第16話 子供たちの夏休み(祟り神)

 僕の名はモーリッツ=マイナ=デコーユ。

 ディアブロ学園、幼等部2年A組の学級委員長だ。

 A組の学級委員長は格下の組の学級委員長より権限がある。

 事実上の上司だろう。A組の学級委員長には書記がつくしな。


 その書記の名はミランダ=ラ=シュトルム。

 名門シュトルム大公家の娘にして、A組での成績は僕に次ぐ次席。

 そして、僕の婚約者だ。

 とてもよく気の付く奴で、僕を上手にサポートしてくれる。


 え?ちゃんと好きなのかって?

 好きでもない女と政略結婚する未来もあったんだが、それは無くなった。

 ミランダはお茶目で可愛い上に、僕を立ててくれる献身的な女の子だ。

 いたずらな目で上目遣いに見つめてくるのを見たらもう………!

 そんな娘、好きにならない方がおかしいんだ!


 しかも、結婚したらシュトルム大公家(貴族の最高峰)の分家当主になれる。

 大公様(先輩と呼んでいる)の誓約書付きなので、裏切られる心配もない。

 恋愛的な意味でも、打算的な意味でも、これ以上の相手はいないだろう。


 身長はまだ追いついてない(ミランダ140㎝、僕138㎝)けど、すぐ追いつくさ。

 ミランダはヴァンパイアだから、これ以上背は伸びないのだ。

 大人になった時の事を考えると、とっても小柄な奥さんになるのか。

 それはそれでカワイイかもしれない。


 ちなみに今はディアブロ学園は夏休み。

 宿題の読書感想文を書くために、ミランダと一緒に図書館に来ている。

 「読むの決まったー?」

 急にミランダが顔を覗き込んできた。本を取り落としそうになる僕。

 足音………わざと殺してきたな?ミランダはそういうのが得意だ。

 「バカ、急に顔を出すなよ。ミランダでなければ裏拳だぞ」

 「お?顔赤いよー?ドキドキしてくれた?うふふ」

 「ドキドキするに決まってるだろう?好きなんだからさ」

 「ちょっ………お返しされちゃった」

 今度はミランダの顔が赤い。


 「お前も本を借りたなら、そろそろ寮に帰るか?」

 僕とミランダは現在、同じ屋根の下で暮らしている。

 しばらく前(春頃)に僕の寮は火災にあった(あれは大事だった!)

 なので、先輩とミランダ(家族なので同居が許可されている)の寮に居候していた。

 直り次第帰る予定だったのだが、先輩が寮担当の先生に「もう身内同然だから」と言って交渉した結果、そのままその寮にいられる事になったのだ。

 今は先輩、ミランダ、僕が一緒に暮らしている。もちろん部屋は別々だぞ!


