ZIPANG 神の領域に触れる島

田山 凪

旅の始まり

強くなるために 1

 ユレイシア大陸の隣にポツンと存在する小さな東の島国ジパング。多くの国が消えては新たに作られを繰り返す中、この島は大きな内紛を経験しつつも長い間島国として維持してきた。

 鎖国をしていた期間も長く、そのためにいまだにこの国を魔境というものも少なくない。

 

 小さな村で少女が木の棒をもって森へと走っていく。田畑では老人たちが作業をしている。


「おはよう、四季ちゃんは朝から元気ねぇ」

「おはようございます! 今日も修行してきますよ!」

「無理はしないでね」

「はい!」

 

 少女の名は四季。小豆色の浴衣に黒い髪を一つ結びにした天真爛漫な姿は小さな村にとって太陽のような存在であった。

 四季は木の棒を削りお手製の木刀で毎日一人で修行をしていた。幼少の頃にたまたま目撃した二人のサムライの決闘をきっかけにその強さに惚れ、自分も強いサムライになるために努力は惜しまなかった。

 だが、女性がこの国でサムライになるのはあまりよく思われない。そもそもの体の強さが違うというのが主な理由だ。

 魔法を扱う戦士たちと違い、サムライは己の技術を主として対象を斬る。鍛えられた体、技術、精神、刀。このすべてが揃って一人前になれるのだ。


 森で修行し二時間が経ち四季は大きな樹木に体を預けて寝ていた。寝ている時でさえも木刀を手に握っている。いまはまだ未熟だが、サムライを目指す精神は十三歳の少女にしては目を見張るほど洗練されていた。


 目を覚まし背伸びをすると顔を洗うために川に向かった。その途中で村の方から穏やかではない音が耳に入る。微かにだが人の悲鳴が聞こえ四季は村に向かって走った。


「なにあれ……」


 村から煙が上がり村人は倒れていた。村を闊歩するのは人ならざるもの。

 四季の体は震えていた。憧れからサムライを目指し強くなろうと日々努力していたのに、圧倒的な力を目の前にして体は言うことを聞かない。

 腰が抜けると枝を踏み小さな音が鳴る。村までは距離があったが怪物は音に気づき四季のほうへと走る。

 

 落としてしまった木刀を握りなんとか立ち上がり構えた。恐怖で体はこわばっているが、それでも戦う意思だけは捨てていない。

 全身を毛で覆われ鋭い爪を持つ怪物は人のように二足で走った。人間を超えるスピードを前に四季は立ち尽くす。

 怪物が四季へととびかかり鋭利な爪で切り裂こうとした。だが、爪は四季ではなくその背後にあった木を切り裂く。四季は瞬時に移動し木刀を構えていた。


「避けたのか? まぐれは二度も続かねぇぞ!」


 怪物は流暢に喋り再び俊敏な動きで四季に襲い掛かったが、その攻撃はすべて空を裂く。


「そうか、お前サムライか。いや、サムライの卵というべきか。こんな小さな村に才能を開花させず閉じこもっているやつがいるとはな。今殺しておかねぇと後々面倒だ。本気で食ってやる」


 怪物が力を込めると筋肉が膨れ上がり体が大きくなっていく。生物が発する音とは思えない鈍い音が周囲に響き渡る。体は熱を持っているのか微かに湯気を上げていた。

 未熟な四季でも見ただけでわかる。これは敵う相手ではないと。常人の判断とは違う。ただの恐怖ではない、体格差に驚いただけではない、怪物の振るまいや発達した筋肉、先ほどとは違う殺意の籠った目を見て理解したのだ。

 それでも四季は木刀を離さなかった。例え負けると分かっていても、帰る場所がなくなったと分かっていても、目の前の怪物を倒さなければ生きることはできない。そして、自身がいままでやってきた努力が無駄ではなかったことを証明するために怪物の前に立ちはだかる。


「その精神は認めてやろう。もしお前が達人レベルのサムライの下で修業を積んでいたのなら、我々にとって障害になったことだろう。己の不運を呪うがいい」


 怪物は目にもとまらぬ速さで近づき爪を振るった。動きは見えていた。だが、体は反応できなかった。自身が殺されるのを理解したうえで立っていることしかできなかったのだ。

 

「――カオスクライシス!!」


 その時、女性の声が聞こえ空から無数の槍が降りそそいだ。

 無数の槍はいともたやすく怪物の強靭な肉体を貫く。


「君、大丈夫?」


 後ろを振り向くとそこには黒いショートカットの女性が立っていた。肩に槍を担ぎ四季に近づく。何がなんだかわからなかった四季はその女性へと襲い掛かってしまった。


「おっと、錯乱状態かな。じゃあ、少しだけ手荒にいくよ」


 四季の木刀を簡単に回避すると、女性は勢いをつけ四季の後頭部へと回し蹴りをし気絶させた。


「やりすぎちゃったかな。心配しないで。私は悪い人じゃないから」


 薄れ行く意識の中、崩壊していく村の姿が目に焼き付いた。

 

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