僕等孤独少女

九頭坂本

天才少女

 少女は宝石のように目を輝かせ、恐る恐る、手のひらに乗るほどの小さな物体をふかふかの座布団の上に設置した。

「遂に、遂に僕はやってしまった」

 体の内から溢れ出すように、大きな独り言が彼女の口から漏れていく。

「かつて、旧式のこれ一つで街を丸ごと吹き飛ばしたという、とんでもない威力の爆弾を、僕独りで、威力を増し、そしてこんなにも小型化して!作成してしまった!」

 彼女の声量は次第に増し、最後には叫んでいるかのような声が家中に響き渡った。

「犯罪じゃないかなあこれ!核爆弾は、持たず、つくらず、持ち込ませず、ってねえ!こんだけ色んな危ないもの作っといて、今更何言ってんだって話だけどさあ!」

 少女は勢いよく振り返り、手を広げた。

 目線の先には、壁に隙間なく彼女の作品が飾られている。

 当たれば人の頭も弾け飛ぶ、改造エアガン、弾もお手製の手作りロケットランチャー、家の前の電柱を軽く切り裂いた高周波ブレード、など多数。

 法には許されないが、刺激的で楽しい少女の傑作達だ。

「ああ!そうだ、忘れてた」

 少女はその場で跳ね上がり、乱暴に机の引き出しから用意してあった細長い厚紙とマッキーペンを取り出す。

 そのまま机に紙を乗せ、ペンを走らせた。

 超小型核爆弾スーパーノヴァ。

 最後に、あおい、と可愛くサインを書いて、マッキーペンのキャップを締める。セロハンテープを切り、半分だけ厚紙に貼り付けて、スーパーノヴァと命名した小型核爆弾がちょこんと乗っている座布団に、残った半分をくっつけて緩く固定する。

「おお、意外と小さくて可愛いな、僕のノヴァちゃん」

 世の人間達が恐れて止まない凶悪な兵器が、分厚い座布団の上に巨大な豆があるような可愛らしいシルエットをしていると思うと何だか可笑しく思えた。

 少女はその場にあぐらをかき、そっとスーパーノヴァを撫でた。

 つるつるとしていて、硬く冷たい、人間の手とはかけ離れた金属の触り心地がした。

 すると、次の瞬間彼女は急に萎れたようになり、

い溜息を漏らした。

 言い訳でもするように、先程とは打って変わって

さな声で呟き出す。

「凡人は、本質を見極めようとしない。だから僕に

付かない。凡人は、変化だって好まない。だから僕

に関わらない。凡人は、ただ群がって、息をしていればいいだけの哀れな木偶棒。なあ、僕のノヴァちゃん君もそう思うだろ?」

 聞いても、核兵器から返ってくるのは彼女の体温

温くなった金属の温度だけだった。

 窓の外を見ると、雲一つない青空が広がっている

 だが、少女は狭い部屋の中に独り。

「孤独の素晴らしさを知ってしまったからには、どれほど望んでも、僕は、凡人になれないだろうな」

 誰に向けられてでもなく、彼女の細く、力の無い声が発せられる。

「だから、この先もずっと独りなんだろうな、僕。友達も、彼氏も出来ないで、大人になっても独りぼっち。せいぜい猫と二人暮らし。生涯処女。デート経験ゼロ。ああ、どうして私は、こんなにも、天才なんだろうな」

 鈴懸紺は孤独であり、天才である。

 天才故に彼女は孤独なのか。

 孤独が彼女を天才にしたのか。

 それは彼女自身にも分からなかった。


 昔、高校生になったら友達も彼氏も出来るから大丈夫、なんてほざいていたのは確か、僕のお母さんだったような気がする。

 が、現在、現役女子高生になった僕から言わせてもらえば、それは真っ赤な嘘だ。

 別に、高校生だからといって特別な魔法がかかるわけでもないし、中途半端に育った価値観と肉体がかえって僕に孤独を感じさせてくる。

 もっとも、お母さんは数年前に家を出ていってしまったから、僕の抱いていた期待感を返せ、と責めることも、もう出来はしない。

 それから、お父さんは取り憑かれたかのように仕事に没頭するようになった。毎晩、午後八時くらいの時間には会社から帰宅していた彼だが、今は、週に一度、日曜日に帰ってくるだけだった。

