第4話 お部屋デートで実験するお姉さん

 前回の遊園地デートの実験で挙動不審だった綾奈さん。少し心配になりながら、俺はいつもの事務所へと向かう。


 綾奈さん、凄く可愛いし年上の魅力で色っぽいけど、遊園地デート初めてとか言ってたから、実は男性慣れしてないのかな?


 そんなことを考えながら事務所のドアを開けた。


「こんにちは」


「あっ、こんにちは。今日もよろしくねっ」


 いつもの太陽のような笑顔で俺を迎えてくれる。この笑顔を見たてしまったら、綾奈さんのためなら何でもしてあげたいとさえ思い始めている。


 これは恋なのだろうか――――



「今日は、お家デートをするわね」

「へっ?」


 一瞬、なにを言ったのか分からず、聞き返してしまった。


「お、お家デートだよ。今から私の部屋に行くから……って、なんて顔してるの? えっと……そのっ……ち、違うからっ! ご、誤解しないでよね。あくまでアプリ開発のための実験と収録だから。キミに変なことしようとか、襲ったりとかしないからね」


「襲う……?」


「だから違うのぉ。お姉さんがキミを部屋に連れ込んで、え、ええ、エッチなことしようとしてるわけじゃないからぁ。そそ、そんなに警戒しないでぇ」


「い、いえ、大丈夫ですよ」


 今日もテンパっている綾奈さんに連れられて事務所を出る。なんと、綾奈さんの一人暮らししているアパートに行くことになってしまった。


 まさに快眠アプリの設定そのままだ。年上のお姉さんの部屋で二人っきりとか。


 ――――――――




 トンットンットンットンッ――


 綾奈さんに連れられ、事務所からさほど離れていないアパートの階段を上がる。部屋の前まできたところで、急に綾奈さんの態度がおかしくなった。


「えっと……ちょっと待っててもらえるかな? そ、その、部屋を掃除したいの」


 ん? 掃除?


「ち、違うからっ! 変な物とかないからね。すぐ終わるから、キミはここで待ってることっ」


 ガチャン!


 よく分からないがドアの前で待たされる。部屋の中からは、何やらガタガタと片付ける音が聞こえてきた。


 ガチャ!


「お、おまたせぇ~っ。もう入っても良いよ」


「おじゃまします」


 掃除とか言うので、どんな部屋なのかと思っていたけど、部屋の中は綺麗に片付いていて、どこも汚れた形跡はない。


 ふと、本棚を隠すように不自然にカレンダーが貼られている。疑問に思い見つめていると、綾奈さんの態度が更におかしくなった。


「何もないよ。何もないから。キミ、何で本棚を見てるのかなぁ?」


 何もないと言われると、何かあるのでは思ってしまう。まさに墓穴を掘るお姉さんだ。


「こ、このカレンダーはね、この位置が見やすいから貼ってるんだよ。決して本棚の中にエッチな本があるとかじゃないんだからねっ。えっ、それエッチな本があるって言ってるようなもんだって? ちちち、違うから。ないのぉ! 絶対に見ちゃダメだよっ」


 ドカッ!

「きゃっ!」


 慌てた綾奈さんが、足元に置いてあったカゴを蹴飛ばしてしまう。上にタオルが被せてあり、怪しさ満載だ。


 ゴロンゴロン、バサッ!


 転げたカゴから下着がバラ撒かれる。色とりどりのパンツやブラがいっぱいだ。どうやら未洗濯らしい。


「きゃぁぁ~っ! ダメダメ、見ちゃダメぇ~っ! これ汚れてるからぁ。私の下着、見ちゃダメぇ!」


「ええええ……」


 可愛いパンツの中に、ちょっとセクシーなのも交じっている。こっちが恥ずかしくなるくらいだ。


「ちょっと洗濯物を溜めちゃっただけなのぉ。いつもはこんなんじゃないのよ。たまたま溜まってただけで。もぉ~っ、ちゃんと隠せば良かったぁ。あまり待たせちゃ悪いと思って、洗濯カゴにタオル被せて誤魔化したのにぃ。てか、見るなぁ~っ!」


 綾奈さんがパンツやブラを必死に拾い集める。いつもの大人っぽくて色っぽい綾奈さんも良いけど、ちょっとドジな綾奈さんも可愛い。


「うう~っ、キミには憧れのお姉さんでいたかったのに、ドジで恥ずかしいとこを見せちゃったよぉ。も、もぉ、実験始めるよ」



 さっそく実験と収録を始める。

 先ずは並んで座って寄り添うシーンからだ。


「ええ、先ずは、先日の遊園地デートでお互いに意識し始めた二人が、部屋でラブラブになっちゃう話ね」


 ラブラブと聞いて緊張が走る。今までの実験も十分ラブラブだったのに、更にラブラブになるのだろうか。


「あの……その……始める前に確認しておきたいのだけど…………。き、キミ、か、彼女とか……いるのかな?」


「へっ? か、彼女……い、いません」


「そうなんだぁ~彼女いないんだぁ。良かった」


 あれ? 何で綾奈さんが安心した顔してるんだろ?


