第2話 僕は姉ちゃんに救出される。
───────それからの記憶は定かではない。
痛くて苦しくて辛かった……という記憶はあったものの、実験のために掛けられた魔法のせいか、それとも打たれた薬のせいか、僕はハザドの国にいる間の記憶を全て失ってしまった。
何となく覚えていることは、実験は失敗したと言うことと。
実験失敗により起きた災害により、ハザド王国は滅んでしまったと言うことだけ。
僕の記憶が再開されるのは勇者に選ばれてから3年後……崩壊したハザドの国で、賢者になった姉ちゃんに助け出されてからだ。
「っ……こ、ここは?」
目を覚まし、意識を取り戻すとそこはあたり一面の砂漠だった。
乾き切った大地に、照りつけるようなほど眩しい太陽。
そして……。
「ユウ君……ユウ君‼︎ ごめんね……ごめんね……お姉ちゃんが弱かったから、臆病だったから……」
大粒の涙を流しながら、僕に謝り続ける姉ちゃんの姿。
色々なところが大きくなっていて、顔も随分と大人びたものに変わっていたが、それでも、すぐに姉ちゃんだとわかった。
全身ボロボロで血まみれ……変な方向に足は曲がっていて……。
だというのに、姉ちゃんは誰よりも幸せそうな顔で、まるで自分が救われたみたいな表情で笑っている。
ぼぅっとした頭で、なんとなく僕は姉ちゃんに助け出されたんだと理解する。
周りを見てみると、砂漠の砂に埋もれるようにハザド王国の残骸が砂の上に浮かんでおり、それが、ここがかつての故郷であったことを語る。
「姉ちゃん……守ってくれてありがとう」
何があったのかは忘れてしまったが、影帽子のようなうっすらとした記憶の中で、僕は姉ちゃんに守られたのだと……なんとなく思い出す。
だから当たり前のように、助けてくれたお礼を僕は言ったのだが。
姉ちゃんは一瞬驚いたような表情をみせた。
「え?…………あ、あぁ、うん。ちょっと無茶はしちゃったけどね。一応私、強くなったんだよ? いっぱい修行をして、ユウ君を助けるために……血が繋がってなくても、ユウ君は大事な弟だから。だから、わたし……わたし……」
笑いながら涙を流す姉ちゃん。
その涙には血が混ざっていて……そんな姿に僕も泣きそうになってしまう。
「……姉ちゃん、こんなボロボロで……」
「大したことないよ。ユウ君が受けた辛さに比べたら……こんなものへっちゃらだよ」
「……もぅ、へっちゃらなわけないじゃんか」
後悔に押しつぶされそうになりながら、僕は姉ちゃんにそう笑いかける。
僕が助けてなんて言ったから、姉ちゃんはこんなボロボロになってまで僕を助けに来てしまったのだ。
「姉ちゃん……ごめ……」
謝ろうとしたが、それよりも早く姉ちゃんは僕を抱きしめた。
謝る必要なんてないと言うかのように……強く、強く。
「もう大丈夫だよ……これからは私がずーっとユウ君を守ってあげるから、ユウ君は何も心配しなくていいし、苦しい思いも辛い思いももうしなくていいの。 お姉ちゃんが守ってあげるから、だから、だから……これからは思う存分、笑って生きて……例え死んでも、私が貴方を守るから……」
恨み言を呟くわけでも、謝罪の言葉を受け取るわけでもなく……姉ちゃんはただただ幸せそうに、僕を抱きしめてそう言った。
平然と、当たり前のように……どんなに自分が傷ついてもいいと、死んでしまっても構わないとそう言ったのだ。
きっとこれからも、姉ちゃんは僕を守るために何度も自分の身を危険に晒すのだろう。
僕を助けられなかった贖罪のために……喜んでその命すら捧げるのだろう。
それはまるで呪いのようで。
その呪いをかけたのは紛れもない僕だった。
だからその時僕は決めたのだ。
姉ちゃんが命を投げ出す必要がなくなるぐらい強くなろうと。
そして、姉ちゃんが僕を守る必要が無くなるように、魔王を倒して世界を平和にしようと。
貧しくて、家の屋根は雨漏りだらけ……だけど幸せだったあの頃に戻るために。
そして、姉ちゃんにかけてしまった呪いを解くために。
僕はその日、勇者になる事を決めたのだった。
その道のりが、他の誰でもない姉ちゃんの所為で、呆れるほど長く険しいものになるなど、知る由もなく。
□
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