 もちろん、僕を家に置いたままだ。

「おはよう」

 誰もいないリビングに向けて言った。

 僕の低い声が澄み切った朝の空気を切り裂いて、

燃え尽きるように消えていった。

 頭のてっぺんについた寝癖をいじりながら、リビングの中央に設置されているローテーブルの側の座布団に腰を下ろす。

「ニュースでも見ようかな、それとも、朝ごはん食べようかな。学校行くの嫌だし、今日はこのままサボっちゃっても、いいかもな。別に、僕がいてもいなくても、変わんないしな」

 壁掛け時計へ目線を向ける。高校の登校時刻まではまだまだ余裕があった。

「毎朝毎朝、どうして僕はこんな、死刑を待つ罪人のような気分を味わわなければいけないんだろう」

 体に重くのしかかる倦怠感に、どうしようもない疑問が口から出た。頬杖をついて、意味がないと分かりつつ、本当に太陽が登っているのか、空を確認する。

 案の定、青い空の中には明るい太陽が浮かんでいた。

「もうちょっと僕に優しい世界でも、いいと思うんだけどなあ」

 数時間後の未来を想像し、軽くため息をつく。

 一向に朝ごはんのトーストを焼く気力が湧かない僕は、テレビのリモコンを手に取った。その場から一切動かないまま、テレビの電源を付ける。

 画面に映し出された見慣れたスタジオとタレント達に、なんとなく安心感のような温かい感情が生まれた。

「次のニュースです」

 画面の向こうで、清楚そうな若い女性のニュースキャスターが無感情にニュースを読み上げる。

「昨夜、午後十一時頃、莢蒾市中央区の路地で二人の男女が殺害されるという事件が発生しました」

「莢蒾市中央区、って、ここじゃん」

 僕の家があるのは、殺人事件が起きたらしい莢蒾市の丁度真ん中だ。

 幼い頃からこの街に住み続けているが、人通りも街灯も多く、こんなことを聞くのは初めてのことだった。

 ニュースキャスターは事務的に読み上げを続ける。

「ナイフのような刃物による犯行と思われ、犯人の特徴は、百七十センチほどの肥満体型の男で、パーカーにジーンズ姿だったということです。犯人の男は今も逃走中です」

「まだ、捕まってないんだ」

 もし絡まれたら怖いな、と思うと同時に、僕の中で弾けた発想が寝惚けた脳内を目覚めさせた。

「あれ、もしかして、犯人って、僕と同じなのでは?」

 天才が故に凡人に理解されず、凡人だらけのこの世界に受け入れられなかったこの男は、僕と同じように満たされない日々を生き続け、遂には耐えられなくなってしまったのかもしれない。

 何が正しいのか、それを決めるのは大衆である。

 そして、大衆とは凡人である。

 どうして人を殺してはいけないのか、彼は僕と同じでそれが分からなかったのか、それとも、彼はそれを理解しながらも、天才的なその感性に従って行動をしてみせたのか。

 どちらにしても、親近感が湧く。

「仮に僕が友達を作ろうとするなら、学校のクラスメイトに話しかけるよりも、犯罪者に近づいた方が効率的かもしれないな」

 半分冗談を交え、呟いた。

 この斬新なアイデアが案外的外れなものでないことを彼女が知るのは、ほんの数日後のことである。


 洗面台の鏡に映って見えるのは、別世界に住んでいるもう一人の僕の姿だ。セーラー服から覗く肌は不健康そうな、白すぎる肌色をしていて、鼻も低いが、目は大きくて可愛らしい。

