【幕間】

[登場人物]

 ・聞き手……「キュウ」人間

 ・語り手……「ゼロ」正球


 ・始まり。名付け。

「これでいい。今キミの意識を浮上させた。これで話せるようになっているはずだ」

「――。ぁあ、そのようだ」


 この夜話が始まってから初めて、自分の意識をもった。

 正確に表現するならば、自分が見ている夢であろう世界において、初めて自覚を持てたのだ。明晰夢とかいうものはこういったものなんだろう。

 

「自分のことを思い出してみて。大雑把でいい。名前から」

「ふむ」


 思い出そうとすると、知識は思い出せる。

 困ったことに。己の名前が思い出せない。

 名前といえば、これまでの物語に出てきた『キョウコ』、『ガーストン』、『マリカ』のようなものだろう。思い当たるものは頭に浮かんでいるが名前らしくない。

 中々答えを返さない私に催促の声が掛かる。


「思い出せない?」

「いや、そうではない。思い当たるものがあるにはあるが、君が話してくれた物語の登場人物たちの様ではない」

「そうか。良ければ、思い浮かんだものを言ってみてくれないかい?」

「ふむ。――9。ただそれだけだ」

「なら、仮にキュウという名にしてしまうのはどうかな?」


 仮名を名付けるという訳か。

 確かに記憶を探る埒があかないなら、それが手っ取り早い。


「構わない。それで、君の名はなんだ。生憎と私は君に会った覚えはないし、姿が認識できていない。どうしてこうなっているかもわからず、ここがどこかも、己のことも判然としない。だから、名乗った気はさらさらしないが、君が名乗り返してくれることを期待する」

