電車ナンパ男
城西腐
第1話
冗談のような通信制高校を卒業して何とか進学した。
毎日通学するという習慣から2年ほど離れた生活を送りながら、社会から見放されたようで気が気ではなかった。同級生が高校卒業と同時に地元企業へ就職をしたり、都市部の大学へ進学する知らせを聞かされては、取り残されたような気持ちで過ごした期間はもの凄く長く感じたし、果たして終わりが来るのだろうかと事あるごとに不安に駆り立てられていた。
通信制高校での日常は本当に冗談のようで、あんなものが教育機関を謳って良いのかと思う。
ボクシングの辰吉丈一郎がデビューした頃のような髪型の、何処かしらの暴走族に属した所謂ヤンキーか、虐めや不登校が原因で退学を余儀無くされた物静かなタイプの両極端な面々と、週に何日かのスクーリングの時間を共にした。
テストと言えば、教科書持ち込みで括弧内の空欄を埋めるであるとかそういうレベルである。英語のテストでは、意外にもヤンキー共も疑問に思えば手を挙げて質問をするのかと感心したか思いきや、「お前これカタカナで書いてないと読めるわけねーじゃん」といったクレームを言い、それに対して「分かるところだけ書いて出しなさい」といった具合いに試験官を担当する教師が宥めるといった具合いである。
多感なヤンキー達の何割かは、やはりエネルギーを余すかの如く何かをやらかしては警察の御用となり、暫く姿を現さなくなるといった話も身近で当たり前のように起きた。
とにかく卒業して元通りの生活を取り戻すためにと、時間を持て余しながらもスクーリングの無い日は朝から晩までバイトに励むのだが周囲はパートのおばちゃん達で、これはこれで気を抜くと事あるごとに孤独に苛まれる。バツイチ子持ちのパートのおばちゃんは相手が彼氏なのか誰か分からない予定に無かった妊娠の末、まるで中学生が不登校になるようにフェードアウトするかのようにバイト先に顔を出さなくなった。また、スクーリングが週に何日か、スケジュールの組み方次第では月に何度かしか学校に足を運ばなくても済むためか、更に身近なクラスメイトの何割かはいつしか日中の仕事の方がメインの生活に徐々にシフトしながら、顔を見る機会も減り、遂には通学をしなくなっていった。
そんな通信制高校の卒業経て進学した春に二十歳の誕生日を迎えた。
進学したとは言え、その冗談のような通信制高校から比較的進学し易い同じ学校法人系列の誰でも入れる学校だ。無駄に4年も費やしてしまった高校生活に見切りをつけながらも、これ以上時間をロスさせるわけにはいかないと、予備校に通ってまで能力相応の大学に挑戦するなどの勇気はもはや持ち合わせてはいない。漸く毎日通学をする生活に戻ってからは、これまでの間の抜けた生活から抜け出せたことから力が入り過ぎてか、夏休みも関係無しに学校へ足を運んでは単位の取得のためのレポート作成や資格対策に勤しんだ。
唯一遊んだと言えるようなことをしたとすれば、夏休みの終わりの最後の週末に進学先で出会った仲間と近場のリゾート地の海岸へ泳ぎに行ったくらいだ。その晩の夕食後、通信制高校に入る前に在籍した高校の後輩の女の子2人と偶然ゲームセンターで再会し、彼女達を連ねてドライブすることになった。日中遊んだ場所とは別の海岸の夜の砂浜に皆で腰を下ろして涼んでいると、よく分からない流れで王様ゲームに突入し、在学時は接点すらなかった2人のおっぱいを揉んだくらいしかエロいこともしていない。
当時僕には寄り付きもしなかった2人は少しばかり垢抜け、「今日のことは絶対秘密!」と、沢山いる共通の知人には互いに間違っても話さすまいと言い合い、明け方2人の車を停めてある元の場所へと見送った。
その勢いで秋期の国家資格の受験に向けて対策に励んだ。その辺りまでは順調だった。
駅前のジュンク堂の参考書コーナーの前に胡坐をかいて座っては、問題集を読み漁るというのが放課後の日課になりつつあったある日、それなりに対策も出来たとひと息つこうと駅前の人がごった返す噴水の前で缶ビールを空けていると、通りかかった同世代の若者と目が合った合わないで口論になり、ツレがパソコンの入ったアタッシュケースの角で相手の頭を殴ってしまい、全員で警察署へ連れて行かれた。そこから調子が狂うと、学校へ来なくなる者もちらほら出て来ては仲間内の皆で秋期の試験は落とした。