 恐らく、童顔だ。

 僕は僕以外の人間に顔を評価されたことがないから定かではないが、少なくとも、僕は別世界の僕へ、お前は童顔である、という評価を下したい。

 美容室に行くのが苦痛で自分で切っていた前髪も、変な形を保ちつつ目にかかるほど伸びてきている。

 気づけば、後ろ髪も肩を越えて腰に届きそうな程、伸びてしまっていた。

 だが、これはこれでミステリアスな女の子らしくて、悪くはないのではないかと思う。

 とりあえず、まだしばらくは美容室へは行かなくていい。

 髪ゴムで後ろ髪を纏め、前髪をヘアピンで止める。

「よし。今日も僕は、可愛い、可愛い」

 目の前にいる、出来上がった童顔の女子高生の完成度に、僕は深く満足した。

「どうして凡人の男共は、こんなに可愛い君に言い寄ってこないんだろうね?」

 聞くと、鏡の中の僕は呆れ顔で答えた。

「僕達は、天才だからさ」

「それは、そうだけど」

 脳内に浮かんできた妄想に羞恥を感じながらも、僕は鏡の中の僕にそれを口にした。

「それでも、僕の事を完全に理解することは出来なくても、せめて、知ろうとしてくれる凡人がいても、いいとは思わない?」

「夢の見過ぎだよ。ちゃんと現実を見ようよ」

 冷淡に突きつけられた言葉に、心に刺されたような痛みが襲った。

「もう、ひどいな」

 傷心した僕は洗面台から出て、もう一人の僕と別れた。

 制服のポケットからスマホを取り出して確認すると、時刻はもうすぐ、家から出なければいけない時間に差し掛かろうとしていた。

 リビングに放っておいたリュックサックを背負い、無人の我が家に呼びかける。

「行ってきます」 

「いってらっしゃい」

 家の奥から、誰かの声が聞こえたような気がした。


 住宅街に建っている、ごく一般的な二階建ての一軒家である我が家から、僕の通っている高校までは徒歩三分ほどで辿り着くことができる。

 家のすぐ近所にあるから、という理由だけでこの高校を選んだけあって、二年間の高校生活の中で一度も遅刻をしていないし、自転車やバス、電車の乗り方を知らないことも特に問題にならなかった。

