第30話 レパント伯爵領〜晩餐〜
エルドランダーを森に隠し、しばらく歩くとレパント辺境伯が治める街に着いた。
ランスロットのお付きの従者に扮した俺とシンシアはランスロットの後ろを金魚の糞のようについていく。
石造りの家が立ち並ぶ市街地は人がひしめき大そうなにぎわいだが、ランスロットが往来のど真ん中を胸を張って歩くと海が割れるように人々は道を開ける。
彼の姿を見て「勇者様だ! 勇者様だ!」と少し距離を置きながらありがたがっている人々を見てようやくランスロットが自称ではなく勇者として活躍していることを認識できた。
それにしても、民衆がちゃんと距離を置いて崇めているのが奥ゆかしいな。
現代日本なら人気者が堂々と街を歩いてれば触ろうとか写真撮ろうとかして揉みくちゃにされるのに。
まあアレは平和な世界の光景なのかもね。
物騒な剣と魔法の世界でそれをやったら暗殺疑われて斬られかねないし。
などと考えていると大きな門の前に出た。
門兵たちが槍を持ってこちらを睨んでいる。
ヘリオスブルグのことがあったから反射的に警戒するものの、
「ランスロット・デルミオ勇爵である。我が姉ウェンディに会いに参った。この二人は俺の従者のアンディとシンディだ」
とランスロットが言うとスッと尖った空気が消えて門を通された。
さすが勇者様。
ほぼ顔パスじゃないか。
門を通されると坂道と階段が続く。
市街区を見下ろすように街の中心にはウエディングケーキのように円柱が何段も重なった形をした山があり、そのてっぺんに伯爵の屋敷がある。
屋敷というよりもはや城だな。
山道や城のそばには家来の邸宅らしきものもある。
戦国時代の山城のような物々しい雰囲気を感じる。
領主である辺境伯は王国の防衛の要とか言ってたものな。
伯爵の屋敷の敷地内にあるゲストハウスが俺たちの滞在場所だという。
建物に入るなり、ランスロットは俺たちに説明を行う。
「好きな部屋を使って良い。飯は運ばれてくるから時間になったら食堂に行ってくれ。不便があれば世話係に言えば大抵のことはなんとかしてくれるから、ゆっくりしてくれ」
踵を返し、出て行こうとするランスロット。
俺はその肩を掴んで引きとめた。
「俺たち置いてけぼりかよ。どこに行くんだ?」
「姉さんと義兄に会いに行くの。オッサンは面倒ごとが嫌いだろ。レパント伯爵は軍人貴族の筆頭みたいな強面の偉い人。仲良くなりたいかい?」
俺が力強く首を横に振るとランスロットは半笑いで、
「客人をもてなすのは貴族の甲斐性だし、全力でもてなしてくれるさ」
と言い残して建物を出て行った。
吹き抜けの高い天井の下、俺とシンシアは置いてけぼりをくらった子どものように頼りなく立ち尽くす。
「ああ……とりあえず楽にしようぜ。それ取っちゃって良いよ」
顔を隠すように被ったフードを上げて大きく息をするシンシア。
「ハァーーッ。なんだかずっとハラハラしてしまいましたわ!」
「無理もないさ。アイツと一緒に歩いたらめちゃくちゃ視線が向けられるからな」
広間に置かれたソファに二人してもたれ掛かる。
「あー、エルドランダーも快適は快適なんだがやっぱ動いていない家の中で落ち着くのは格別だな」
「豪華なお屋敷ですもの。これは御食事にも期待できますわよ!」
「あ、俺初めてこの国の飯食べるわ」
「楽しみですわねー。あ、先に部屋を選んできてよろしくて?」
「よろしくてよろしくて。行っておいでー」
ウキウキルンルンしているシンシアが屋敷の中を駆け回るのを眺めていると、ふと思う。
そうか。今日はシンシアとキッチリ壁で仕切られた部屋で寝るのか。
伯爵の家の敷地内だからセキュリティも万全。
安心して一人部屋で過ごせるんだ…………チャンスだ。これは。
しばらく広間でくつろいでいると陽が落ちて晩餐の時間となった。
と言っても、俺たちは晩餐会に呼ばれるわけでもなく食堂でシンシアと向かい合って皿に乗った料理を食べていくだけだ。
鳥の丸焼きにサラダにスープ。
グラスにはワインも入っており、おとぎ話の食卓みたいだけれど……
「…………なんだか、思ったのと違いますわ」
「いや、こんなもんだろ。俺たちはランスロットの従者だし、食べ残しじゃなくてキチンと取り分けられた飯が食べられるのはありがたいことじゃないか」
「いや、そうではなくて……」
シンシアは奥歯に物が挟まったような表情で俺たちの世話係に聴こえないよう囁く。
「ご飯……微妙にマズイですわ……食べられないってほどじゃありませんが、味が薄かったり、食感がパサパサしていたり……」
このお嬢様、マジで俺の持ってきた飯に舌が慣らされてるんだな……
実際、美味しくないけどこの世界では標準よりマシなメシなんだと思う。
贅沢言うな、と躾けるのが彼女のためなのかもしれないが目の前でマズそうに飯を食われるのは気持ち良くない。
というわけで甘やかす。
「ほれ、シンシア。マヨネーズと醤油」
と、持ってきた調味料をこっそり皿に盛って渡すと彼女の表情はパッと明るくなった。
「まあ! おマヨネーズとおしょうゆ! あなたがた、私についてきてくれたの!?」
「俺が持ってきたんだよ。これがあればなんでもある程度食べられるだろ」
「さすがアンゴさん! お仕事がおデキになること!」
シンシアは声を弾ませながら調味料をたっぷりとかけて食事を摂った。
そうそう、しっかり食べてさっさと寝てくれよ。
じゃないと、俺が何もヤれないからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます