第29話 締まらない男

「ふぅん……随分とでかいヤマを追っかけてんだねぇ。あんたにしては珍しく……」


姉御、もといミコトさんの入れてくれたコーヒーを飲みながら僕たちは依頼の内容を話すと、興味深そうに女性の人相書きをみる。


「珍しくは余計だ……ここいらで見た記憶あるか?」


「いいや? こいつは魔法使いなんだろ? 私はステゴロ専門だし、認識阻害の魔法がかけられてたら、相席でランチを一緒に食ったとしても顔すら覚えらんないよ」


「なんだ……期待外れだったか。悪いなお前ら、さっさと次を……」


不貞腐れるようにコーヒーを飲み干し、フレンは立ち上がろうとするが。

ミコトさんは不適に笑ってフレンを静止する。


「まぁそう慌てなさんな、この娘の情報はないけれど、代わりといっちゃなんだが面白い話をしてあげるよ」


「面白い話?」


「そ、面白い話……最近この町にSSSランク冒険者が派遣されてきただろう?」


「あぁ、アーノルドだろ? 先日あったぞ? 魔王軍幹部がこの辺りに潜伏をしてるから、派遣されたってのは聞いたが」


「もし理由がそれだけじゃないとしたら?」


「……どう言うことじゃ?」


「話によると、魔王軍幹部の討伐ってのは表向きの話で、アーノルドがこの街に来たのはこいつの出所を掴むためって話だ」


ミコトさんの言葉に、マオは食い気味にそう問いかけると。

ミコトさんはポケットから小瓶のようなものを取り出し、カウンターの上に置く。


中に入っていたのは白い粘性の液体。


「ああー‼︎ それはあの時の‼︎?」


それは、確かにあの夜マオが服につけられた液体であった。


「おやおや、ご存知だとはね……もしかしてハマってるのかい?」


「ハマるかこんなもんに‼︎? 妾はただこのツノ女にそいつをぶっかけられて、一張羅台無しにされただけじゃ‼︎」


「へぇ、この娘こがねぇ……フレン、コーヒー代は無駄にならなくてすみそうだよ、それどころかお釣りが来るくらいだ。アタシを訪ねたのは正解だねぇ」


ニヤリと笑うミコトに、フレンは苛立たしげに鼻を鳴らす。


「話が見えねえぞミコト。その白濁色の液体がなんだってんだ? ぶっかけられたらこのまな板にもたわわな果実が二つ実るっていうならそりゃ奇跡で大正解だがよ」


「え、何じゃそれめっちゃうれしい」


フレンのジョークに、マオは瞳を輝かせて喜んでいるが……本当にそれで良いのかマオ?


「残念だけどそんな大層な代物じゃないよ。 ――――こいつは麻薬さ」


「麻薬ですって?」


その単語に、なぜか姉ちゃんは表情を険しくして小瓶を睨みつける。


「そ、正確にはケシの汁でつくった鎮痛薬の一つだけど、過剰摂取をすると嫌なこと全部忘れて夢の世界に旅立てる……一年も服用すりゃ、意識も記憶も全部無くした廃人の完成って話さ」


「その症状、もしかしてモルキネって薬かしら?」


「おや、知ってたのかいあんた?」


姉ちゃんの呟きに驚いたようにミコトはそう言うと。


「昔……依存症の人を見たことあるの……その時の物とは随分形が違うけど……強靭な魔物にも効き目がある劇薬だよ。どこの国でも今は医療目的以外での使用が禁止されてるはずなのに」


「ところがどっこい、この麻薬の被害者は最近隣の国も含めて激増してる……ウーノの街はさすがに少ないけれど、ここブラックマーケットじゃちょっとした問題にもなっているのさ」


姉ちゃんは歯切れの悪い言葉は、依存症の人間がたどる末路がどれほど酷いものなのかを物語っており、マオの顔色が青ざめていくのがわかった。


「そ、そそそ、そんなヤバいもの妾ぶっかけられたって言うの‼︎? ちょっ、金髪ぅ‼︎?

