第4話 僕はまだ姉ちゃんに守られている

『ブラックホール‼︎‼︎』


魔法の発動と共に、迫りくるゴーレムを真っ黒な球体が文字通り飲み込み消滅させる。


 それどころか球体はゴーレムの群れがいた大地をえぐり取るようにクレーターを作り、おまけに魔界の神殿の一部も飲み込み崩れさせる。


「うふふ、説明しよう! ブラックホールとはお姉ちゃんの包容力が生み出した光すらも逃さぬ封印魔法の最奥‼︎ 相手は死ぬ‼︎」

 

 高らかに頭の悪い説明を飲み込まれていくゴーレムたちに向かって叫ぶ姉ちゃん。

 簡単にやってのけてるように見えるが、この魔法の発動には尋常ではない魔力と綿密な魔力コントロールが要求される。


 おまけに無駄な破壊も多いためコストパフォーマンスの都合上滅多に使う魔法使いは存在しないとされているが、姉ちゃんは「理論上破壊力が最もある魔法」という理由からこの魔法を好んで使用している。


 兵士に剣を向けられただけで震えていた姉ちゃんは、たった5年でブラックホールを作れるようになっていた。


 いや、そうはならないだろと誰かが言ったような気がしたが、なっているのだからしょうがない。


「あい変わらず、冗談みたいな魔力……」


 呆れながら僕はそんな感想を漏らして馬車から降りると、姉ちゃんが自慢げに胸を張って待っていた。 


 ブラックホールの風で揺れてる。


「ふぅ‼︎ ゴーレムはちゃんと一掃できたねユウ君‼︎ 神殿は少し崩れちゃったけれど、中のドラゴンは無事なはず‼︎ さぁユウ君、今こそお姉ちゃんが作り上げた龍殺しの剣バルムンク(今命名)を使うときだよ、ドーンってやっちゃって‼︎」


 崩れ落ちた城壁を指差し、興奮気味に語る姉ちゃん。


 だが。


「あーうん、そうなんだけど。姉ちゃん……あれってドラゴンかな?」


「へ?」


 崩れ落ちた瓦礫をかき分け、神殿より怒りを隠すそぶりもなく姿を表す魔物。

 

 確かに姿形はドラゴンのような形をしてはいるが……。


 

 その体は、すべて石でできていた。



「は、はわわわ……あ、あれってもしかして……ゴーレムドラゴン‼︎?」


「一応聞くけど姉ちゃん、姿形はドラゴンだけど材質は岩……この場合姉ちゃんの改造だとドラゴンに対する特攻は?」


「……の、乗りましぇん」


 仲間と住処を破壊され、それはそれはたいそうお怒りのご様子なゴーレムドラゴンの咆哮が四方三里に響き渡る中。


 姉ちゃんは額からだらだらと冷や汗を垂らしながら消えそうな声でそう返事をする。

 

「……姉ちゃん、もう一回改造」


「その……調子にのって、さっきの魔法で魔力使い切ってしまったので、できません……ごめんなさい」


 目を伏せ、姉ちゃんはさらに消え入りそうな声でそういった。


 姉ちゃんは致命的なドジなのだ。


「あぁもう‼︎? だからいつも僕の大事なものを変に弄るのはやめてくれって言ってんだよ姉ちゃんんッ‼︎ やっぱりゴーレムを僕が倒した方がよかったじゃないか‼︎ どうするんだよこれ、勇者の剣もただの宝石ついてるだけのはがねの剣だよこれじゃ‼︎」


「だだだ、だってだって‼︎ 格好いいユウ君を見たかったんだもの‼︎ 無難に走る姿なんて見たくないんだもん‼︎? 男はロマンだって、はっきりわかるんだもん‼︎」


「そんなアホなこと言ってる場合か‼︎? 分かってる今の状況? 全滅の危機だよ‼︎ 勇者として活躍する前に死んでちゃロマンもクソもあるかー‼︎」


「だ、大丈夫だよユウ君心配しないで? ユウ君は死なないわ、お姉ちゃんがユウ君を守るからね?」


「守るって、ただの剣しか持ってない駆け出し勇者に魔力切れの賢者、一体これで何ができるっていうんだよ」


「そこは安心して、お姉ちゃんという生き物は弟に頼られると元気1000倍になるの。 だからほら、今こそ頼っていいんだよ? 甘えていいんだよ? お姉ちゃんに全てを委ねていいんだよ‼︎」


「はじめて知ったよそんな人体の神秘‼︎ ってかピンチなのにここぞとばかりにくっつくな‼︎ 抱きつくな‼︎ 頭を撫でるなぁ‼︎? 戦うのか逃げるのかせめてどっちかにしようって。このままじゃ本当に死んじゃうよ‼︎」


「うっふふ、慌てるユウ君も可愛い。大丈夫だよ、魔法が使えなくてもユウ君エナジーを補給したお姉ちゃんは無敵なんだから‼︎」


 そういうと、姉ちゃんは僕を離すと迫り来るドラゴンと対峙する。


「ちょっ‼︎? 姉ちゃんなにやって……」


 中型ゴーレムとは異なる超大型のそのゴーレムは、空をも覆い尽くさんばかりの巨体を振り上げて、叩きつけるように僕たちを強襲する。


 が。


「私の剣閃は拡き、空を穿つ神龍の牙…………秘剣!」


 姉ちゃんは怯む事なく杖に手を伸ばして何かをつぶやくと。

 

 杖から刃を引き抜き、一閃を空に放つ。


「神 龍 斬‼︎」


 迎撃する形で放たれる姉ちゃんの抜刀術。

 

 見えたのは抜いた一瞬の剣戟と、幻覚か、それとも作り出された幻影か……ゴーレムへと牙を剥く巨大な龍の影ぼうし。


 やがてその影ぼうしがゴーレムを飲み込むと。


 無数の斬撃を叩き込まれたかのようにゴーレムは切り刻まれ、僕たちを避けるように地面へと四散して落ちてくる。


「……し、仕込み杖? と言うか、今の龍なんだったの??」


 何が起こったのかと考えれば考えるほど理解という言葉は遠ざかっていき、気がつけばただただ呆けてその光景を眺めることしかできない自分がいた。


「あー、やっぱり仕込み杖ってロマンよねぇ? ユウ君もそう思うよね? ね?」


 そんな僕をよそに楽しそうにはしゃぎながら、仕込み杖を子供みたいにブンブン振るう姉ちゃん。


 魔王退治をするためには、この姉を超えなければいけない。


 勇者になって3年……その差が縮まる気配はなく、未だに僕は姉ちゃんに守られていた。


 ◇

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