 玄関の鍵を閉め、僕は高校へ向けて歩き始めた。

 爽やかな風が頬を撫でて、せっかく整えた前髪を揺らす。空は変わらず青く、どこまでも広大だった。

 舗装されている歩道の脇には、等間隔に緑の葉を纏った木々が並んでいる。

 コンクリートを割って咲くたんぽぽには、自然の力強さと美しさを、感じさせられた。

 そして、こんなにも壮大な世界に、平然と生きる人間達の姿があった。 

 僕には、彼ら凡人の考えていることが分からない。

 どうして彼らは、この世界を前にして、自分の無価値さ、無意味さ、無力さに打ちひしがれることがないのか。

 どうして彼らは、そこまで盲目的なのか。

 僕には、外出をするたびに思うことがある。

 僕も結局、どうしようもない、ちっぽけな一人の人間でしか、ないのだと。

 この時間帯の住宅街には、それなりに人通りがあった。

 歩いて登校する小学生や中学生、自転車で駆ける高校生、一塊になってしばらくは動かない、中年女性の群れ、朝の散歩に出掛けている健康志向な老人達。

 何も考えず、ただ生きているだけなのであろう彼らはもれなく凡人である。

 僕とは、根本的に世界の見え方が違う。それか、住んでいる世界が彼ら凡人とは違うのかもしれない。

 歩き出してからすぐに、高校に到着した。

 僕の在籍しているこの学校は、偏差値はそこそこの、よく言えば歴史ある、悪く言えばぼろぼろの公立高校だった。

 夏は暑く、冬は寒い、不都合な材質で出来ている校舎は四階まである。僕のような二年次の教室は、組順で三階に並んでいる。

 校門をくぐると、目の前を、僕と同じ制服を着た、見覚えのある数人の女子高生が通りかかった。

 同じ、クラスメイトの子だ。

 不意に、彼女達のうちの一人と目が合った。 

「あ」

 次の瞬間、肉体に電流が流れ込んできたかのように、体中に緊張が走った。力が入らず、自由が効かない。

 僕の心を染めたのは、得体の知れないものに侵食される恐怖心と僅かな期待感である。

 彼女の目の色は、僕とは明らかに異なっていた。 

 目に、温度を感じなかった。生きている感じが無かった。

 僕には、彼女が何を考えているのか理解出来ない。

 ただ、彼女が僕を、同じ人間の仲間だと思っていないことだけは、確信できた。

 極限まで低い彩度のその目は、僕を人間というよりは、物として捉えているように、思った。

 動けず、固まっていると、彼女は無感情そうに目を逸らした。そのまま隣にいたクラスメイトに視線を向け、世間話を始める。

 どこかわざとらしい笑い声をあげながら、彼女達は生徒玄関へ吸い込まれていった。

「また、だ」 

 徐々に、体の硬直が解けていくのが分かる。それに伴って、失っていたことにすら気づいていなかった触覚が戻ってきた。

 二の腕の内側に何かが伝ってくる感覚があり、見ると、脇から汗が垂れてきていた。

 この一瞬で、僕はどっぷりと汗をかいてしまったらしかった。セーラー服の中が熱く、肌の表面が薄らと

湿って気持ち悪かった。

 しばらく握ったままだったからだろう、両手の手汗が酷い。

 凡人と目を合わせると、いつもこうだ。

 だから僕は、彼らが嫌いだ。 

「ああ、帰りたいな」

 べたべたの手のひらをスカートで乱暴に拭きながら、空を見上げ呟いた。

 非情なことに、まだ、一時限目の授業も始まっていない。


 ただ、授業を受けて、帰る。

 事実、僕の学校生活はそれだけである。

 付け加えるなら、クラスメイト達の笑い声を聞きながら本を読んだり、昼休み、独りで弁当を食べたり、体育の授業中、ペアを作れ、と先生に言われて、僕だけが余ったり、そういう事は、日常的に経験している。

 ただ、決して、虐められているわけではない。彼らと僕は、関わらない、だけであって、危害を加えたことも、加えられたこともない。僕が勝手に、クラスメイトに対して劣等感を抱くだけだ。

 好きの反対は無関心だと聞くが、彼らにとって、僕はただそこにいる、だけなのだろうと思う。それ以上もそれ以下もなく、いる、という事実が宙に浮かんで消えるだけである。

 多少不都合な事象が発生することもあるが、基本的にはこの、独りでの生活は楽で、快適だ。凡人達のように、常に周りを気にする必要もなく、面倒臭い人間関係や、暗黙の了解、自己の抑制とは無縁なのである。

 僕が思うに、孤独であって初めて、人間は独自に、その人間らしく、生きることが出来る。

 だが、それがどれだけ大切で、かけがいのないことなのかは、実際に、孤独な状況下に置かれた人間でなければ理解することは難しいかもしれない。

 孤独とは、素晴らしいものである。

 それだけは、断言できる。

 しかし、僕にはろくに集団の中で生きた経験がないため推測の域を出ないが、集団の中では、その環境でしか得られない、何かがあるのかもしれないとも思う。

 例えば、充実感とか、自己顕示欲、存在証明。

 まあ、そういう生き方も、悪くはないだろう。盲目的で、自分が何者なのかも分からないまま、幸福に塗れて死んでいく人生だって。

「はあ」

 思わず溜息が漏れた。

 満たされないからって、幸せがどうこう屁理屈言って言い訳して、何か行動を起こすわけでもない。そんな人間、醜くて見てられないじゃないか。

 なんとなく空を見上げると,相変わらず青く広い。太陽の位置は今朝とは大きく異なっていた。

 僕は、授業を終え、普段通り逃げるように下校をしているところだった。早く帰宅したい、という思いと高校にいたくない、という二つの思いが僕の歩くスピードを加速させていく。 

 向かい風が僕の前髪を乱したのが分かったが、特に気にせず歩き続けた。家に帰れば、僕はまた独りだ。

髪型がどうだろうと、誰かに見られる訳でもない。

 愛しの我が家が近づいてきた頃、歩道の隅に異質な跡の付いた電柱が建っているのが見えた。灰色の硬い、コンクリートで出来た電柱の、僕の肩くらいの高さのところにそれはある。

