これまで積み重ねた推論を。
「思い返せば、最初からおかしかった。ギガントアーム・スズカゼ……いや、ランバを発見したあの時から、既にキミは生身だった。危険地帯に赴くのだから、魔法による精神分体を使うのが道理の筈だ。今の僕や加藤のように」
「それは……えぇと。そうそう、意識伝達のトラブルを極力避ける為ですよ」
オレンジジュースを傾けるジット。同じタイミングでスズカゼの右腕、変形前は日本刀の刃部分を構成していた部位に光が灯る。
光は瞬く間に拡大し、スズカゼの右前腕を包み、直後に弾けて消える。
「これは」
目を剥く一郎。何故ならスズカゼの右前腕には、二連ビームガン内蔵の増加装甲が装着されていたからだ。
「八時方向から敵増援! 足を止めるな加藤!」
「わ、分かってるって!」
スラスター推力で攻撃を避けるスズカゼ。モニタ越しにそれを見ながら、ジットは続ける。
「言葉の伝達ですらあのように滞る事がちょくちょくあります。まして調査対象は正体不明のギガントアーム。これにもし精神分体へのジャミング機能が搭載されていたら、調べようがないですからねえ」
楽しそうに笑うジット。こんな所でどうでしょう、とでも言いたげに。
「……成程?」
片眉を上げるミスカB。
どうやらこれは、はぐらかされている、と言うよりも。
試されている、と見た方が良さそうだ。
ミスカBとしても望む所だった。
「確かに可能性としてはゼロではないな」
「だったら」
「だが。少なくともあの場に限っては無理筋な話だ」
画面の向こう、スズカゼの腕部ビームガンがグラウカを照準。射撃。着弾。爆発。
「おや。何故です?」
「キミ自身が最も良く知っている筈だ、ティルジット・ディナード四世」
画面の向こう、スズカゼの腕部ビームガンが更なるグラウカを照準。射撃。着弾。爆発。
「と言うと?」
「アクンドラ。共和制に移行したとはいえ、それは僅か十三年前の事。現にアクンドラの最大与党は、旧王国時代の王族が議席を持つアクンドラ民治党だ。血筋の力は未だ強し、と言ったところだな。ティルジット・『アクンドラ』・ディナード四世殿」
画面の向こう、スズカゼの腕部ビームガンが更なるグラウカを照準。射撃。着弾。爆発。一際強烈な爆発は、ジットの細面を一瞬白く染める。
「……僕は、政治家ではありませんが?」
「だとしても、ディナードの名を聞けば概ね察しはつく。旧アクンドラ王国、その王家に連なる家系の一つの名とあればな。ウォルタールのような先進技術の塊を所持出来ている理由もそれだろう」
ここでようやくミスカBはオレンジジュースを一口含んだ。背後では一郎が盾持ちのグラウカに苦戦を強いられていた。
「さて。そうなるとこれまでの状況に大きな矛盾が生まれる。何故そのような貴人が、ロクな護衛も無く生身でギガントアームの調査をしており、あまつさえ敵対国の人間と共に同じ機体へ乗り込んだのか?」
「母国での立場が弱いからでしょう。それなりのチカラがあるとは言え、所詮傍流の七男ですからねえ。あるいは単に趣味とか」
「成程。実に含蓄のある意見だ」
爆音。また一機のグラウカを撃破するスズカゼ。だが二人の耳には届かない。
「だが、それだけではやはり理由にならない。わざわざ危険を冒す理由が分からない、が」
「が?」
「一つの前提を裏返せば、こうした矛盾全てに説明がつく」
「それは?」
爆音。スズカゼの攻撃を新たな盾持ちのグラウカが防ぐ。別方向からの射撃を掻い潜りながら、ミスカAは新たな武装を呼び出す。
「ランバの周囲。あるいは、スズカゼのコクピット内。それが最も安全な場所だったからだ」
まっすぐに、ミスカBはジットを見据えた。
ジットは、ミスカBの双眸を真っ向から受け止めた。
「ティルジット・ディナード四世、アナタは暗殺を警戒しているのだ。臣下が居る平素の場よりも、単独で居られる戦場や発掘場の方が、逆に安心出来るくらいに」
結論付けるミスカB。
ジットは、程無く微笑を返した。
「素晴らしい、概ねその通りですよ。流石は僕が見込んだ戦士だ」
「痛み入る。最も書類上、僕は戦士でなくサラリーマンなんだがな」
そんなミスカBの背後、ミスカAはスズカゼに新たな武器を装備させる。
位置は左脚。右腕の時と同じように現れて装着された増加装甲には、巨大な杭打機が内蔵されていた。
「なにこれまたディバイダってヤツ!?」
「違う、パイルバンカーだ。あの盾持ちを殴る。接近するんだ加藤」
「分かった!」
三方から浴びせられるグラウカの射撃を掻い潜り、あるいは腕部装甲で防御しながら突進するスズカゼ。待ち受けるは丸盾から防御フィールドを展開させるグラウカ。その後ろでは別のグラウカがアサルトライフルに給弾している。
「これ、でッ」
その、二機の胸部を結ぶ直線上目掛けて。
ミスカは、スズカゼに飛び蹴りを叩き込ませた。
体重と推力が十全に乗った一撃であったが、それでもようやく盾持ちグラウカが揺らいだ程度。だがそれで良い。動きを止めるのが目的。ミスカは即座に二撃目、脚部パイルバンカーを叩き込む。
ごう。
強烈な貫通力と、魔法による伸長を加えられた一撃は、盾を貫通した上に二機のグラウカを過たず貫いた。
他のグラウカ達の照星が狙うが、もう遅い。スズカゼは即座に逆の足で盾を蹴り、上空に跳躍。直後に二機のグラウカは同時に爆散した。
「あんなサラリーマン居りますかねえ」
「少なくとも、ここに一人な」
