第26話 危険な依頼

まるでタイミングを見計らったかのように聞き慣れた声が背後から投げかけられる。

 

 見ればそこには相変わらず胡散臭い顔をしたフレンと

口元にクリームをつけたマオの姿があった。


「あらあら二人ともー、こんなところで奇遇だねー? もしかしてデートかな?」


「仕事だよ仕事、そんでこっちはその手伝い」


「そしてこの甘味は仕事の手付金といったところじゃ」

 

 それは餌付けというんじゃ……。

 まぁ、本人が幸せそうだからいいか。 


「仕事って、また利用しようっていうんじゃないだろうな?」


「ふふっ、案ずるなユウ。今までは分からぬが此度は妾がついているのだぞ? 悪巧みなど起こせるはずもない‼︎」


「あぁ、それなら安全だ」


「あの……俺の信用低過ぎません?」


「日頃の行いを改めるのだな金髪」


「なんだとまな板」


「やるのか金髪?」


「まぁまぁ二人とも、喧嘩しちゃダメだよー? それでフレンくんいい話って?」

 

「あぁそうだった、これだよこれ」


 そういうとフレンは一枚の羊皮紙を取り出しテーブルの上に広げる。

それはどこにでもあるクエスシートであり、僕と姉ちゃんは依頼内容に目を通す。


「ふむふむ? 行方不明者の捜索かぁ〜。フレンくんが持ってく依頼としては、意外と普通の依頼……って嘘ぉ‼︎? 賞金200万ゴールド‼︎?」


「なんでこんな値段……フレン、これ相当やばい案件なんじゃ」


「当然、やばい案件に決まってんだろ? こいつの名前はサイエン。数年前王都で行方不明になった魔法使いで、国お抱えの魔道研究所に勤めていたらしいんだが、一月前その研究施設から研究サンプルと共に行方知れずになっててな……この国に逃げ込んだってとこまでは掴んだものの、それ以上の足取りがつかめないらしい」


「なるほど……研究施設の研究サンプルってことは、国家の重要機密だもんね……報酬が高額なのはそれが理由か」


「うーん? それを踏まえてもちょーっと値段が高すぎるような気がするんだよねぇお姉ちゃん」


「さすがだなアンネ。 お前の言うとおり、この行方不明事件はこいつがただ研究サンプルを持ち逃げしたってだけの話じゃない……。情報によるとこいつ、行方不明になる一月前から様子がおかしかったらしい」


「おかしい?」


首を傾げる姉ちゃんに、今度はマオが胸元から書類を取り出して読み上げ始める。


「ふむ、何でも何かに酷く怯えておった様子でな。「彼が来る」だとか「窓に、窓に」と譫言のように呟いておったそうだ……おまけに行方不明になった日、此奴と共に仕事をしていた研究員二人の死体が研究所で見つかったそうじゃ」


「それは……行方不明になったサイエンって人がやったの?」


「分からぬが、可能性は低いそうじゃな。なんでも死体は、獣に食いちぎられたかのようにぼろぼろだったとか」


「なんか……ホラーだね」


「はっ‼︎ ︎ ユウくんユウくん‼︎ 怖いならお姉ちゃんの胸にとびこんで……」


「意味もなく抱きつこうとしないで姉ちゃん」


「くぅん……」


両手を広げてアピールする姉ちゃんをあしらう。

子犬のような潤んだ瞳でこちらを見つめる姉ちゃんに少々罪悪感がのしかかるが……。


僕は気づかないフリをして話を続ける。


「話を戻して良いか?」


「あぁ、ごめん……つまりはなんらかの事件に巻き込まれた可能性が高いってわけだね」


「あぁ、そういうこった。 加えてに悪いことにだな、こいつは今でこそ研究者だが、相当の腕ききで、元Sランク冒険者としてあっちではそこそこ有名な女らしい」


「そんな強い人が怯える存在って一体……」



「どうだ? お前たちにぴったりの依頼だろ?」


「それはそうだけど……」


「でもフレンくん、さすがのお姉ちゃんもなんの手がかりもなしにこのひとを探すとなると骨が折れるよ? 依頼出してるこの国の騎士団って、人探しとかは結構得意なことで有名だし、その追跡を逃れてるってことは何か特別な後ろ盾もあるのかもしれないし。 そもそもどの街に潜んでるかも分からない状況じゃ……ちょっと私でも探しきれないよ」