 スパッと、電柱に切れ込みが入っているのである。

 更に、跡の周りには一切のひび割れもない。完璧に、電柱を斬り裂いているのだ。

「おお」

 その美しさに、感嘆の声が漏れる。

 早く帰りたい、と思っていたことすら忘れ、立ち止まり、跡を凝視してしまう。

 この世界で、僕だけが知っている。これは、僕の開発した高周波ブレードによる斬撃の跡だ。

 何を隠そう、この傷跡を付けた犯人は、作品の完成にテンションが上がり、意気揚々と試し斬りに出掛けた数ヶ月前の僕である。

 今でも鮮明に覚えている。

 煌々と白い光を放つ刃が紙を切るように、ほとんど手応えを感じさせずにコンクリートを切り裂いていく光景。

 予想以上の切れ味に感動を覚えながら、急いでその場から逃げ出した夜の忘れがたい高揚感。

 それらが閃光のように蘇り、興奮で息が荒くなったことにすら気づくことが出来ない。

「ニャー」

「ん」

 僕がその場を離れたのは、立ち止まってからしばらくして、近くから猫の鳴き声が聞こえてきた時だった。

 声の方向を見ると、野良猫なのか、ぼさぼさの毛並みをした何匹もの大きな猫の群れが歩道を占拠している。

「野良猫の群れだ。初めて見た」  

 物珍しさから、スカートのポケットからスマホを取り出し、カメラのアプリを起動する。スマホを構え、猫の方へ忍び足で接近していく。

 近づいてみて、気付いたことがあった。

 猫達の数は大体十匹。大きさは大体同じで、かなり大きい。

 色は、一匹を除いて皆、茶色。弱っているのか、その一匹を除いて、どの猫も動こうとせず、鳴きもしない。

 その一匹の猫は唯一、毛並みが綺麗で、黒かった。

聡そうな黄色の目をしていて、活発に動き回っている。

 どうやら、僕が聞いたのはその一匹の鳴き声だったらしかった。

「あの黒いの、可愛い」

 十分に近づいて、スマホの画面を覗き込んだ。指で少しズームして、黒い猫を写真の中心に捉えた。

 が、次の瞬間、野良猫達は一斉に逃げ出した。 

「あ」 

 先程まで、弱っている、ように見えていたのが信じられないほどの、弾けるような速さで猫達は四方へ去っていく。

「そうだ、僕、動物にも好かれないんだった」

 一匹の猫もいなくなった歩道の灰色を前にして、僕は肩を落とす。静かにスマホの電源を切ると、足元が妙に温かいような、重たいような、違和感を感じた。

「ニャー」

「え?」

 足元へ視線を移すと、あの黒い猫がいた。僕の足首に纏わりつき、こちらを黄色い目が見つめている。

「え、嘘」

 動物に、好かれた?

 初めての事態に頭が真っ白になり、僕のことなんて好くということは、この猫も相当な変わり者であるのだろう、なんてことを呆然と考えてしまう。

 そうしていると、猫は何かを訴えかけるように、鳴き出した。

「ニャー、ニャー!」

「な、なんだろう。何て言っているんだろう」

 僕が首を捻ると、どうして猫も困ったような顔をする。 

「ニャー」

「うーん」 

「ニャー!」

「ううん、分かんないけど、これ?」

 検討がつかず、とりあえずスマホを見せてみる。

 すると、猫の表情が一変した。

「ニャー!」

 心なしか、嬉しそうな鳴き声をあげる。どうやら、スマホに興味があるらしい。

「これで、どうして欲しいんだろう」

 人間ほどとは言わないが、猫とのコミュニケーションもまた難しい。僕は再び困る。黒猫は頬を足首に擦りつけてくる。

「写真、写真なのか?」

 僕が、彼か彼女か分からないが、黒猫に対して起こしたアクションはカメラを向ける行為だけであったことを、不意に思い出した。

 急ぎスマホを構え、足元にくっついてきている黒猫へ向ける。

 すると、猫は俊敏な動きで、僕の体を登り始めた。

どこを足場にしているのか、一瞬で僕の肩の上まで登り切られてしまった。顔のすぐ右横に、小さな猫の顔がある。

 猫は、そのままじっと、止まった。

 弱っているような感じはなく、動きたいのをなんとか堪えているような、そんな雰囲気があった。

「もしかして、僕と、ツーショット撮りたいのか」

「ニャー」

 返事をするように、すぐ耳元で猫の鳴き声がする。肩に感じる僅かな体重と、どこか安心する温かい体温が、僕の心をどろどろに溶かしていく。

「もう。ほら、撮るよ。はい、チーズ」

「ニャ」

 スマホからシャッター音が鳴った。

 画面には、不器用そうな笑顔の僕と、何故かきょとんとしたような表情の黒猫が写っていた。

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