第20話 豪雷落ちた場所に

 夥しい数のゾンビの群れは隙間がない壁のようになって俺たちを押し潰そうと迫ってくる。


「チッ! 俺のそばを離れるなっ!」


 ランスロットが俺に命令する。

 その修羅場慣れしてそうな度胸や他人を護ることが染み付いているような行動。


 彼はガキじゃない。

 戦士……いや、本人の言うとおり勇者か。


 だけど、戦況はまずい。

 この場にいる100体前後のゾンビがここに押し寄せてくる。

 バーゲンセールの会場のようにゾンビがひしめき合い、逃げ場はすでに無くなった。


 ランスロットは片っ端から襲いくるゾンビを殴って蹴って破壊していく。

 だが頭を破壊しない限り、ゾンビは止まらない。


「オッサン、捕まって!」


 ランスロットは俺を抱えて飛び上がり、ゾンビの頭を踏んで、停めてあった箱馬車の屋根の上に飛び乗った。

 地上3メートルくらいの高さの屋根にはゾンビたちが手を伸ばしても届かない。

 もっとも、群れたゾンビが押し寄せてきているので馬車が壊れるのは時間の問題か。


「ここでじっとしてなよ。俺がヤツらを引きつける。運が良ければ見逃してもらえるかもね」


 そう嘯くランスロット。

 俺より10くらい若い少年の献身に対して申し訳ない気持ちが溢れる。

 こんなところで彼を死なせたくない。

 いや、死なせるべきじゃない。


「もういい。お前の方こそ逃げろ。その運動神経ならゾンビども撒いて逃げるくらいなんとでもなるだろ」


 俺がそう言うと彼は腹ただしそうに舌打ちした。


「それができる立場や性分なら苦労しないよ! 弱っちい癖に俺のやり方に口出しすんな!」

「あ!? 俺がこんな殊勝な態度取るなんて滅多にないんだから受け入れろよ! 二人揃って死んだらバカみたいだろうが!」

「死なせないよ! 俺は命を見捨てない!」


 ガツンと頭を殴られたかと錯覚するほど強い意志のこもった表情と言葉に俺は圧倒された。


「言ったろ。俺は勇者様だって。その証拠に我が【運命】は『星護りし救済の剣』! ゾンビ如きから逃げ出すために民草を犠牲にしてちゃ運命にそっぽ向かれちまう!」


 そう言って屋根から飛び降りるとゾンビの群れと真っ向から殴り合いを始めた。

 敵の攻撃をかわしつつ的確な反撃。

 囲まれないように位置取りしている。

 彼は微塵も死ぬ気はない。


 …………しっかりしろ! 宇佐美安吾っ!!


 俺がバチン、と頬を両手で叩く。

 ガラにもない諦めモードなんてしてるからガキに怒られるんだ。


 ゾンビ映画のお約束みたいな状況だが俺には二つ死亡フラグブレイカーがある。


 一つはエルドランダー。

 どうにかしてここを切り抜けてエルドランダーの元まで戻れれば脱出できる。


 もう一つはランスロットだ。

 アイツが勇者かどうかは知らんが戦闘力は人間離れしている。

 運命がどうとかエルドランダーみたいなこと言ってやがったな。

 それに口ぶりからして本来剣を使って戦うタイプなんだろう。


 俺はあたりを見回す。

 だが見えるのは押し寄せてくるゾンビだけだ。

 商人だった男も、彼らに酒や飯を振る舞っていた宿場街の連中も、派手な衣装を着た娼婦風の女も、護衛と思われる戦士たちもみんなゾンビに変わっちまって————待てよ!?


 護衛の戦士だったモノを目を凝らして捜す————いた。

 前がつかえているせいで群れの後ろの方で立ち尽くしているのが。

 その腰にはやはり剣がぶら下がっている。


「ランスロットぉーーーー!! アッチだ!! アッチの群れの後ろあたりに剣をぶら下げたゾンビがいるぞぉおおお!!」


 俺は大声で叫んだ。

 ランスロットは「バカが!」と怒鳴ったがすぐ俺の指差した方に向かって飛んでいく。

 彼が剣を持てば戦況が変わるかもしれない…………けど!!


「ガアアアアアアアア!!」

「ウボオオオオオオオ!!!」

「ゲアエエエエエエ!!」


 俺の大声に反応してゾンビどもが馬車に群がってきやがった!


 ミシミシと音を立て始めた車体を見捨てて飛び降りる。

 その直後、箱馬車は壊され、ゾンビどもに踏み荒らされた。

 あのまま屋根の上にいたら一巻の終わりだった。

 そしてまだ危機は続いている。

 地面に堕ちた俺にゾンビたちが襲いかかってくる。


 足掻け! 押し倒されたら終わりだ!


 バッグに入れていた目覚まし時計を取り出して明後日の方に投げる。


 直後、ジリリリリリリリリリリ!! とけたたましい音を立てて鈴が鳴る。

 新聞配達してた頃から使っている超爆音目覚ましだ。

 俺の勘が正しければ————


「ガア……ウボオオオオオオオ!!」


 やはりゾンビたちは目覚まし時計に向かって走り出した。


 どいつもこいつも白目を剥いているんだ。

 目で見ているわけがない。

 嗅覚か聴覚かどっちで判断しているかは賭けだったが元々人間の嗅覚なんて大したものじゃないと思って打って出た。

 大正解だった!


 あとは!!


 目覚まし時計に釣られたゾンビが一体、進行方向上にいる俺に向かって突っ込んでくる。

 リミッターぶっ壊れているみたいだし単純な力くらべじゃ到底敵わない。

 だけど、何も考えず突っ込んでくるだけならっ!!


 スパァンッ! 


 地面にしゃがみ込んでの水面蹴りをゾンビの足にぶちかます!

 反射的な踏ん張りも体勢の立て直しもしない奴らには効果的。

 走ってきた勢いそのままに地面とディープキスだ!


「っ!!」


 叫べばこちらの位置を知られる。

 歯を食いしばり息を殺して水面蹴りを連発し、なんとかゾンビのいない方角に逃げるんだ。


 そうやって5、6体のゾンビを薙ぎ倒し、活路が開けた。

 スタミナがどこまで持つかわからないが、エルドランダーに向かって全速力で走って逃げる!!



 と、駆け出した直後だった。


「ウボオオオオオオオ!!!」

「なっ!?」


 そばにあった木造の建物の二階からゾンビが飛び出してきた。

 さらにそいつは俺の服を掴んで地面に引き摺り倒しやがった。


「ぐっ!! はなしやがれっ!!」


 何度もゾンビの顔面を叩くが効きはしない。

 その上、地面に倒れた俺を餌だと認識したのか他のゾンビたちも近づいてくる。


 ここまでか————————




 ォォォォォォォォォ…………



 耳鳴り? いや、音が遠くから近づいてくる。

 この聴き慣れた駆動音は……



 バキ————バッキべキべキべキボキッキバキキッ!!!

 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!



 時速100キロを超える5トンの鉄の塊が木造家屋を粉砕、破壊する衝撃や音は豪雷のようだった。

 弾け飛ぶ木材と凄まじい音の嵐がゾンビたちに降り掛かりその動きを止める。


 突っ込んできたソレは急制動により、地面に跡を刻み砂埃を巻き起こした。

 豪雷の余韻のようにドッドッドッドッ、とエンジン音を鳴らすその白い車体を見て、思わず泣きそうになった。


 キャンピングカーが…………俺のエルドランダーが!


 主人を護る騎士のように颯爽と参上し、俺を護るかのようにそびえ立っていたからだ。

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