「じゃ、じゃあ……キスは、したことある?」


「きききき、キスぅーっ! ないないない、無いです」


「ふへへぇ、キスしたことないんだ。はぁ、良かった……って、良くないよぉ。わ、私がしちゃって良いのかなぁ? でもでも、キスは外せないしぃ……」


 今日も綾奈さんが挙動不審だ。


「ねえキミ。落ち着いて聞いて。えっ、落ち着いてないのは私だって? そうじゃなくてぇ……。あのねっ、きょ、今日の実験と収録では……き、キスが必要なの。でも、キミのファーストキスが、このままだとお姉さんになっちゃうんだけど……」


「は、はい! よよ、喜んで!」


 うわぁぁーっ! 俺は何を口走ってるんだ。これじゃ、まるで綾奈さんと、すっごくキスしたいみたいだろ。


「ええっ! い、良いの? キスしちゃって良いの? お姉さんが初めての人になっちゃうんだよ。これからの君の人生、初めての人は私なんだよ。ずっと、ずう~っと、『初めての人は』って聞かれたら、『綾奈お姉さんです』って答えなきゃならないんだよ。これからキミが他の女の人に会っても、『はあぁ、綾奈お姉さんのキスが忘れられないよ』って思っちゃうんだよ。もう永遠に『綾奈お姉さん大好き』ってなっちゃうんだよ」


「え、ええっ、あのっ、そんなにですか?」


「そんなになのぉ! 私だけを見てくれなきゃイヤなのぉ! お姉さん大好きでなきゃイヤなのぉ~っ!」


「わ、分かりました。キスしたいです」


「そ、そうなんだぁ。そんなにお姉さんとキスしたいならしょうがないよね。そうかそうかぁ、そんなにキスしたいんだぁ。ふふふっ、えへへっ、もうしょうがないなぁ。キミがそんなにキスしたいんだから特別だよ。お姉さんのファーストキス、キミにあげるね♡」


 頭の中に『?』がいっぱい浮かぶ。もう実験なのか何なのか分からない。


「じゃあ、実験始めるからね。いつも通りキミは喋っちゃダメだよ」


 そしてラブラブ実験は始まった。




「ねえ、キミ。今日は聞いて欲しいことがあるの。キミが面接で私の事務所に来た時、すっごく好みだって思ったのね」


 あれ? 綾奈さん、設定間違えてないか?


「それでね、最初は恥ずかしがるキミが可愛くて、ちょっとイタズラしちゃったりして……でもね、最初はキミの反応が良かったり、ちょっとだけエッチな気分で迫っちゃったんだけど……。でも、何度もデートを重ねるうちに、キミのさり気ない優しさや、私を気遣ってくれる親切なところが、いつも私を癒してくれてたんだって気付いたの」


 綾奈さんの腕が、俺を優しく包む。


「だから、き、き、キミのことが、す、すす、好きになっちゃったといいますか……好きなのっ! 大好きになっちゃったのっ!」


 大好きと言われて、俺の体が歓喜で震える。実験だと分かっていても、綾奈さんに告白されるのは嬉し過ぎるのだ。もう俺も自分の気持ちがハッキリ分かってしまった。綾奈さんが大好きだ。


「ホントはね、キミは年下だし、私が手を出しちゃったらダメだって頭では分かってるの。でもでも、もう毎日キミのことばかり考えちゃって、大好きな気持ちが止められないの」


 本当に綾奈さんに告白されているみたいで、俺の気持ちが幸せいっぱい夢いっぱいだ。若干設定が変わっているのが気になるが。


「キミのことが大好きです。私と付き合ってください」


 俺の目を真っ直ぐ見て告白する綾奈さんに、俺は無言で首を縦に振る。綾奈さんを大好きな気持ちを乗せて。例えこれが実験だったとしても。


「ほんと? 良いの? お姉さんと付き合ってくれるの? や、やったぁ~っ! やったやったぁ! これで私達は恋人同士だからねっ♡ も、もう取り消せないよ。ずっとずっと一緒だからねっ♡」


大喜びの綾奈さんにギュッと抱きしめられる。


「ねえ、キス……しよっ……」


 抱き合ったまま、綾奈さんの顔が近付いてくる。俺は夢心地のまま目を閉じた。


「大好きっ♡ ちゅっ、んっ……ちゅぷっ……」


 本当にキスをしてしまった。それも大好きな綾奈さんとファーストキスを。

 二人で見つめ合って、キスの余韻よいんに浸るように。いつまでもいつまでも見つめ合いながら。


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