「そうだねぇ、借金のせいであまり長くは街から離れられないようになってるし」


 姉ちゃんと顔を見合わせて僕はため息を漏らすと、フレンはちっちっちっと舌を鳴らして指を振る。


「まったく、俺がどうしてこんな話をもってきたと思ってんだ二人とも?」


「?」


「ユウ、クエストシートのこの女の顔よ〜く見てみろ、こいつの顔に見覚えないか?」


「顔?」


 WANTED と書かれたクエストシートを見ると、そこに描かれているのは獣人属のようなツノに、黒い髪から長い耳を覗かせるメガネをつけた女性。


 確かに、どこかで見たような……。


「って……あっ‼︎? この人この前の‼︎」


「そうじゃ、妾の服をベッタベタにした不届きものじゃ‼︎」


「……ベタベタ? この人を知ってるのユウくん?」


 マオの言葉に、姉ちゃんはキョトンとした表情で小首を傾げると、マオは頬を膨らませながら事情を説明する。


「前に妾を突き飛ばした挙げ句変な匂いのベタベタのせいで大事な一張羅を台無しにした女よ、まったくその後狼に襲われてさえいなければとっちめていたというものを」


「ふーん……狼に、ねぇ」


 姉ちゃんは何やら考えるように頬杖をついてそう呟く。


「……まぁマオの一張羅の話はどうでもいいとして、ぶつかったのはほんの一週間程度前だし、まだこの辺りに潜伏している可能性は高いだろ?」


「なるほど……姉ちゃん、確かこの街の動物たちと視界を共有できるって言ってたよね? それっぽい人を探すことできない?」


お姉ちゃんに任せて‼︎ と言う答えを期待して投げかけた質問であったが。

珍しく姉ちゃんは困ったような表情で首を左右にふった。


「研究所勤めの魔法使いとなると多分認識阻害の魔法を掛けてるだろうから、視界共有じゃ見つけられないと思うんだよねぇ。 あくまで魔法の使えない動物さんたちの見ている世界を覗くだけだから、魔法による隠蔽は視界共有じゃ見破れないの」


ごめんね、としょんぼり謝る姉ちゃん。

しかしその話を聞いていたマオは何かを思いついたのか姉ちゃんの袖を引く。


「アンネ、それならば魔力探知ならどうじゃ? こんな平和な街で認識阻害の魔法など使う輩などそうそうおらんだろうし魔力の痕跡を追えば目的にたどり着けるのではないか? 魔力の痕跡はいくら隠蔽しようとも格上の魔法使い相手には丸裸も同然になるからな」


魔法のことはよく分からなかったが、納得したように姉ちゃんが手をポンと打ったところを見ると、マオの提案は有効のようだ。


「あーそっかー、詳しいねマオちゃん‼︎」


「ふっふっふ‼︎ 知識だけならば負ける気はせん。伊達にお勉強をしておらぬのじゃ‼︎」


「頑張り屋さんなんだねーマオちゃんは偉いなぁ。 確かにそれなら人物特定まではできなくても、ある程度の痕跡からこの人の大まかな居場所くらいは割り出せそう‼︎ 早速やってみるね」


 そういうと、姉ちゃんは早速と言わんばかりに胸の谷間から街の地図を取り出すと、机の上に広げる。


「あの谷間すげえな」

「うん、どうなってんだろうね」


人体の神秘を目の当たりにし、僕たちは同時にマオの方へと視線を向ける。

どうやら人体の神秘はこちらには宿る気配がなさそうだ。


「おい貴様ら、どうしてこっちを見るのじゃ」


「……神様って野郎は残酷だなって思ってな」


「どうやら本気で燃やされたいようじゃな貴様……」


 フレンの軽口にマオは苛立たしげに掌に火球を浮かべた。


「ちょっとみんな静かにしててねー」


 姉ちゃんは嗜めるようにそう言うと、胸につけていた青い首飾りを地図の上に少し浮かすようにもち、振り子のように揺らし始める。


 ゆらゆらと虚空を漂う振り子。

 やがてその揺らめきが歪な動きを始めだし


 そして、1分もたたないうちに振り子はある一点を示す。


「ここだ……」


 示された場所は地図の南東……詳しい地名は書かれていないが……。


「げっ……よりによもってここかよ、本当に間違いないよな?」


 フレンはどこか困ったように表情を歪める。


「うん、ここしか魔力の痕跡がみられなかったから間違いないよ。ウーノって平和だからあんまり強い魔法使いとかいないしね。……て、顔色が悪いけれどどうしたのフレンくん」


 気を使うような姉ちゃんの言葉に、フレンは観念した様子でため息を漏らす。


「うーん、まぁアンネがいりゃ、多分問題はねえんだろうけど」


「けど?」


 続きを促してみるが、フレンはその場所で数分考えるような素振りを見せたのち。


「……ここはブラックマーケット。 盗品や薬物の取引が横行しちまってる。言っちまえばヤミ広場、この街の非合法地帯だよ」

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