「いいよ。けれど、キミが仮の名前だというのに真実を語るのも味気ない。よし、こちらも仮名を名乗ろう。いいかな?」

「構わない」

「なら、ゼロ」

「よろしく、ゼロ」

「よろしく、キュウ」



 ・場所について

「ここは夢か?」

「キュウの見ている夢が、ゼロの場所と繋がっている。ここは現実と時間から外れた隙間の時空だ」

「夢でブラックホールの向こう側を垣間見てる感じか。ゼロはずっとここに?」

「ああ。だから、ゼロの時間感覚は直線じゃない、円だ。人間がいう過去も、現在も、未来も。ここでは同時に存在する」

「と言われても、私は人間なのだろう。全ての時間が同時に存在すると言われても実感できない」

「そう言うと知ってた」

「ああ、なるほど。認識する時間が円だから、全て既知なのか。それなら対話する意味があるのか?」

「もちろんだよ! 知っていることと、体験することは違う。ゼロはこの対話を知っているけれど、この体験が出来る瞬間を楽しみにしていたんだよ」

「そうか。ならば、話そうか」

「うんうん。そうしよう」


 すると。

 会話には形が必要だ、と言い出したゼロ。

 次の瞬間、目の前に白い球が現れた。球は固く、表面に凹凸がなくツルツルしている。

 見事な正球だ。


「ゼロ、その姿はどうしたんだ?」

「相手が認識できないと会話にならないだろう。だから、仮の形を作ったんだ」

「球と話せと?」

「ゼロだと分かるだろう?」

「まあ、うむ」


 不思議だが、確かに認識できる。

 なら、問題はない。


「で、何を話したいのだ? 私はずっと意識はあるが意思のない状態で物語を聞かされていただけだぞ」

「そう、まさにそれだよ! ゼロは人間の行為の中でずっと憧れだったものがあるんだ。それをやりたい!」

「なるほど。で、それとは?」

「感想戦! 物語を語り合うってことをやりたいんだ!」



  夜話の幕間で、語り合いが始まった。




 〇「黄金鳥」編

 ・後遺症

「黄金鳥について聞きたいことがあったのだ」

「なんだい?」

「アレは本当にただうるさいだけなのか? 何か悪い後遺症なんかあるのではないか。なにせ、一応は竜の声なのだろう」

「なら、黄金鳥の物語の続きを話そう。黄金鳥自体と関係ない、別の話だけれどね」


 ゼロの語りでその後が語られる。


「あの悍ましい啼き声が一時は消える。

 けれど、また池の周囲を災いが襲うときに黄金鳥は啼く。

 すると、一度その声を聞いたことのある人間はその啼き声が聞こえるんだ。

 場所も、時間も選ばずに。何度も聞こえてくる。

 やがてして、声を聞く者らは例の黄金鳥が棲む池の幻を見る。

 その幻の中で、池の龍が黄金鳥になる瞬間を見るらしい」


「どう考えても呪いじゃないか」

「言ったじゃないか。黄金鳥は周りの生き物を助けたいだけだって。これもその一環だから、黄金鳥にしてみれば慈善活動だよ」

「はた迷惑な活動家だな」

「まあ、ドラゴンだからね。スケール感が違うよ」

「そういうことじゃないだろう」



 ・物語の由来について

 キュウが疑問を持つ。


「お前はここにずっと居るのだろう。では、お前はどうやって物語を知ったのだ?」

「ここに居れば何でも知れるだけさ。過去のこと、現在のこと、未来のことに区別はなくね。だから、色んな物語を知っているよ」

「……ならゼロは私が何者か知っているんだな?」

「ああ、もちろん知っているとも」

「教える気はないのか?」

「いずれ君は自分で思い出す。なら、今教える必要なんてないだろう。それより時間が許す限りは感想戦をしていたい」

「……少しだけお前という奴が規格外だと実感できたぞ」


 ゼロの超越具合に面喰いながらも、キュウは話題を戻そうと切り出した。


「あー。もう一つ聞きたい。結局、黄金鳥はあの池の何なのだ? あの池が黄金鳥の由来なのか?」

「黄金鳥は黄金鳥という竜さ。物語に出てきた人間の眼には、その正体が見えていたのかもね」

「ふむ。正体を視る眼か。……きっと苦労の多い人生なんだろうな」

「人間が皆その目を持っていたら、きっともっと沢山の出会いがあるだろうに。どうして大変だと思うんだい?」

「個人的には便利だと思う。私だって視えないものを視たいさ。だが、本人が視たくないものまで視えるのは苦痛だろう、と同情してしまう」




 〇「モーディフォードのワイバーン」編

 ・ワイバーンとドラゴンの違い

「そうそう。ワイバーンとドラゴンは違うと再三言っていたな。……気にしてるのか?」

「うぐっ。……キュウは記憶が欠如しているし、人間だからわからないだろうけど。声を大にして言う。別種! ドラゴンは神秘から生まれた幻想、ワイバーンは人間の妄想と欲望が生んだ虚構!」

「よくわからんこだわりだなぁ。どっちも翼の生えたトカゲだろう」

「ヒドイ! 侮辱的括りだ。ドラゴンには蛇に似た形態を持つ個体だっているんだからね」


 だから、何だというんだろうか。

 定命じゃない存在の感覚は不可解だ。見た目にこだわりがあるのか。見事な球だとは思うけれど。

 まあ、ゼロの正体はどうでもいい。球だろうが別の何かだろうが、物語好きに悪い奴はいないだろう。

 それよりも、反応からしてかなり気にしているらしい。

 