不思議と駅前のジュンク堂へ放課後に通う習慣は定着した。書店で参考書を眺めていると、何処か社会と接点を持てているようなそんな気がして落ち着いた。冗談のような通信制高校在学時の時間を持て余していた頃にこの習慣が身についていたら、もう少し選択肢も広がったかも知れないとも思う。
たまたまそのジュンク堂で見かけた、平積みされた分厚くて真っ黒い表紙が目を引いた米系IT企業の技術資格対策用の参考書を手に取り、電車で通学する傍らもずっとそれを眺めていた。クリスマスイブの日もそれを手元に携え、ひたすらパソコンに向かってSQL文を実行した。定期的に会ってたまにSEXをする関係の先輩女性と、「クリスマスなのに何の予定も入れていないのか?」と互いにいじり合いながら、手元に参考書を置いて過ごすことで何処か献身的にでもなったつもりか精神的に落ち着く感じがあった。
年が明けると成人式で地元の同級生と再会し、そこでもまた沢山連絡先を交換した。連絡先が増えたとは言っても、中学の時の同級生達のものであるが、中学当時は長く付き合っていた彼女がいたことで、それはそれで周囲にも気を使わせていたのかも知れないと思った。変なしがらみが消えると、当時余り言葉を交わす関係になかった女の子達も、好意を持って会話に混ざりに来てくれるという何とも言えない居心地の良い時間を皆で過ごした。
そんな女の子達とも連絡先を交換して、その内の何人かとこっそり会っては車でSEXをし、内何割かはワンナイトで疎遠になり、更にその何割かはその後も普通にSEXもするし、互いの近況や悩みをどちらからともなく話し合うような付き合いをするようになった。
春休みに入っても無駄にバイトを入れて時間を埋めるようなことはせず、比較的平日は学校と自宅を行き来する生活を維持していた。長い休みに入ると、電車で目にする顔ぶれも少し変わる。年度変わりの予兆を示す様に人の動きが変わる、そんな隙間のような期間のように思う。
田舎の方の電車だと本数も少なく、何時にどの駅から何処の高校の制服を着た学生が乗り降りするといったパターンを嫌でも認識するようになる。田舎過ぎて暇だからというのはあるかも知れないが、異性に対して多感な時期だとそれも不可避なのかも知れない。どの駅から乗って来る何処の学校の女の子が可愛いであるといった話は、仲間内では直ぐに話題になる。女の子にとっての「何処の高校の◎◎先輩が凄くカッコイイ」、「いやいや自分は△△さん派だ」などと仲間内で騒いでいるのと同じような話だ。おっぱいが大きいだけで顔を覚えたりもするので、男の方がいくらかは馬鹿だなとは思う。
そんなある日。中高一貫性の進学校の制服姿でよく目にした、ショートカットで猫顔の大人しそうな女の子が、私服姿で電車に乗ってくるのが目に入った。
私服だとああいった雰囲気なのか、ああいった洋服が好みなのかとその程度に考えながら、手元の本をながら読みしていたのだが、久々に見かけたその子に何の気なしに視線が行く。スリムなラインのコットンのカラーパンツに程良いサイズ感のスウェットとローテ区スニーカーを合わせ、大きめのトートバックを肩から下げたオールドスクールテイストで、制服姿の時よりも滲み出る生活感に不思議な感覚を覚える。確か僕の同級生の妹とも仲が良かった気がする。電車で一緒にいるのをよく見かけた。ということは共通の知人がいるということではないか。普通に話しかけても良い気がし始めて、手元の本の内容が全く頭に入って来なくなる。一度そう思い始めると、そうするしかないのだという気がして収まらなくなった僕は、サッと荷物をまとめてその子の座る座席に向かって腰を上げた。こういう時に人目が気になりがちではあるが、堂々としていればさもそうすることが当たり前のように周囲には映る。やったもん勝ちみたいな理屈だが実際そうだと思う。
とはいえ、思い立って席を立ってしまったはもののノープランだ。だがここで引き返すとただの怪しい人になってしまう。電車の中で女性に声を掛けるシーンを他人に見られること自体は恥ずかしくも何ともないのだが、不自然な動きで無駄に目立つのは何だか憚られる、そんな微妙心境と、案外他人の視線が気になるというのは自意識過剰なのだと開き直った心境が、自分の中で小さな葛藤を起している。
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