番外編1:嫉妬はしていけません

*こちらはR部分を削除してあります。



蒼翠そうすい様、どうか御怒りをお納めください」

「別に俺は怒ってないって、何度も言ってるだろ」

「ですが、そのお顔は完全にご立腹なさっている時のものです」

「うるさい、人の顔見て感情を読み取るな!」



 二人は喧嘩中であった。

 

 

 

 事の発端は、無風が公務の合間に隣陽が働く薬舗を訪れたことだった。皇太子が突然女性を訪ねただけでも臣下にとっては大事件なのに、睦まじく語り合う様子まで目の当たりにしたことで、聖界内で妙な噂が立つようになってしまったのだ。

 

 

「皇太子が女人を見初めた」

「どうやら邪界にいた頃に懇意にしていた女性らしい」

「二人は昔、想い合う関係だった」

「もしかしたら本当の相手は、あの女人なのかもしれない」

「ということは、今の皇太子妃はカモフラージュ……?」 

 

 

 白龍人が醜聞好きだということは痛いほど知っていたが、まさかあそこまで誇張した話になるとは思わなかった。

 

 ――しかし、よくそこまで妄想を広げてくれたよ。

 ――白龍族は皆、漫画家か小説家になればいいんじゃないのか。

 

 噂は流れに流れ、当然ながらに蒼翠の耳にも入り、その結果。

 蒼翠は不貞腐れた。

 

 

 無風のことは信じると決めたのだから、微塵も疑ってはいない。でも面白くないものは面白くないのだ。

 そして冒頭の喧嘩である。





「あの噂でしたら、根も葉もないものです。私は蒼翠様しか愛しておりません」

「そんなこと知ってるよ!」

「では、なぜそこまでご立腹なさるのですか?」

「だから怒ってない!」

「怒ってます」

「怒ってないって!」

「怒ってますって」

「あー、もう!」



 押し問答だ。永遠に終わりそうにないと予想した蒼翠は、そっぽを向いたまま、盛大なため息を吐き出す。

 


「なんで彼女のところに行ったんだよ。お前が女人を訪ねれば、好奇の目で見られることぐらい予想できただろう」

「それは……申し訳ありません、失念していました。私が蒼翠様以外の人間に心を奪われるなんて未来永劫ありえない話を、臣下たちが信じるとは思ってもいませんでした」

「でも信じたどころか、今や彼女はお前の真の想い人だぞ」



 中には特例で隣陽を側室に迎えようなんて上奏した者もいたらしい。

 聖君が「お前の目は節穴か」と秒で退けたそうだが。



「お前は自分が他の者に与える影響の大きさが、まだ分かってない。誰もが注目する皇太子なんだから、相応の振る舞いを覚えなければダメだろう」



 数月前まで邪界皇子の従者だったゆえ仕方がない話だと理解しているつもりだが、少しばかりは本人にも自覚して欲しい。

 

 

「はい、蒼翠様のご指摘はごもっともです……」



 ようやく蒼翠の言いたいことが伝わったのか、無風という名の大型犬の耳がどんどん垂れていく。

 こうなると今度は「ちょっと言いすぎたかな」なんて罪悪感芽生えるから、厄介なのだ。

 どうあっても自分は無風を突き放すことができない。

 

 

「……それで? 彼女を訪ねた理由はなんだ?」



 ただ、そこは蒼翠も気になっていたところなので、無風の口から真実を聞きたい。怒りの声色を収めて尋ねると、無風はホッと安堵して理由を口にした。



「隣陽さんに会いに行ったのは、頼んでいた軟膏を受け取るためなんです」

「軟膏?」

「はい。蒼翠様に使っていただきたくて」

「俺は軟膏なんて必要としてないぞ?」

「ですが……昨晩も少々無理をさせてしまったでしょう?」





 無風は話しながら蒼翠に近づき、そっと背中を撫でつつ手を下方へと動かす。

 無風の指が辿り着いたのは蒼翠の丸い臀部だった。

 

 

 

「なっ……!」 



 傷、昨晩、無理、臀部。説明と手の動きから導き出される意味は一つしかない。悟った蒼翠は口と瞳を大きく開いて、そのまま固まった。

 一気に身体中がカァッと熱くなり、頬に朱が集まる。


 そうだった、昨日も無風は激しかった。

 

 二人は今、仙人の指南書に倣い房中術を極めている最中で、つまりは時間があれば身体を重る日々を送っているということなのだが、無風との交接は理性が小半刻ももたないほど濃密で淫雛なのだ。

 そして何より、しつこい。こちらが精を解放して息も絶え絶えになっているというのに腰の動きはやめないし、一番気持ちいいところばかり執拗に突いてくる。おかげで毎日毎晩、蒼翠の眠りは失神から始まるという状況だ。

 

 

「私は蒼翠様の身体に、小指の爪ほども傷を残したくないのです」

「ちょっ、おま……こんな昼間からそういったこと……」

「大丈夫です。周囲に人の気配は感じられません」

「え、あ……それなら、いいけど……」



 どこからどこまでがいいのかは分からないが、人の耳が近くにないのであれば、とりあえずそれでいい。



「ご安心いただけましたか?」

「ああ……まぁ、な」

「私と隣陽殿の関係のほうも?」

「それも…………うん」



 妻帯者ならぬ夫帯者が不用意に異性と会うことは考えものだが、それが蒼翠のためだというならもう許すしかない。が。




「……おい無風」

「はい?」

「一つ聞くが、その手はなんだ?」

「これは、蒼翠様のことが愛おしくて堪らない私の手ですね」



 臀部にどうにも怪しい感触を覚えて問うと、さも間違ったことはしていないといった口振りで返される。



「じゃあ、ここはどこだ?」

「寧平寺から戻る森の中です」



 寧平寺とは蒼翠が聖界を飛び出した時に世話になった住職が守っている寺だ。あの時は住職一人でひっそりと暮らしていたが伝説の鳳凰が舞い降りことで脚光を浴び、今や修行に出ていた弟子たちは戻り参拝者も驚くほど増えたという。