「うん、借りたから帰ろっか」

「先輩に相談に乗って欲しい宿題もあるしな」

「雷鳴はもう、宿題終わったらしいよ」

「もう!?さすが先輩!」


「その代わり、魔帝図書館で邪神系の魔導書を読みに行くって言ってた」

「正気度は大丈夫なのかな?それ」

「例によって時戻りで1秒後には帰って来るけど、入院は要るかもって言ってたよ」

「うわあ………いやでも僕も、寮にある魔導書を読むべきかな」

「あたしは読むつもりだから、二人で研究しよう」


 寮についた。ここは土足厳禁なので、玄関で靴を脱いで中に入る。

 部屋に読書感想文用の本と荷物を置いて、リビングの方に行く。

 リビングには暖炉―――今の季節は炎ではなく、花が飾られている―――があり、その対面にクッションの山と多数の座椅子がある。

 そこに先輩の姿を見つけた僕は、近くの座椅子に座り込んだ。


 少ししたらミランダもリビングに入って来た。

 両手にマグカップを持っている。ひとつは僕のだ。

「はい、モーリッツ、お茶(ここではそういうが茶ではない、血だ)」

「ありがとう、僕もすっかり血の味が分かるようになったよ」

「ヴァンパイアと結婚するんだから、いい事だよ!」


「ところで先輩、ご相談があるんですが、いいですか?」

 先輩は読んでいた本から顔を上げる。

「おう、どうしたモーリッツ?」

「夏休みの宿題で伝統芸能とその歴史を、現地まで行って調べてこないといけないんですが、そういうのにあまり興味がなかったので、知らなくて」

「あたしもそういう勉強はしたことがないし」

「そういうことで、知っているものがあれば教えて貰えないかと………」


「んー。そういうことなら、後継者がいなくて消えそうなやつが一つ」

「消えそう?どんなのですか?」

「お前たち「ゴースト・ドール」か「ティアドロップ・ドール」って知ってるか?」

「ゴースト・ドールなら聞いた事が。黒い木を使った子供の人形で、微笑んだ顔が彫ってあって、首から下は死に装束が彫られている………で合ってますか?」


「合ってる。「ゴースト・ドール」は割と一般的なんだが、伝統芸能は「ティアドロップ・ドール」の方なんだ。詳しい事は現地で聞いたらいい。宿を手配してやるよ。もうすぐ「ティアドロップ・ドール」を使う祭りの時期のはずだ」

「はい、わかりました。先輩の勧めならそこにします」

「雷鳴のおススメかあ。怪奇現象が起きそうだね」

「失礼な。普通のを選んだはずだぞ」

「はずって何?」


 わいわいと話しながら夜はふけてゆき―――2日後。

 僕とミランダはザガン村への乗合馬車に乗っていた。

 現地の村は制限空間だったため、これしか交通手段がなかったのだ。


 馬車から下りると、さびれた感じの村だった。

 看板があり、宿屋までの行き道が描かれている。

 先輩の事前情報によれば、宿屋は村に1軒しかないらしい。

 少し歩いただけで到着したが、やはりさびれた宿だった。

 ちなみに2泊3日を予定している。


 宿屋の主人らしき男性にチェックインを頼むと、すんなりチェックインできた。

「あんたがた、いい時期に来なさったね。ちょうど明日夏祭りをやるでね。もしよかったら行ってみんさい。あんたがたみたいな若いのが来るのは何年ぶりかね。みんな喜んでくれるよ」


 宿の受付は、名産品らしいゴースト・ドールがたくさん置かれている………っと、黒い木彫りのはずが、白灰色の木彫りで、泣いている様な顔をしているものがある。

「ねえ、おじさん。これがティアドロップ・ドール?」

「そうだよ、白(天使の色なので、悪魔としては)は縁起が悪いから、あまりたくさんは作られてないけどねえ」

 そう言っておじさんは、この村の簡易地図を取り出して渡してくる。

「ドールの工房に行けば、もっと詳しく分かると思うよ」


「レポート作成の為には、こけし工房に行くしかなさそうだな」

「そうみたいだね、体験教室とかやってないかな?」


 荷物を置いて、午後になったところでドール工房に着いた。

 50歳前後の男性が1人で作業中だ。後継者がいないって先輩も言ってたな。

「やあ、あんたたち、見学かい?」

「体験教室はやってないの?」

「おお、体験もやってるよ。良かったらこの村の名産のティアドロップ・ドールの方を作ってみるかい?」

「「お願いします」」


「ティアドロップ・ドールは歌いながらでないと、うまく作れんのじゃよ。結構根気が必要でな。1つ作るとすごく疲れるんじゃ。あんたがたは若いから大丈夫だと思うけんどね。若いうちは何事もけいけんじゃね。歌を教えてやるけん、歌いながら作ったらいい」