口角を上げるミスカBとジット。
やがて、ジットは口を開いた。
「一つ違う点があるとすれば。僕が警戒しているのは暗殺だけでなく、スパイ行為もです。むしろそちらの方が重要ですね」
防御の要を失い浮足立つグラウカ達。その隙を逃さず、スズカゼは切り込んでいく。
「スパイ……エルガディア魔導国と繋がりのある者が、ウォルタールの乗組員内に居ると?」
「ええ、十中八九。そもそもエルガディア魔導国に通じる者達は、アクンドラのみならず世界各国に結構な数が居た筈ですよ」
「……根拠は?」
「今のイーヴ・ラウスの有様が、そのまま答えです。たった一国による、類を見ない程に大規模な魔法作戦。幾らエルガディア魔導国が魔法先進国とは言え、単独でこれ程の事が起こせるでしょうか」
「それは……」
「ギガントアーム・ランバの調査を一人でやっていたのも、元をたどればそのためです。どこで、誰が、どのような形のアンテナを張っているのか。慎重を重ねると、ああなるしかなかったのですよ」
成程、とミスカBは思う。ジットが部下達へ意図的に遮断していたのは、ミスカの人となりだけではない。恐らくジット自身の動向や目的すらぼかしていたのだろう。そうでなければトーリス戦時、もっと早くウォルタールが駆けつけて来た筈である。
しかし、だからこそ。
「分からないな」
「何がです?」
「本当にスパイがいるのかどうか、だ。アナタの事だ、乗組員の選出にしても相当に吟味を重ねたのでは?」
「んん……そう出来れば良かったんですけどね」
ここで初めて、ジットは言葉を濁した。モニタ越しのスズカゼは、それとは対照的な大暴れを続けている。
「どうあれ。フォーセルさん、そして加藤さん。お二方との出会いと、そこから繋がるギガントアーム・スズカゼの制御状況、及び強大な戦闘力。これは僕にとって予想外の状況です。それは必然、スパイにとっても同様でしょう」
「つまり?」
拳打。射撃。蹴撃。跳躍回避。飛び蹴りからのパイルバンカー。胴体に大穴を穿たれたグラウカが吹き飛び、別のグラウカと激突、爆散する。
「この状況を最大限に利用します。現状、スパイもまたこの状況に戸惑っている筈です。恐らく、いえ、間違いなく我々以上に」
「それは、確かにそうだろう。僕の立場で例えるなら、キーン達との通信を封鎖されているようなものだ。コイツはうまくない」
「そうでしょう。よって、我々はこのままエルガディア魔導国に敷設された巨大六角形の一つへと接近。可能な限りの情報収集を試みます」
「やれやれ、なんとかなったな」
その時、一仕事終えたミスカAがミスカB達へと振り向いた。部屋のモニタとスズカゼのセンサーに映る敵影は、いつの間にか全て無くなっていたのだ。
「そっちの状況を知りたい。今同期を」
「いや、もう少し待ってくれ僕」
リスクは高い。
だが断る理由もない。
この状況を打開するためには、まず安定したエルガディア・グループとの通信確立が必須だ。その為には遅かれ早かれエルガディア魔導国と戦う必要がある。当然その際の戦力は少しでも戦力が多い方が望ましい。
例えその戦力内に無視できぬ
「ふむ。悪くない方針だ」
「……あれ? よく見たらここ俺の部屋じゃない?」
「それはそうだろう。加藤の記憶を参照して作られた仮想空間だからな」
唯一気に入らない点があるとすれば、状況の主導権をティルジット・ディナード四世が握っている事だろう。彼が潜在的な敵国アクンドラの者だから、というだけではない。ウォルタールの乗組員から不安要素を排除しきれていないからだ。
理由は分からない。だがアクンドラ本国から押し付けられたのだ、という察しはつく。それはつまりアクンドラ本国内部にスパイが浸透しており、かつティルジット自身の立場も微妙なものであるという予測に繋がる。やもすれば、それを打破するための武勲として今の調査作戦を提案したのかもしれない。
仮にそうだとすれば、ウォルタールに長く留まるのは危険だ。今提案された以上に無茶な作戦へ駆り出される可能性が高いのだから。
最も現状、そう簡単にウォルタールから離れられられる状況ではない。だとしても、決別のタイミングは常に伺っておく必要がある。ミスカBはそう結論する。それから、もう一人の自分と同期する。
「……成程な」
ミスカは、改めてジットを見やる。当面の間、仲の良いフリをしなければならない相手。視線の色から察するに、向こうも同じ事を考えているか――などと思考するミスカとジットの間へ、一本のペットボトルがどかりと割って入る。
「は」
「え」
「ん? どうしたんだ二人とも」
ちゃぶ台に胡坐をかく一郎は、コップをミスカとジット、それから自分の手元に置く。それから黒っぽい液体で満たされたペットボトルの封を切る。
弾ける炭酸。しゅうしゅうと音立てるカラメル色を、一郎はコップへと注いでいく。
「なんか知らんけど、小難しい事終わったんだろ? なら一息ついて乾杯しようぜ」
ニッ、と笑う一郎。毒気の全くない笑顔。ミスカとジットは、顔を見合わせる。
それから、少し笑った。
「それは、まあ」
「正論、ではありますね」
「だろ?」
地球でも指折りに有名な飲料は、三人の喉を潤した。
それはその後の三人にとって、生涯忘れられない味となった。
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