どうしよう、妾、妾頭がパーにはなりとうない‼︎」


「いや、元々パーだから変わんねえだろお前」


「誰が元々パーじゃこら‼︎」


からかうフレンに掴みかかるマオ……もはや恒例となってしまったやりとりに僕は呆れ気味にため息を漏らすが。


「ははは、安心しなお嬢ちゃん。 ぶつかって体につく程度なら無害なもんさ……大量に頭から被るとか、直接体内に打ち込まれるとかしなきゃね」


ミコトさんは面白かったのか、カラカラと笑いながらそうマオを落ち着かせてくれる。


「そ、そうなのか……よかったのじゃ」


ホッとした表情で椅子に座り直すマオに、やれやれなんて言いながら意地悪く口元を緩めるフレン。

きっと大丈夫だとわかっていてわざとからかったのだろう。


「フレンくんって好きな子いじめちゃうタイプよね」


ぽつりと呟いた姉ちゃんの言葉に、僕は確かにと呟く。


村に必ず一人はいるよなぁ……こういう奴。


「話は戻るがよミコト、どうしてそれが俺たちにとって有益な情報になるんだ?」


「この娘は、全身にこいつを被ってたんだろ? 常用者か関係者かは知らないが……多かれ少なかれこの薬と関わりのある人間と接点があるってこった」


なるほど。

確かにミコトさんの言うとおり、行方不明になっているサイエンがこの薬に関わっているなら、この薬をばら撒いている人間たちから情報を得られる可能性は高い。


「なるほどね……だが問題が一つあるだろ? 確かにこいつを捌いている奴らを探し出せりゃ、この角女に繋がるだろうが……そもそも尻尾を掴ませねえような奴らだから、隣国からSSSランク冒険者が派遣されたんじゃねえのか?」


「ご名答……どう言う流通ルートを形成してるのか知らないけれど。奴らは中々尻尾を掴ませない。さてここで問題だ……そんな尻尾を掴ませない組織から、アタシはどうやってこいつを入手したでしょーか?」


ミコトさんは小瓶を指先でコロコロと転がしフレンへ不適な笑みを見せる。


「なるほどね、いくらだ?」


「きっかり400ゴールド……値引きはなしだ」


「オーケー……値引きはしねえよ。だがその言い分だと、追加注文・・・・は受け付けるみてえだな?」


「はっ、相変わらず揚げ足をとるねぇあんたは……良いだろう、商売ごとに二言はなしだ。何が望みだい?」


「何……お前にしてみりゃ簡単なことだ。ガキのつかいの方がまだ難しいくらいのな」


そう言うとフレンはメモ用紙を取り出しミコトさんとぶつぶつと話し出す。


「なんじゃ……金髪のやつかっこいいの」


ミコトさんとやりとりをするフレンは、いつも僕たちと過ごしている頼りない感じはなく、

マオの言葉に僕も無言で頷く。

いつもは飄々として頼りないが……こういう場面では最年長者としての威厳が見える。

やがて、フレンの書いたメモをミコトさんは手に取ると考え込むように首を傾げると。


「なるほどねぇ、この内容なら……200ゴールド追加の合計600ゴールドってところだね」


「へへっ、感謝するぜミコト」


「やれやれ、感謝するならたまには返してほしいもんだが」


「その分しっかり払うもんは払ってんだろ?


「まぁね……一応行っておくが前払い制だよあんた達が突っ込んだ首が、晒し首にならないなんて保証はないんだからね」


「わーってるよ、600ゴールドぐらいちゃちゃっと払って……へあ゛っ……」


一瞬、 軽薄に笑いながら財布を取り出そうとしたフレンからカエルの潰れたような声が漏れ全身から汗が噴き出す。


「……どうしたの? フレンくん?」


心配をして声をかける姉ちゃんに、フレンは一瞬気不味そうな表情を見せると。


「……外で財布スられたみたい」


「「この野郎」」


マオと僕の声が綺麗にハモり、姉ちゃんはなんとも言えない笑顔をフレンに向けると、

フレンはいそいそと椅子から降りて地面に膝をついて地面に頭をつける。


「ユウ様すいません……その、調子乗ってました。すぐ返すんでお金貸してください」


恥も外聞も捨てた……潔いまでの土下座。


―――こんな大人には絶対にならないようにしよう。


そう心に固く誓った、僕なのであった。

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