第二話①
「信じられない! 神殿に不法侵入した挙句、大した説明もなしに聖女を連れ去るなんて!」
怒りに声を震わせながら、リコくんは
「説明する暇がなかったからな」
「そういう問題じゃないでしょう! どうしてアドラス様は、行く先々で目と耳と常識を疑うような面倒ごとばかり引き起こすんですか!」
「でも、そのお陰で私は救われたわけだし」
「あなたも、ろくに事情も知らないまま、アドラス様について来るなんてどうかしています! 救われたって言いますけど、これじゃあご自分の置かれた状況を悪化させているだけなのでは?」
「そ、そんなことは」
反論を試みるが、
──アウレスタ神殿を脱出し、逃亡を続けること半日と少々。神殿自治領を無事に抜け出し、クレスナという
「リコ、あまり目立つ真似はするな」
アドラスさんが軽く
テーブルと長椅子が並べられただけの簡素な食堂には、はじめ私たちしかいなかったけど、三人で顔を寄せ合って話すうち、いつの間にかほとんどの席は客で埋まっていた。
リコくんの叫びを聞きつけたのか、数人の客がこちらに視線を寄越している。
「……すみません」
リコくんは浮かしかけていた腰を椅子に戻す。しかし顔は不満げに
「で、そんなひどい状況なのに、こんな普通の宿屋でのんびりしていていいんですか? このままでは、神殿からの追手に追いつかれてしまうのでは」
「追手が出ているなら、もうとっくに追いつかれている」
アドラスさんは、あっけらかんとそう言ってのけた。
「こちらは馬二頭、人間三人で移動しているのだからな。機動力が違う。本当に神殿が追手を放っているなら、追いつかないわけがない。それなのに、この町にたどり着くまで何もなかったということは、彼らに何か不具合が生じたのか、奇跡的に逃亡が上手くいっているのか、もしくはそもそも追手が出されていないかのどれかだろう。どの場合にしても、ここで焦る必要はない」
「そうは言っても……」
「それに、
「それは分かっています。僕は、アドラス様が逃亡中とは思えないほどのんびり堂々としすぎだって言っているんです」
「『余裕は騎士の
「ああもう!」
ぽんぽんと交わされる言葉の応酬に、私は口を挟む暇もない。
騎士と従士というわりには、彼らは砕けた関係にあるようだ。二人の会話は
──かつて私も、ジオーラ先生とこんな風に話をしたっけ。
「聖女殿の服も調達しなければな。その格好では
アドラスさんがこちらを向いて、小さく苦笑する。私も、ローブの襟元を正しながらうなずいた。
「ええ、できれば。今のままだと、ローブを脱ぐこともできませんし……」
私は少々目立つ容姿をしている。
灰色がかった金髪は暗闇の中でも浮き立つし、滅多に陽を浴びない肌は
「名前も適当にお呼び下さい。神官服を着ている上に聖女殿なんて呼ばれてしまったら、自己紹介をしているのも同然ですし」
「分かった。ではヴィーと呼ぼう。よろしく、ヴィー」
「ヴィー」
確認のため、自分でもつぶやいてみる。うん、悪くない。
ヴィクトリアという名前は、私には仰々しすぎる。先生からも「お前は名前負けしているね」とよくからかわれていたものだ。ヴィーという響きの方が、自分にすっと
「はい、お待たせ!」
そこで宿屋の
テーブルに大皿がでんと置かれる。そうして並べられたのは、骨つき肉の炭火焼きに、焼きたての田舎パンと、野菜のスープ、そしてふわりと泡を乗せたビール。
次々と供される食事を前にすると、とたんに私たちの意識はそちらへと集中した。三人とも、半日以上水しか口にしていないのだ。
「よし、食事をしながら話そう」
アドラスさんの提案にリコくんはうなずくと、皿に食事を取り分けてくれた。
てりてりと
こっそり前を盗み見ると、アドラスさんは肉を手に取り豪快に
──なんて考えながら、私も彼を真似て骨の両端をつまみ、思い切って肉に齧りついてみる。
意外にも、肉はほろりと骨から外れた。
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