「ワイバーンが嫌いなのか?」

「いいや。むしろジャンルとして人間が作る物語が多くなるから大好きさ」


 なるほど。嫌いなのではなく、好きだから正確さにこだわっているのか。

 ワイバーンをドラゴンと一緒にされたことではなく、ドラゴンをワイバーンと一緒だと言ったことに騒いでいた訳だ。


「ゼロはワイバーンとドラゴンのオタクなんだな」

「オタク……とある時期に広まった概念だね。嬉しいな、人間みたいな形容が貰えるなんて初めてだ」

「そもそもここに私以外の人間が来たことがあるのか?」

「ないね」

「そうか」




 ・ゼロの気になること


「あ、そうそう。ワイバーンの物語で人間に聞いてみたいことがあったんだ」

「ん、なんだ?」

「どうして少女は誰にもワイバーンのことを話さなかったんだろう。少女という前例があるなら、他の個体もワイバーンを受け入れる可能性があると思うけど」

「それはな。人間の大人は頑固で、子供はそれをよく理解しているからだ。少女は理解してもらえないと理解していたんだ」

「頑固。まさか、それだけで?」

「ああ。それだけの理由で人間は凶暴になるし変化を拒む。身に振りかかる不幸さえも必要だと諦められる。悪い面ばかりじゃないが、悪い方向に進む原因の多くに関わるのも事実だ」

「そんな……まさか人間が……頑固だったなんて……」

「ん? どうしてそんなにショックを受けるんだ?」

「だって、人間がもたらす変化は一瞬で起きるんだよ? それなのに頑固だったなんて、信じられない……。たった数百年であそこまで変化するのに……」

「……そりゃ、数百年も経てば、そもそも生きてる人間が変わるからだろうな」


 時間の概念がない不死身ってこういう感覚か、と一人納得してしまう。



 ・ワイバーンの毒について

 物語の中で気になった部分があったので話題にあげてみることにしたキュウ。


「ワイバーンの毒が少女にだけは効かなかったのは、少女だけがずっと一緒に居たからだろうか。だとするなら、好きな展開だな」

「気に入ったかい?」

「刺激されて記憶が少し戻ったようでな。私はこういう物語をよく鑑賞していた。ご都合主義だと揶揄されようが、これみたいにドラマがある展開が好きだったらしい」

「ああ、よかった。ゼロも好きなんだ。不可能を可能に変えられる。定命たる人間には、やっぱりそういう夢があるね」

「言っていたな。少女の願いで血が力を持った、と」

「うん。竜殺しの英雄が浴びた邪竜の血然り、英雄殺しの蛇の毒血然り。ドラゴンが特別だから、その血も特別だ。だからこそ、特別でないワイバーンの血が力を持つのは特異な出来事なんだ」

「ふむ。それだけ少女とワイバーンの絆が特別だったということか。得難い絆が宝物か。……そういう定番もいいものだよな」

「そうだよね! ゼロもそういうのが大好きなのさ」

「ちなみに、私も竜になった女の話を知っている」

「へえ、ドラゴンの関わるものでゼロの知らない物語はないけど気になるね。どんなのだい?」

「男に裏切られても諦めなかった女が竜になるほど想い焦がれる物語、こちらも別れの物語さ」



 ○「ピュラリスの火守女」編

 ・ゼロが嫌いな理由


「しかし、ありがたいな」

「何がだい」

「ピュラリスの物語さ。ゼロはピュラリスが嫌いだろうに、私のために話してくれたんだろう」

「ああ、そのこと。物語の方は好きだからね。とはいえ、人間はもっとピュラリスの循環をぶち壊すべきだとは思うけど」

「なんだ。物騒なことを言うじゃないか」

「だって、人間は変化の体現者だ。確かに別の個体の意思を引き継ぐのも魅力的な一面だけれど、やっぱり何かを変えようとしている人間の方が好みさ」

「好みは私も同じだ。だが、ゼロ。お前は少し勘違いをしている」

「勘違い?」

「変えようと頑張る人間だって、そういう流れを引き継いでいるんだ。変化は結果じゃない。終わりのない過程なんだ。お前は時間の感覚が人間と違うようだが、そのせいか一面だけを切り取って視ている節がある」