 冷たい夏なら作りましょ かわいい子供のお人形

 母さん泣いても作りましょ やまいけしうちお人形

 水が枯れたら作りましょ かわいい子供のお人形

 子供泣いても作りましょ やまいけしうちお人形

 ナマズが跳ねたら作りましょ かわいい子供のお人形

 鬼が哭くから作りましょ やまいけしうちお人形


「モーリッツ『勘』が言ってる。覚えておいた方がいいよ」

「安心しろ、僕は写真記憶持ちだから」

「それは安心だね。あたしは自信ないもん」


「完成した………なんか疲れたぞ」

「あたしもー。妙に疲れたね」

「おじさん。ティアドロップ・ドールの由来とかは無いんですか?」


「昔、大きな事故があったんで、その供養のために作っておったんじゃよ。でも、作るのが大変だからね、最近ではあんまり作っておらんね」

「大きな事故というのは?」

「わしの親父の頃の話じゃから、詳しく知らんのじゃよ。親父ももう亡くなっとるし………土産屋の婆さんなら知っとるかもしれんな」

 これだから下級悪魔は。寿命が短い………。

 しかし、大きな事故っていう時に、こっちを見て哀しそうにするのは何故なんだ。


 そろそろ宿で夕食の出る頃合いだ。ティアドロップ・ドールも作ったし戻ろう。


 そこそこだった夕食を終えて部屋に帰って来た。

 すると、窓から子供がのぞいている。何だ、失礼な。

「モーリッツ、ここ制限空間なんだけど。普通のぞけないよ、あれ」

 思わず顔を見合わせてしまった。心霊現象か?


 寝る準備をしていると、廊下をバタバタと走る音が聞こえた。

「うるさい宿だな」

 僕の言葉を受けて、ミランダが扉から顔を出す。

「何か泥水があちこちにあるけど、誰もいないよ?」

「またか………」


 眠ろうとすると金縛りにあった。人生で初めてだ。

 ミランダが気付いて揺り起こしてくれたからいいようなものの………。

 うんざりだ。

 とどめに、寝てる間はラップ音でうるさかった。


「おはよ!今日は気を取り直してお土産屋さんに行って話を聞こう!」

「そうだな、この部屋はうんざりだ」


「こんにちわー。ティアドロップ・ドールのレポートを作成してる者なんですけど」

 ミランダが笑顔をふりまく。

「うちはティアドロップ・ドールは扱ってないよ」

「工房できいたんですけど、ティアドロップ・ドールの由来になった大事故について聞きたくて。ご存じなら教えて貰えませんかー?」


「昔の事での。第一次天魔大戦の頃な。30人。巻き添えを食って子供らが死んだんよ。その供養でティアドロップ・ドールさ作るようになったんよ。夏祭りで、奉納するのにね。その供養さしてれば、うちの子供だって………さあ、もういいだろ、帰ってくれな」