 久々に訪れた寺は善意の寄付と有志たちによる修繕ですっかり立派な寺に様変わりしていて、あらためて礼を言いに行ったはずが住職から逆に感謝されてしまった。



 そしてもう一つ、住職から驚きの事実が明かされたのだが、なんと寧平寺の大和尚はあの仙人だったのだ。たまたま二人が訪れた時に大和尚が久方ぶりに顔を出されたと聞いたので挨拶に行ったら、そこにいたのが仙人で無風とともに驚愕に声を上げてしまった。

 仙人が放浪の旅をしていることは知っていたが、まさかこんなところで繋がりがあるとは思わなかった。

 しかし、さすがというかなんというか。

 仙人の計り知れなさには感嘆しか出ないのと同時に、今後何があろうが明かされようが「そうですよねー、仙人ですもんねー」になりそうな予感がして仕方ない。

 ともあれ、あの人は超人だ。もうそれでいい。

 

 

 さて、閑話休題。

 問題は今いる場所ではなく、もっと基本的なことだ。 

 

 

「そういう意味で聞いてるんじゃない、ここは屋外だと言ってるんだ!」

「はい。ですがこの辺りは木も多く、道も狭いので滅多に人は通りません」

「だからって! え……お前、まさかこんな場所で……」



 盛る気なのか、と顔を頭一つ分上にある無風の方に向けてギロリと睨んでやる。



「どうやら蒼翠様が妬いてくださったことが、嬉しすぎたみたいです」

「いやいやいや、理由になってないし。というかお前、ついさっき俺の身体に傷を残したくないっていってなかったか?」



 昨晩もその前の晩も、ついでに言えばその前の前の晩も、なんだかんだと共寝している。蒼翠は金丹を持つゆえ自己治癒力は高いが、それでも日を空けずの行為が続けば疲労は溜まると無風だって分かっているはずなのに、一日も経たずのうちに盛るとは一体どの口で「蒼翠様の身体が大切」だなんていえるのだ。

 

 

「ええ。そのために軟膏を作っていただいたんです。あ……もしかして効能がご心配ですか? でしたら実際にどれほどの効果があるのか試してみましょう。もし薬が気に入らないようでしたら、すぐに隣陽殿のところに行って別の調合を頼みますから」

「隣陽の……っ! そ、それはダメっ」



 軟膏を試す云々よりも隣陽に会いに行くという言葉に反応してしまい、蒼翠は勢いよく無風の襟の合わせを強く掴んで止めた。すると、程なくして天を仰いだ無風が、肺の中の空気をすべて出し切るかのように長い溜息を吐き出した。




「本当に……貴方様は、どれだけ私を翻弄すれば気が済むのです」

「どれだけ……って?」

「私をこんな風にして、どう責任を取ってくださるおつもりですか?」



 無風に再び深く抱き締められると、密着した腹に硬いものが当たった。

 この感触は何か、なんて考えなくても分かる。



「そ、そんなもの押し当てても、ダメなものはダメだぞ」

「蒼翠様……」

「外でなんて、どうかしてる」

「きちんと結界を張ります。蒼翠様の声は誓って誰にも聞かせません」



 無風の結界術は蒼翠が知る中で誰よりも強固で、一度張れば術者本人が解くまでは蟻一匹だって侵入できない。快楽に負けて漏れてしまう声はおろか、この場所に蒼翠たちがいることすら気づかれないだろう。

 が、蒼翠が言いたいのはそういうことではない。

 そもそも外がダメなのだ。外が。

 再度拒否の意を伝えようとした時、ふと蒼翠の臀部を弄っていた無風の指先が双丘の狭間を布越しに撫でた。



「ぁっ……」



 昨晩からもう随分と時間は経ってはいるものの、まだ敏感になっている部分が残っていたのか、指先で蕾の辺りを突かれると途端に腰が躍った。


「どうか、私に慈悲をお与え下さい」



 大人の男の色気がたっぷりと込められた、けれど子どもみたいな甘さも含んだおねだりを耳に吹きかけられ、背筋に痺れが走った。

 膝が、腰が、すっかりと快楽を教え込まれてしまった脳が勝手に震える。こんな場所ではしたない獣に成り下がるわけにはいかないのに、身体の方は一刻も早く気持ちよくなりたいと求めてやまない。小刻みに揺れる指も無風の着衣を弱々しく引っ掻くだけで、なんの抵抗にもならなかった。

  

「お前、ほんと……ずるい……っ……」



 快楽を教え込まされた腰は、すでに屈した。さらに厄介なことに本能もこれから与えられる快楽を期待し、蒼翠の雄を押し上げようとしている

 目の前に敗北の二文字しか残されていない中、せめてもの反抗として無風の胸の中で、『後で覚えてろよ』と念仏のように繰り返す。

 

 

 そして蒼翠はゆっくりと弟子の腕の中へと落ちたのだった。




・・・


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