3−5
道が海岸線に入った。運転席側の窓からはキラキラ輝く青い海が見えて、夏のシーズン真っ盛りの海にはサーフィンを楽しむ人の姿が遠目に見える。
「兄貴は親に必要とされていた。でも俺は違うから……。だからなんで死んだのが俺じゃなく兄貴だったんだろうって考える。今でも命日が近付くと兄貴を思い出すよ。こんな暗い話、ごめんね。莉子ちゃんの家族の話を聞いていたら、俺も自分の家族のことを話しておきたくなったんだ」
「聞けて良かった。話してくれてありがとう」
人で賑わう海水浴場の地帯を避けて堤防沿いに車が停車する。
莉子と純は堤防に並んで海を見ていた。
何も話さず触れ合わず。いつまでもいつまでも、夏の青い海を見ていた。
堤防に並んで海を見た後は海岸近くのリゾートホテルのラウンジでブレイクタイム。彼はコーヒー、莉子は紅茶のケーキセット。
宿泊客でもないのにラウンジで利用できると莉子は知らなかった。純は大人な場所をよく知っている。
このホテルに前に誰かと来たことあるのか……と邪推した考えも一瞬浮かんでしまった。
ガラス張りのラウンジからは莉子達が堤防から眺めた海が一望できた。青々とした海を見下ろしながらも、莉子の頭にあるのはこの後の展開のこと。
「今夜はここに泊まっていこう」そんな言葉をわずかでも期待してしまう。リゾートホテルでも、ホテルはホテルだ。
ベッドさえあれば、あとは流れに身を任せるだけ。
だが、莉子の期待は杞憂に終わる。ブレイクタイムの支払いを済ませた純の足はホテルの出口に向かっていた。ここでも彼は莉子の分を平然と支払っていた。
(純さんは最初のデートでお泊りに持ち込むタイプじゃないってわかってるけどさ。ちょっとくらい、イチャイチャラブラブモードになりたいよ)
イチャイチャラブラブモードを抜きにしても、リゾートホテルには泊まってみたかった。莉子の年齢では、ラブホテル以外のホテルに泊まるという機会はまだ訪れない。
名残惜しい気持ちを隠して彼の横をとぼとぼと歩く。ひとりで勝手に期待して舞い上がって勝手に残念がって、まるで子供だ。
(純さんは私のモヤモヤには気付いていないんだろうなぁ。いまだにキスもしてくれない。押しが弱いって言っていたのは、こういうこと?)
純が思うほど莉子は大人ではない。
純が思うほど純粋で可愛い女でもない。
抱き締められて触れ合って、一番欲しかった言葉を言われて安心できる場所を見つけた。
それなのに何かが足りない、何かが欲しい。それが何か、莉子は知っている。
味を理解しきれない喫茶店のコーヒーみたいな、少々物足りなさの残る初デートだった。
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