「意外と昔の話だったね」

「そうだな、これだけ経ってれば、記憶が風化しても仕方ないか………」

 喋りながら歩いていたら、簡易地図に「小中学校」と書かれている地点まで来た。

 ………廃校になって随分経っているように見えるな。

「ねえモーリッツ、思ったんだけどこの村、子供が全然いなくない?」

「言われてみれば、見かけてないな」

「『勘』だけど、多分1人もいないと思う」

「ミランダの『勘』なら正しいだろうが、夏祭りでわかるだろう」


「次は役場に行って歴史でも確かめるか。図書室ぐらいあるだろう」

「役に立つかなあ………?」

 結論。役場の情報はあやふやで役に立たなかった。

 その代わりといっては何だが、本を2冊見つけた。


 1冊目。怨念や怨霊などを神としてまつる事で、神様へと昇華する伝承。


 2冊目。フィクションのようだが、かなり詳細にリサーチされて書かれている。

 祟り神の中に取り込まれた主人公が、呪文を唱えて浄化するというストーリーだ。


「う~ん。パッとしないな。ミランダはどう思う?このままでもレポートは書けるだろうけど、何か足りない気がする」

「そうだなあ、工房に行くのがいい気がするよ」

「ならそうしてみようか」


 工房に行くと、おじさんは歓迎してくれた。

 世間話をしているうちに、昨日のちゃちい怪奇現象の話になる。

「よくわからんけど、変な事があったんなら魔帝陛下にお祈りしたらどうじゃね。やしろがあるから。巫女さんが死んで、立ち入り禁止になってるからこそっとな」


 職人は、職人が自分一人になってしまって、ティアドロップ・ドールを作るのは骨が折れるので、去年からはゴースト・ドールを奉納しているとも言った。

 それは普通ダメな気がするが………とりあえずやしろに行ってみようか。


 やしろに行く途中、大きな淵を見た。何だかうすら寒い。

「近寄らない方がいいよ、行こっ!」

 ミランダがそう言うなら、そうなんだろう。


 やしろに着いた。まず目に飛び込んでくるのは奉納された30体のゴースト・ドールだ。ティアドロップ・ドールは1体もない。

「よくないね、これ」

「何で村の下級悪魔どもはダメだと思わないんだ?」


 とりあえずお参りをして、やしろを探索させてくださいと陛下の像を拝んでおく。

 片付けられているが、祭壇の上に、ぽつんと置かれた本がある。

 それと、巫女が残したのかノートが見つかった。


 本はかなり古い魔界語で書かれているが、読めないほどではない。

 厄除け人形の作り方と、呪文が載っていた。

 呪文は『水子鎮めの呪文』のみだ。

「ドールの作業歌とほとんど同じ呪文だね、これ」

「これも覚えておくべきか?」

「うん、覚えておいた方がいいよ」


 次に巫女の手記をざっと読む。

 ティアドロップ・ドールを奉納できなくなって、心配しているようだ。

「………私は心配だ。形骸化された今の儀式では、その効力すら当てにできなくなるだろう。その時、祟り神は祟らないのだろうか。それとも長い月日で成仏してくれたのだろうか」


 外に出てみると、月の位置からしてもう夜だ。

 祭りの時間になったらしく、やしろの前からも広場で行われている祭りが見える。

 夏祭りは、ひっそりとしめやかに行われている。

 子供のいない夏祭りは寂しいものだ、辛うじて数店の出店があるぐらいである。


 祭りを見ていると、どこからか―――僕たちの周りだけ―――霧が出てくる。

 霧を凝視していると、徐々に霧が晴れて来た。

 そして気が付くと、何故か村はずれの淵まで来ていた!

 

 遠くに祭りの音楽が聞こえていたが、次第に子供の叫び声、泣き声、笑い声とあらゆる声が混じって来る。

 

 淵からゆっくりと子供たちの姿が現れる。しかしその姿は子供たちが折り重なりまじりあい、まるで一つの物体のように見える。

 即座に、その場からの退却を試みたが―――不覚にも、伸ばされた触手につかまってしまった。そのまま体内?にとりこまれてしまう!


「モーリッツ、呪文を!役場にあった物語みたいに!」

 退避できたらしいミランダが、外で叫んでいる。

 ええい、唱えてみよう!


 冷たい夏なら作りましょ かわいい子供のお人形

 母さん泣いても作りましょ やまいけしうちお人形

 水が枯れたら作りましょ かわいい子供のお人形

 子供泣いても作りましょ やまいけしうちお人形

 ナマズが跳ねたら作りましょ かわいい子供のお人形

 鬼が哭くから作りましょ やまいけしうちお人形


 何か、無数の思念が解放されて散っていくのが知覚できた。

 ふいに何かに押されるように、淵の中から水面に出る。

 淵の底まで行っていたのか………うすら寒い。

 周囲には、膨大な時間にわたって奉納され続けていたドールが山になっている。

 気持ち悪い………結構正気度が削れた気がする。

 帰ったら先輩に相談しなくては。


 結局僕は『教え:瞬足:飛行』で空を飛んだミランダに救出された。

 宿に戻り、今回は怪奇現象なしでゆっくりする。

「レポートには、さっきの顛末も書くべきだな」

「呑気な事を………本当に心配したんだからねっ!」

「ミランダの声が無かったらやられていた………ありがとう」

 そう言ったらミランダに抱き着かれた………抱き返す。


「ねえ、一緒の布団で寝ようか」

「………今日だけな」


 そして僕たちは眠りにつき―――次の日には帰還したのだった。


 そうそう。後に聞いた話では、あの村は過疎化して無人なったという事だった。

 祟り神が現れた事で、みんなが村を出て行ったのかもしれない。

 そして必要なくなったティアドロップ・ドールは忘れられていくのだろう。

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