第41話 力をつけよう
「……マジ?」
涼は、目の前の建物を見上げながらそう言った。
「ああ」
碧人は涼の意見を肯定する。文言から見れば完全な同意なのだが、実情は額に手を当てて困ったように発言していた。肯定こそしていれど、内心微塵も肯定したくなかったのだ。
涼の碧人の目の前に聳え立つのは、駅の近くにあるとあるショッピングセンターである。しかし、その正体は駅前の一等地にあった大手百貨店がバブル崩壊の波に呑まれて潰れ、ますます駅前の空洞化を危惧した市が無理矢理開業にこぎつけた半官半民の建物である。
無理に開業したため、開業から十数年の時が経過しているが全てのテナントは埋まっておらず開業以来一度も黒字になっていない。
そんな生い立ちからしてなんとも悲しい建物であるが、この中にはとあるテナントが入居している。
「ジムで遊ぶって何よ?」
そう、涼、碧人、也寸志の三人で遊ぶこととなったのは一月のとある日。企画が動きだしたのは十二月の初めなのだが、年始年末というのは師走という言葉があるように誰も彼も忙しいのだ。忙しくない涼は傍から見たら異常である。
その結果、遊びに行く日は一月の中旬までずれ込みあろうことか也寸志の指定した店はジムであった。
也寸志に涼のことを伝えたいがために、也寸志の提案を優先していたため呑まざるを得なかったのだ。
「まあ、涼の体もちょうどいい機会じゃないか?」
改めて碧人は涼の体をまじまじと眺めてみる。
自称高校生ではあるが、少なくとも無作為抽出された百人に高校生に見えるかと問うた所でその九十九人は見えないと答える程度には。
「とりあえず、筋肉よりも身長の方がいいかな……」
身長がほしいというのは涼の切実な願いだ。高校生に見えないのも、ここが起因しているのだと涼は考えている。
碧人は、そもそも体が異世界転移の影響で再構成されて精神年齢と肉体年齢が不一致になったのではないかと指摘したこともあったのだが、肉体年齢準拠となれば涼は義務教育をやり直しさせられることとなる。
せっかく高校生という自由で気楽な機会を謳歌しようとしていたところなのに、何に対しても禁止と言った束縛のイメージが強い義務教育に戻されたりすれば、涼は耐えられないだろう。一度僅かながらも高校生という時間という甘い蜜を吸ってしまったが最後、義務教育という白湯では涼は到底満たされない。
そして、そんなことを考えれば考えるほどいかに自分が不遇であるかを知る涼。いらない考えを捨てるように両手で頬を叩くと、ゆっくりと碧人とともに屋内へと入り目的のジムを目指した。
ジムは会員制であるが、ビジター制もあるため会員でない者も多いという。ロッカーでわざわざこのためだけに新調したスポーツウェアに着替えて多くのトレーニング器具が置かれている部屋に出ると、也寸志の姿が見えた。
「よし、二人とも来たな」
困惑する涼と碧人を他所に、也寸志はすでに汗だくになりながらもその汗に不潔さを一切感じさせない高潔さを漂わせていた。どことなく大量の消臭剤が置かれたトイレのようなにおいが漂う。
「なあ也寸志。遊びに行くことになってジムに場所を決めたのは何度考えてもおかしいと思うんだ」
涼も碧人も最終的に承諾したとはいえ、この一言を言わないと気がすまなかった。真っ先に抑揚もなく告げた碧人に対し、也寸志は鼻で笑うと同時に瞳が憐憫のこもったものへと変化していく。
「その考えは間違っているな。遊びに行けて、なおかつ筋肉もつくのだから拒む理由がないだろ」
映画館やカラオケというものは、肉体的には全く影響を与えない。それどころかポップコーンやらで贅肉をつけてしまうことが多い場所だ。それに対し、ジムであれば筋肉が増えていくのが実感でき、それにより精神的にもよいというのが也寸志の提唱する理屈である。
也寸志は筋肉科に身を置き長いため、すっかり筋肉科特有の雰囲気に呑まれてしまっているようでもある。涼も碧人も、也寸志が筋肉科に毒される前の清浄無垢な頃を知ってしまっているがために深い味わいがあった。
「それはそうなんだがな……涼とか」
碧人は涼の方へと視線を動かす。
也寸志は、涼のことを碧人の近所の近くに住む知り合いとしか伝えておらず年齢については別に教えてはいない。少なくとも、その背丈で高校生だと推測はしていないだろうと碧人は考えていた。
「筋肉は平等だから、性別問わず頑張れは身につくものだ。何もおかしいことはないだろ」
さも当たり前のように力説する也寸志に、二人は説得を諦める他なかった。
「それと、ちゃんと準備してきたな? 飲み物。タオル、その他諸々は必須だぞ」
二人は首肯すると、也寸志の後ろをついていくことにした。早速どこかトレーニング器具へと向かっているらしく、すぐにランニングマシンの前へとついた。
「とりあえず、インターバルトレーニングでもやってみるか」
てっきり長期間走らされるのかと思いきや、休憩が頻繁に挿入されるらしい。
そう気楽に考え、涼は挑んだ。
そして、すぐに果てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます