第6話 小鬼
遠くに死人の行列が見える。あれを横切って来たのだと思うと感慨深くさえある。見渡す限りの死人の群れを眺めていると、時おり行列が乱れるのを見つけることができた。
「もう少し寄って見るか……」
師匠はそう呟くとこちらを見て、さらに死人の群れに寄って行った。
「あれが見えるか?」と師匠が指さす方に目を凝らすと、死人の列に横入りするかのように何かがうごめいていた。
「師匠、あれはなんですか?」
「あれは黄泉の小鬼だ。まだ、現生の
「そうすると、元は人だった者もいるのですね」
「左様、人だった者もいる……というよりは、奴らのすべてが元々人であろうな」
「ほぼ全て……」
「
「百億光年って……」
そのスケールの大きさに想像すら及ばず呆然としてしまった。無論、地球以外に生命体が存在しないとは言わない。しかし、他の星に生命体がいるとしても、全く自分たちと同じように人間として生きているとは思えなかった。
「何を不思議そうな顔をしている。そなたの妻も別の世にいると思っているのであろう。死別した妻が暮らす別の世があると信じるくせに、
言われてみればそうかもしれない。そこで修太朗はあらためて想いを告げた。
「師匠、妻に会い、ひなたを抱かせてあげたいです。宜しくお願い致します」
「わかっておる。さて、次からはあの小鬼を斬り捨て続けてもらうぞ。まずは見本を見せよう」
そういうが早いか師匠は目にもとまらぬ速さで抜刀すると、小鬼の群れに突っ込んでいった。
それは果たして戦いと呼ぶべきものであったのだろうか。ひらひらと軽やかに舞踏を舞うがごとく師匠の身体が揺れると、周囲の小鬼ははじけ飛び、消滅する。小鬼たちは師匠に向かって抵抗しようと群がるが、迷いなき閃光のような太刀筋がきらめくと、あたかも最初からそこに小鬼など存在しなかったかのようにかき消え消滅していった。
「そろそろ良いか……
そう呟き大刀を一閃すると、師匠の周囲数百メートルの範囲から一瞬にして小鬼が消え去り、一面の荒野となった。啞然とする修太朗の元へ悠々と歩きながら師匠は戻ってくると、
「さて、続きは準備が必要となる。一旦戻ってユリ殿に存分に甘えるがよい」
と意味ありげに言い捨て去っていった。
ユリの待つ建屋に帰り、今日の出来事を話した。ユリによれば
「でも、修太朗さんが小鬼退治ですか……」
「よくわからないけど、師匠にそうしろって言われたからね。ただ、あの小鬼たちが元々人間だったと思うとやりきれない思いもあるよ」
「確かに小鬼たちは元々人でありましょう。しかし、今やただの異形の存在。理性と人格をなくし異形へと堕ちた存在を輪廻の輪に戻すのですから、供養と思って刀を振るってくださいな」
「そういえば師匠に人の身で達するのはこれまで、と言われたけどどういう意味だろう?」
「人のみならず、およそこの宇宙に存在するものすべてに霊性があります。その霊性は存在に定義されるのですが、人として定義された存在は人としての霊性を超えることができません。神には神の存在と霊性があり、人には人の存在と霊性があるのです。人としての存在を霊性が超えると人としては定義できなくなります」
「つまりは霊性が高まると人以外の何かになると?」
「そう思ってもらえば良いかと思います。もっとも霊性が高まると神に近づきます。人としてなしえない力を得ることができますし、霊性を落とせばまた人として定義することができますので、安心してください」
「では、霊性を高めるのは悪いことではないんだね」
「そうです。修太朗さんが神の眷属である師匠に太刀打ちできないのも霊性が違うからですよ。修太朗さんが目的を達成するには今よりも遥かに霊性を高める必要があります」
「小鬼を倒すことは霊性を高めることにつながるんだね。何かゲームの経験値稼ぎみたいだな」
そう言うとユリは薄く微笑んだ。
「でも覚えておいてくださいね。万が一にも修太朗さんが小鬼に囚われて引きずり込まれてしまえば霊性を高めるどころか、生きながらにして小鬼とならざるを得ません。そうなればユキさんと会うどころかひなたとも会えなくなります」
「えっ、ということは、奴らに捕まると……」
「そこで終わってしまいますね。ただ、あの瞬間に戻してあげることは出来ますので大丈夫ですよ」
「……でも戻ると会えない」
「はい。私とも逢えません。ですから師匠は私と話が出来る様に早く帰されたのだと思いますよ」
「そういえばユリ殿に甘えろって言ってたな」
「ふふふ、どうやって甘えるの?」
ユリは小首をかしげ、口調を変え、下から覗き込むように修太朗にたずねた。
「膝枕以外にもご期待に添えるよう頑張るわよ」
「いや、いつも十分以上にご期待に応えて頂いております」
そう言うと二人で大笑いした。
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