悪役令嬢だった幼馴染が奴隷になっていたので、大金積んで婚約者になってもらうことにした

倉敷紺

悪役令嬢だった幼馴染が奴隷オークションにかけられていた


「注文分の武器を持ってきたぞ」


「おお、助かる。お前んとこの武器は良い質してるからなぁ」


「それはどうも」


「にしてもエリック、武器商人としちゃ、戦時下はたんまり稼げて良いよなぁ。こんな帝国の裏町でも高い金で取引してもらえんだからよ。おおん? その金でなんか良い女でも買ってんのか?」


「頼まれた武器は売った。だから、無駄話に付き合う義理はない」


「ちっ……」


 薄暗い路地裏で取引を終えた俺は、ならず者の無駄話に耳を貸すことなくさっさとその場を去った。客商売ではあるが、あいつらに舐められてしまったらカモられるのがおち。毅然とした態度を見せるしか、この世界では生き残れない。


「本当に、昔と大きく変わっちまったな」


 帝国の下町も、昔はこうでなかった。俺がここに住んでいたガキの頃は貴族が住む帝都に比べたら治安は良くなかったが、それでもまだ帝国の騎士たちが治安維持に努めていたからこそ、武器商人なんかが儲かる街ではなかった。


 だが、二年前。帝国を統べる現皇帝が世界を全て掌握しようと決めて、あちこちの国に戦争を仕掛けるようになってから、世界全体の治安が地の底に落ちた。


 国の治安維持に努めなくてはいけない騎士たちも戦争に駆り出されてしまうがゆえに、ここ数年はあちこちで争いごとが頻発している。だからこそ、こんな帝都の下町ですら武器が高値で売れてしまう。


 ……ま、こんな世界になったおかげで俺は金を稼ぐことができているんだけど。帝国の軍人も、貴族も、下町のならず者たちも、みんな俺の武器を求めてとんでもない価格で買ってくれる。武器商人兼職人として、これ以上ない幸せ……なのかな。


「ん、あれは……」


 何やら騒がしいと思ったら、奴隷オークションが開かれていた。戦争が始まってからというもの、ならず者たちがどこからか攫ってきただろう人間やエルフたちを売りさばくために大広場でオークションが時々開かれている。


 王族や貴族までも参加しているこのオークションは、ヒョロイ男は安く売り飛ばされてサンドバックにされ、容姿の良い女は高く買い取られて男の醜悪な趣向に付き合わされる。本当に、見ているだけで不快な気分になる、さっさと帰ろう…………


 え?


「お集まりの皆様、本日の目玉商品は……ナナナ、なんと! あのわがままかつ傲慢、されど世界一の美女として名を知らしめているあの悪役令嬢、ドロシー プライアーだぁぁぁぁぁ!」


「ど、ドロシー……!?」


 それは、あまりに衝撃的だった。だって、有名な貴族の令嬢で俺の幼馴染でもあるドロシーが、みすぼらしい服を着せられて鎖に繋がれて……奴隷として、売られていたんだから。


 ガキの頃、庭師であった親父の付き添いとしてドロシーのお屋敷に何度か行ったことがあった。そこで俺は彼女と仲良くなり、幼馴染として親父の仕事が終わるまで楽しく遊んでいた。


 でも、親父が死んで以降ドロシーの屋敷に行くこともなくなって以降、会う機会がなかったんだ。だから最近のドロシーが何をしているのか全く知らなかったけど……まさか、奴隷として売られているなんて思いもしなかった。


「おおお! あのドロシーが……へへ、こいつは絶対にゲットしてーな」

「あのとき惨めにわしの婚約を断ったツケを払ってもらわんとな」

「あの強気で傲慢なドロシーたんをペットにしたいな……はぁはぁ」


 売られているドロシーを見て、薄汚い奴から高貴な服装に身を包んでいるやつまで、興奮を隠さずにドロシーの存在に沸いていた。中には、恨みを持っているやつもいるようだ。


 それも仕方がないことかもしれない。自分に自信があるが故にドロシーの性格は強烈で、まさに悪役令嬢と言われても仕方がないくらいにわがままだったから、彼女を恨む人は多い。