「キュウ、記憶が戻ったのかい?」

「今のは何となく言葉が出てきた。きっと、私は人間の営みはそういうものだと信じていたんだ」

「だとしても、やはり変化を求めるべきだ。ピュラリスの神秘は呪縛にしか思えない、人の手で脱するべきだ。ドラゴンは強欲で独占的、どれだけ小さかろうとドラゴンには違いない。ピュラリスにとっての宝は火守女の一生、それを捧げられることがあのドラゴンの生きがいに違いないんだ」

「だとすれば、ピュラリスは性悪なドラゴンだな。なら、新しい火守女を選ぶというのも」

「ピュラリスが次の生贄を好んで選んでいる、とも考えられるだろう」


 自分はあの物語で、世間から外れた女たちが神秘的存在に居場所を見出しているように思えた。

 一方でピュラリスを性悪なドラゴンだという見方でみれば、確かにゼロの言うように、ドラゴンが人間に寄生しているとも言える。それなら確かに、火守女たちはピュラリスの循環から抜け出すべきだろう。その一生をいい様に利用されているのだから。

 かなり穿った意見だ。そもそも、ピュラリスを悪だと断じている。

 これは相当に根深い感情だ。


「……ゼロ、相当ピュラリスが嫌いなんだな」

「ああ。ドラゴンの癖に自己完結しない所とか、循環の輪に人間を巻き込んでいる所とか嫌いだよ」

「なら、ピュラリスは滅ぶべきだと?」

「ああ、そうさ。キュウ、わかるだろう。ドラゴンは人間に倒されるものだって」

「それは自分と重ねてか?」

「なんだって?」

「ピュラリスを毛嫌いしているのは、自分と重ねているからかと聞いているんだ。よくあることだ。あのキャラが嫌いだというのは、自己嫌悪を引き起こす要素があるからだ。ゼロ、お前はピュラリスに自分を重ね視てたんじゃないのか。そして、自分が人間に倒されることを望んでいるのか?」

「……正体を明かすにはまだその時じゃない。キュウは自分のこともわかっていなんだ。さあ、感想戦の続きをしよう」


 ・精霊について


「ドラゴンから精霊になる。なら、精霊はドラゴンよりも上の存在なのか?」

「上下関係はない。ただ、生態としてピュラリスは精霊に成れるドラゴンだっただけさ。黄金鳥と違って、変化じゃなくて変質かな」

「変質……物が変わったということか?」

「ドラゴンも精霊も神秘から生まれる。けれど、ドラゴンは人が居ないと成立しない神秘で、精霊は場所がないと成立しない。精霊は云わば、星と密接に関わる存在なんだ」

「んん? また難しい話だな。なら、ドラゴンは何と密接に関わっているんだ?」

「勿論、欲求――心だよ。何かの心がドラゴンを生む。だからこそ、人間とドラゴンは密接に関わり合うんだ。ほら、ワイバーンのときだって人間の心が血を変えただろ」

「まさか、心さえあれば人間以外からもドラゴンは生れるのか?」

「ああ。神の髪の毛から生れるドラゴンも居る。人間からドラゴンになることもできる」

「はあ。なら、ピュラリスがサラマンダーになるっていうのはどういうことなんだ?」

「心が星に溶けたってところかな」

「なんだが、とんでもない世界の真実を聞いてしまった気がする」




 ○続き。一時の別れ。

「あー、楽しい。キュウ、ゼロはこんなに楽しい想いをしたのが初めてだよ。知っていただけのときより、体験した方が会話は楽しいね!」

「それならよかった」

「けれど、時間だ。キュウの目覚めも近い。また沈めよう」

「何?」

「キュウ、キミは沢山の物語を聞かなければいけない。キミが今の自分を知るよりも大事なことだ。目覚めたときのために。生き残るために」


 意識が泥に沈むように落ちていく。


「おい、どういうことだ。ゼロ!」

「ゼロはキュウのためなら喜んで物語を語る。また、感想戦をしよう。大丈夫、また会えるとゼロは知っているから」


 やがてして、完全に私の意思は沈んだ。

 また、ゼロと名乗る語り手の物語を聞くときだ。

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