出撃

罠の中で出会う

結局、アサミは<イカロス>の軍事施設まで来た。

鉄が血の匂いに変わってくるほどの生々しさに、アサミは既に倒れそうになっていたのだが、なんとか正気を保っている状況だ。

ピーターに案内されるまま、アサミは歩いていく。






とっくにアサミのもとから離れたと思っていたテイムは、アサミがまた軍に戻ってきていたとは考えもせず、軍の整備班の元へバーストタイガーの点検の手伝いをしに行くところだった。

施設の中の整備倉庫に向かう途中、倉庫の手前に人影が見えた。


(なんだ……?サボりか?)


その人影の見えた場所まで走っていくと、段々とその人影が見たことのある形に変わってきた。

どこか見覚えがある。

長い茶髪、少し薄汚い、年季を感じさせる作業服、そして大きな胸部。


アサミの姿を確認する頃には、既に、アサミとその横に付き添っていたピーターと完全に目があっていた。


「な、なんで、ここに……?」


「あれ、テイムさん?」


「おやおや、プロスル大尉殿でしたか」


ピーターのそのいつ会っても変わらないような笑顔を見て、テイムは苛立ちが抑えられなかった。テイムは頭で考えるよりも先に、ピーターの黒く整ったスーツの胸ぐらを力任せに掴んだ。


「どういうつもりだ……!ピーター!」


そのテイムの行動にピーターは苛つくような動作もせず、ただ動じずに胸ぐらを掴むピーターの腕を軽く掴んでいた。


「落ち着いてください。話をすることを止めてしまっては駄目と言ったはずですよ?」


「……ッ」


ピーターの胸ぐらから腕を離し、少し距離を置いた。

ピーターは先程まで掴まれていたスーツの襟を治すと、少し息を吐いて場の空気をもとに戻した。


「……勘違いされているようなので一つ言わせてもらいますが、アサミさんは自分から軍に入る決意をしたんですよ。まぁ、入りませんか、と、提案はしましたが、ね」


テイムはそれを聞き、まさかとは思ったが『あのパターン』ならそろそろピーターにも言うべきことがあると、先程ピーターに怒鳴りつけた声とは変わって、穏やかな声でアサミに言った。


「アサミ・イナバ。先に倉庫に入っててくれ。どうせ中に入って色々と観光するつもりだったんだろ?」


「え、えぇ。そうよ」


そう言うと、アサミは倉庫の大きな扉の中に静かに入っていった。

それを確認したテイムとピーターの二人は、お互いになにか物知り顔で話を始めた。


「━━また・・あの方法を使ったのか、ピーター」


「少し手法は違いますが、概ねあなたの想像している通りです」


それを聞いたテイムはまたも怒りが爆発しそうになったが、流石に今度はその怒りを抑え、さらに質問を続けることにした。


「じゃあ、アサミ・イナバも俺みたいに・・・・・……いや、俺だけじゃない。今までお前の手のひらの上で踊らされているような何もしていないような善人をまた利用するのか?」


「そんなつもりはないですがね。ですが、アサミさんがこの軍に入り、スノウラビット専属のパイロットになっていただく以上、施設内を案内しなくてはと思いまして━━」


その時、ピーターはわざとらしく手をポンと叩き、ある提案を口にした。


「そうです!そんなにアサミさんのことが気に入ったなら、いっそのことあなたが施設を紹介してはどうでしょう?私は警戒されていますので、むしろあなたが施設を紹介していただければ、私としても助かる限りですので」


テイムはそのわざとらしいピーターを睨みながら、「あぁ。そうさせてもらおう」とだけ言い、アサミの入っていったASCOFアスコフの格納された整備用倉庫へと入っていった。たとえこの流れすらもピーターの読みどおりだとしても、テイムはこの軍に来たときから覚悟を決めている。


罠の上でショーを繰り広げる覚悟は。




それを見届けたピーターは、独り言を漏らした。


「頼みましたよ、プロスル大尉」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る