3話:絶望的な現実
自分は夢でも見ているのだろうか。
だったら、今すぐに覚めてくれと頬をつねってみたが、ただただ痛いだけで、何も起こらなかった。
「なんで俺が
そんな男にどうしてなってしまったのか、不思議でたまらない。確か自分は大学へ向かう最中のはずだった。試験最終日にもかかわらずドラマを見ていたせいで遅刻しそうになって、慌てて駅まで──。
「走って……それからギリギリ駅に到着し……て?」
家を出てからの記憶を掘り起こしていると、不意に猛スピードで間近まで迫ってくる車の映像が頭に蘇った。
「え……まさか、俺……事故った?」
最後の記憶は車の光景だが、耳での記憶はかすかだがもう少し先まで残ってる。
ドン、と車が壁のような硬いものにぶつかる衝撃音。
驚きに叫ぶ人々。
電話で緊急通報を呼ぶ声。
大丈夫ですか、という必死の問いかけ。
それからの暗転。
「俺、もしかして……」
どういった経緯でこの世界に来てしまったのかは分からないが、意識を失うほどの大事故に遭ったことは確かだ。
そして次に目覚めたのが病院でないというのなら。
「死んだ、とか?」
確信は微塵もないが、なぜか『死』という言葉が胸の奥にストンと落ちた。
これは多分、直感というやつだろう。
そして、それは当たっている気がする。
「マジかよ……嘘だろ……」
勝手に膝が折れ、葵衣はその場に崩れた。
「父さん……母さん……」
一番に浮かんだのは、両親の顔だった。
ちょっと口うるさいけれど、毎日おいしいごはんを作ってくれて、大学から帰ってきた時に顔を見るだけで不思議と安心できる母。
仕事ばかりであまり話す機会はないけど、進学の相談や悩みができたときには相談に乗ってくれる頼もしい父。
あの二人に、もう二度と会えないなんて。
信じたくない。信じない。
「いやだ……」
それに、いつもと同じように行ってきますと家を出て、当然のように帰ってくると思っていた息子が事故死してしまっただなんて、両親はどれほど衝撃を受けるだろうか。
「おれ……まだ親孝行もできてないのに……」
これまで気恥ずかしくて言えなかったが、大学まで行かせてくれた両親には社会に出てからきちんとお礼をするつもりだった。ありきたりかもしれないが、卒業後、初任給で二人に旅行をプレゼントしようと考えたりもしていた。
それがもうできない。
いつか可愛らしい彼女を作って紹介することも、結婚式で晴れの姿を見せることももちろんできない。
「うっ……っううっ……」
堰が決壊したかのように涙が溢れこぼれ、ぼたぼたと床に落ちた。目頭が熱い。鼻が詰まって息苦しい。頭のすべての血管が詰まったかのような感覚に目眩まで起こって、葵衣はそのまま蹲る形で床に額を着けた。
続くようにして堪えきれない慟哭が、喉から溢れ出る。
涙を、嗚咽を、止めることができない。
「父さ……っ、母さんっ……」
こんな現実受け止めたくないと、葵衣は必死に頭を振る。
しかしどれだけ拒絶をし、泣き続けたところで、誰一人として葵衣に優しい手を差し伸べる者はいなかった。
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