「あんたのものは私のもの、私のものも私のものなの!」

「ねーエリック。お腹すいたからご飯持ってきてよ。あ、お菓子以外受け付けないから!」


 実際、俺のこんな風に振り回されたし。でも、彼女が有名な貴族の令嬢で、神から愛された美貌を持っていたからこそ、彼女を咎める人はほとんどいなかった。ガキで世間知らずだったあのときの俺はガンガン反抗してたけど。


 だからこそ、ここにいる数多くの男どもにも恨みを買ってしまっているんだろう。それに、ドロシーの美貌は本当に世界一と言っても過言ではない。顔のパーツ全てが端正に整えられているし、今でこそ乱れているものの黄金のように輝いている髪の毛は美しいし、そしてスタイル抜群の容姿は誰もが羨む姿だ。


 ならず者も貴族たちも、彼女をなんとしてでも手に入れて恨みを晴らすか、彼女をとことん堪能しようと躍起になっているんだろう。


 きっと、奴らの手に渡ったらドロシーは一生不幸になる。人としての尊厳をとこと踏みにじられて、望まない性行為を何度も何度もさせられて、面白がって身体をあちこち傷つけられて……そんな、奴隷の末路を歩んでしまうんだろう。


「それではオークションを始めます!」


「100万!」

「200万!」

「400万!」


 あちこちでなんとしてでもドロシーを手に入れるために大声が飛び交う。普通の奴隷ならとっくに競りが終わっているだろう金額でも、ドロシーの価値がどんどん金額を釣り上げていく。


「1000万!」

「1500万!」

「3000万!」


「1億!」


 そして、一人の貴族が1億を出すと宣言した。この世界じゃ数年は遊んで暮らせる金額を平気で出せるのは、やはり貴族だからこそだろう。


「ふふふ……これであのドロシーは私のものだ。さて、どんなことをさせてやろうかな」


一億以降ピタリと声が止まってしまい、貴族はウヘヘと笑みを隠さずに舌なめずりをしている。


 ……。


「あのね、エリック。私、あなたとたくさん遊べて……楽しかったわ」

「エリックのこと、認めてあげてもいいわ」

「約束だよ。大人になったら、私たち——」


 ここ数年、どうして俺は武器を売って、大金を稼いでいるんだろうとわからなくなる日々だった。武器を作ることが好きで職人になって、お金を稼がないと生きていけないから商人も初めて。そして、戦争が始まったらすごく稼げたけど、使い道がわからずに拠点の改修くらいしかしてこなかった。


 でも、今なんだ。俺はこの時のために、お金を稼いできたんだろう。


「3億!」


 吐き出すように大声で、静まり返っていたオークション会場で俺は大金を出すと宣言した。そんな金額を出す奴なんていないと思っていた貴族は驚きのあまり口をポカンと開けている。いや、みんな同じような表情をしているな。


「な、なんだあいつ……3億って、冷やかしか?」

「い、いや……あいつは、武器商人としてたんまり稼いでるって噂のエリックだ」

「はっ……成金野郎が」


 ありえない金額を出された腹いせか、俺への愚痴があちこちで聞こえてくる。勝手に言ってろ、バンクが空っぽになる覚悟決めてドロシーを買ったんだよこっちは。


「え、エリック……!?」


 ドロシーも俺のことに気づいたようで、一度俺の姿を見るとすぐに顔を逸らしてしまった。そうだよな、こんな再会なんかしたくなかったよな。


「そ、それでは……他にいないようですので、3億でこのオークションは終了します!」


 そして、誰も後に続くことはなくオークションは終了した。そして俺は、大金をはたいて悪役令嬢で幼馴染でもあるドロシーを、奴隷として買った。


 ――――――――――

新作です! お試しで書いてみました。人気が出れば続きます。

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