第42話 アトランザ旅行④
ドラゴンの強制転移後、帝国軍は戦力の半分以上を打ち取られて撤退した。やはり戦略の肝だったのか、強制転移させられた後は指揮がだだ下がりだったようだ。
「お手柄ですね、旦那さん?」
美玲にエールを差し出されながらそれを受け取る。
ちなみに転移スキルは発動を感じさせない域に到達してるので、ドラゴンは自然消滅したように見えるのだ。
それを知ってるのは当然俺と美玲、後はギルドの受付嬢くらいだ。
Cランク冒険者で商人の俺がそんな破格な活躍を見せただなんて誰も信じないし、騒がれたくないのでちょうどいい。
ちなみにこのエール、日本の大人向けに発売してるビールより飲み口が軽い。と言うのも、クラスメイトの下野作で、あいつのスキル『合成』の作品はここ、惑星アトランザでは割と出回っているのだ。
つまりあいつは今ここで活躍してる名の売れた錬金術師で通している。錬金術師じゃねーじゃん、お前。
ちなみに姫路さんとお付き合いしているらしく、その合成品を複製して販売。生計を立てていると聞くぞ。
あの根暗コンビがねぇ。
自分のことを棚上げしつつ、エールを一気に飲み込んだ。
しゅわしゅわしてて、ほんのりとした苦み。だが爽快感の方が勝るのでぐいぐい行けてしまう。
全くなんてものを作り出すんだ、下野の奴。
おかげで毎日これのお世話になってるぞ?
「あっくん好きだよね、エール?」
「後はお値段がお安くなってくれたらなお良し」
「それは無理じゃない? 姫りんも食べていかなきゃいけないし」
「下野にもう少しコストカットしてもらってさ」
「それで味が落ちたら買わないでしょ? 下っちの採算度外視の合成品を複製することで水増し、姫りんはうまく軌道に乗せてる方だと思うよ?」
「本来の値段聞くのが急に怖くなってきたぞ」
「姫りん曰く「聞かない方がいいわ」だって」
「だよなぁ」
なんせエール一杯で銀貨1枚。
二人分の宿代10日分だ。
ここの近隣モンスターの討伐で十分お釣りが来るが、日々をのんべんだらりと過ごしたい俺には些か値が張るのだ。
「と、言うわけで今日もお仕事頑張ろ? その後は好きにしてもいいから。ね?」
妻にそんな風に誘われたら夫は頑張るしかないわけで。
男って単純だよなと思いつつ、いっちょやるかと思い腰を上げた。
「アークさん、ちょうど良いところに」
まるで妻と結託してるのではないかとここ数日疑問を抱いてる相手、冒険者ギルドの受付嬢が俺の顔を見るなり笑顔を浮かべて手招きした。
「また裏の仕事の斡旋か?」
「そう言わず、話だけでも聞いてあげたら?」
「そうだな、どうした?」
「きちんと表のお仕事ですよ。商人向けのとっておきのやつがあるんです。聞いていきません?」
「聞いてから受けるか受けないか考えるよ」
「もちろんです!」
丸め込まれてる気がしないでもないが、話を聞けば。
どうやら上手い話があると言うのは本当だ。
商人向けというように、安く購入できて高く売れる場所がある。
問題は需要のある場所から、供給できる場所との距離が離れ過ぎているのだ。
商人はそれをどれだけ大量に引き受けるかでその後の儲けに差が出ると言うわけだ。珍しくまともな依頼に、何か裏があるんじゃないかと訝しむ。
「ちなみに欲してる場所、売りたい場所の判明はしてるのか?」
「それはツテを回って……って、そんな怖い顔しないでくださいよ!」
「俺は面倒なクエストは嫌いなんだ」
「単純な話、物資不足で困窮している帝国がこっちの国に物資を要求してきました。国としては突っぱねたいところですが、国お抱えでない商人のアークさんならうってつけかと思いませんか?」
「蹴っ飛ばしちまえ、そんな要求。自業自得じゃねーか」
「ですが金払いが良いのも事実ですよ? どうも今回の強襲、帝国の内部崩壊を引き起こしたようです。上層部の無理な命令に兵士たちが耐えられないとボイコットしまして。その部下達が立て篭もるために物資を欲してるらしいんですよね。どうです?」
「だからって俺にスパイ行為をしろって言うあんたが、どうにも信用ならない」
「別に国なんてどうでも良いって思ってるくせに、どうしたんです? いつもなら面倒ごとはお断りだって言っておいて。あ、まさか情に絆されました?」
この受付嬢、俺が暴力に訴えないからって言いたい放題である。
覚えとけよ!
「どうするの? 受けても受けなくてもあたしはどっちでも良いよ?」
「一応依頼人に顔を合わせるくらいはするか」
「そう来ると思っていました。ではこちらをお持ちください」
そう言って手渡された手紙には日本語で書かれたメッセージが。
どうやら今回の依頼者は俺の知り合いらしい。
オーストラリア在住日本人だっているにはいるが、わざわざ俺宛に手紙よこしてくる事なんてないしな。
そしてこっちで冒険者してることを知ってる奴も少ない。
クラスメイトには話したが、聞いてないやつの方が多いのだ。
そして最後に記された名前で俺は叫び出す。
「下野じゃん! え、あいつ帝国にいたの!?」
「姫りんも帝国だねー」
「美玲さんや、もしかして相手が誰だか分かってて引き受けたらって言ってたり?」
「てへぺろ」
なんと愛くるしい仕草だろうか。
じゃなくて、やっぱり受付嬢とグルじゃねーか!
俺の絶叫は直接下野にぶつけることにした。
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